全力ゆえの敗北
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「……」
意識が戻った。
寝ている体を起こす。その時に腕を後ろで縛られていることに気がついた。ついでに毒の後遺症か、体がとてもだるい。
一体どのぐらい時間が経過してしまったのか。それを考えるより先に、開いた瞳に俺を裏切ってくれたブランシュの姿が見えた。
「……ペッ」
「目覚めたみたいね、あんた寝起きイライラするタイプ? 目つきめっちゃ悪いわよ?」
誰のせいだ、と思いつつ、周りを見渡す。どうやら路地裏に連れ込まれたようだ。空はまだ暗い、そんなに時間は経っていない。
シーガが心底つまらなさそうな感じで壁にもたれかかっていた。そのまま奴は何か悲しそうなものを見る目で俺を見た。そしてすぐに視線を外して、シーガはそっぽを向いた。
「……くそっ」
それでも、雨の音が響くこの瞬間でもシーガの小さな舌打ちは聞こえた。悔しさの音が俺にまで届いた。
いくら片腕がなかったと言っても、俺にあと少しで倒される状態まで追い詰められた。そのせいでプライドにでも傷がついたのだろう。
更に、奴が今こうして壁にもたれかかれるのも、ブランシュの裏切りのおかげときたもんだ。
こんなのは勝利ではないと、きっとそう思っているのだろう。
俺も奴を哀れむ目で見つめた。
……甘いな、シーガ。
青すぎる。甘すぎる。
勝ちは勝ちだ、他の何物でもない。たとえそれが自分の力だけで手に入れたもでなくても、それが裏切りによる卑怯な勝利だとしてもだ。
だから勝負は時の運でもある。今ここに雷が落ちてシーガを貫いても、それは俺の勝ちになる。
その運の要素を極限までにゼロに近づけるために修行したり、戦略を練ったりするんだ。
もし俺が逆の立場になったら、そんな顔はしない。
「俺の勝ちだ」なんて言葉を見下しながら言って、ざまぁみろよと笑ってやる。
シーガに心の中で嘲けながら、一つ気になる点を一応聞いてみようと思った。シーガに向けていた視線をブランシュに向ける。
「……どうしてそっちに味方したんだ?」
腹がたっているわけじゃない。裏切られたということは、俺の契約の仕方が悪かったということだ。このブランシュという女も考えなしで動くバカじゃない。
その理由を予測して超える条件を作らなかった俺の敗北だ。ネタバラシとして聞いておきたい。
「心外ね、答えは一つよ、あたしじゃあの状態のリンデンを倒すことができないと悟ったからよ」
彼女が一瞬何を言っているのか分からなかったが、あの状態という言葉を深く考えれば理由が一つ浮かび上がって来た。
「……なるほどな、お前弱いもんな」
少し考えれば分かった。自分の愚かさが憎らしい。
あんな条件じゃ、裏切るに決まってるだろう。馬鹿が。
ブランシュに俺が出した条件は「俺との再戦」だった。シーガを倒すことに協力すればその戦いが終わった後にもう一度お前とその場で戦うというものだ。
だが、自分で出した条件なのに俺には大きな見落としがあった。
その見落としを原点まで探っていくと、俺がシーガの腕を切り落としたところから始まる。
あの日の奴が本気にしろ本気じゃないにしろ、俺が苦戦すると想定していたのは両手で全力を出して戦いに来るシーガだった。
だが奴は隻腕で戦いに挑んだ。これはおそらく奴の油断、俺を舐めてかかったという理由にすぎない。
腕を切り落とされたのも、腕を直さないまま来たのも、武器を鉄パイプ一本というハンデを与えて来たのも、全て油断。
奴は確かに強かったけれど、そこまでされて負けるはずもなかった。
俺は、本気のシーガには一人では勝てないと想定し、勝つための仲間を集めた。だから俺が一人であそこまであんなに戦えるなんて想定していなかったんだ。
余裕のあるまま、シーガを倒せてしまうところまできた。
その時点で……ブランシュに裏切る理由は無くなったんだ。
幸にも不幸にも、シーガを勝利に導いたのは油断であり、俺が敗北したのは全力を出しすぎたから。
なんて残酷な世界だ、俺が不幸体質なのは前々から思ってたけどここで起こらなくても。
「了解です、お前を責めるつもりはないよ、俺が悪かったってだけだ」
「当たり前、あたしに悪い点なんて何もないわ」
自信満々にそう言われるとそれはそれでムカつく。
だが手を縛られてはぶん殴ろうにもどうにもならない。さっきから何度も魔力を流そうとしているが流れない。そうなっているところを見ると、おそらく俺を縛るこのロープが魔力を封じる力でも備わっているのだろう。
力でも引きちぎらないぐらい硬い。なんて面倒なものを作るんだあのクソジジィ。
「……俺をどうするつもりなんだ?」
今後の処遇をブランシュに問う。殺されていないということは何かをさせるつもりだということだ。
この質問には意外にもシーガが答えた。
「知っているのではないのか? この世界での記憶を消し元の世界へ返す。それだけだ。殺しはしない、……抵抗さえしなければな」
「なるほどね……つまり抵抗しなければ何しても殺されることはないって言うことでいいんだな?」
「フン……その軽口、耳障りだ」
ケッ、勝者気取りやがって。まぁあいつらが勝ったのは今はまぎれもない真実なんだけどさ。
「さて、よっと……」
体の自由が効くようになって来た。腕は縛られていて使い物にならないが、立つことは出来た。
「敗者であるお前に、歩く権限などない。逃げようなんて試みるな、抵抗とみなすぞ」
「手が使えないんじゃお前に勝てる気なんてしねーよ、シノビゴキブリ」
「……なんだその変なあだ名は」
「ん、教えたらこれ外してくれるのか?」
「あまり調子にのるな……着いてこい、お前の記憶を消しにレオルドの基地へ向かう」
「さっき歩く権限なんてないって言ったのお前なのにな……へいへい」
スタスタと歩くシーガにゆっくりとついていく。俺は敗者だ、逃げようにも無理、戦おうにも腕が使えない。無理ゲーも甚だしい。
死にたくはないからな。何もかもがパーになる。
ブランシュの横を通り過ぎる、恐らく俺の後ろにつく予定なのだろう。
何も言わずに通り過ぎる。
「……ごめん」
……横からそんな声が聞こえたけれど、これは絶対空耳だ。なぜならあいつが謝る必要なんてないからだ。
だから反応もしない、そのままシーガについていった。
後ろからこつこつと歩く音が聞こえる。
逃げ場もなく、いよいよもって終わりの時も近づいて来た。
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