二重世界
外に出てみると、自分が想像だにしていなかった景色が見られた。
人がいない、本来あんなに街中でどんちゃん騒ぎしたのであれば人とか警察がアホほどやって来るとばかり思っていたから、驚いた。
「……おかしい」
「何がだ」
そんな俺の疑問のつぶやきを、シーガはこちらを振り向いたりもせず、背中で答えた。
スタスタと歩く。どうやら質問ぐらいする権利は残っているようだ。
「人がいない、あんだけ派手に地面とか窓とかぶち壊したのに人一人来ないって言うのはあまりにおかしくはないか?」
「貴様、鈍感なのか鋭敏なのか……分からないやつだな」
シーガが振り向いて引きつった顔を見せて来た。『まじれす』すると鈍感では無い。俺は妹の体調管理の為にほんの少しの体調不良に気が付ける能力を持っている。気が付けなければ妹も死ぬし、俺も家族に殺されるからな。
「この空間は、地球の一欠片なんかじゃ無いわ、今あたしたちがいるここは……そうね、二重世界とでも呼んでおきますか」
「二重世界?」
初めて聞く単語だった。ここが裏世界なのだとすると、いつの間に俺はその裏世界とやらにいたのだろう。
そんなことを疑問に思いながら歩くと、後ろにいたブランシュがかなり乗り気な表情で語り出した。
「二重世界っていうのは、その名の通り世界の裏側、あぁ日本とブラジルって意味じゃ無いからね? 仮想空間みたいな認識で構わないわ。あたしたちはこの地球という世界にもう一つの世界をミルフィーユみたいに重なることが出来るのよ。わかるミルフィーユ?」
食べたことはないけど名前と形は知っている。
そしてその発言でわかった。理解はできた。
「読めてきたぞ、この今いる世界というのはお前らがその力を使って生み出したもう一つの世界っていうことだな? そしてその世界で起きたことは膜を貼られた地球では起きていない出来事になる……そういうことだな」
つまり一種の異世界みたいなもんか。それを生み出すことが彼らには出来るらしい。
そして俺はこんなことが出来る技術を持つ存在を一人しか知らない。やっぱり俺はそいつが嫌いだ。
「そ、そしてあたしたちはそれを任意的に半径500メートルに発生させる道具を持っている。発動するたびに世界は書き換わって行くから、連続使用も可能な優れものよ。製作者はもちろんおじいちゃん!」
……はい知ってました。聞かなくても。
ここまでの話を聞いてひとつ疑問に思うことがあった。
「……何故、そんなものを作ったんだ。俺を倒すためだけにそんな技術を使う必要なんてないだろうに」
その発言をした瞬間、周りの空気が少し変わった気がした。
二重世界を消すタイミングだったからか、それとも、本能で感じたものなのか。
「……はぁ」
ブランシュにどこかで聞いたことのあるため息をされた。
そうだ、廊下で出会った時と同じ、全く同じようなため息をこいつにされた。
ということは、意味も多分同じだ。
「ここでの記憶を失うあんたに、教える意味なんてないわ」
「……へっ、さいですか」
そうだ、確かに聞く必要はない。聞いても意味がないからな。
そんな会話をしている俺たちに向かって、シーガは変わらない雰囲気で俺たちに伝える。
「あと少しで二重世界は消滅して元の世界に移動する。そうしたらまた僕についてこい、いいな」
暗い空に、世界に、ヒビが入りはじめた。そしてそのヒビから強い光が差し込む。
崩壊寸前、というところまで来た。
だがこの世界が崩壊する前に一つだけ聞いておきたいことがあった。聞かなければいけないことがあった。
「……なぁ、一つ聞きたいんだけどさシーガ」
「なんだ、嘉だ、一つぐらい聞いてやる」
「ありがとよ。じゃあ、一つだけ」
じゃあ……ネタバラシと行くか。
「お前はケータイって知ってるか?」
「……何?」
ここで言ったことは結構重要な話です