一手遅れて二手先を往く
下手に打った手というのは、簡単に躱される。
そして真剣に真っ直ぐ放った一撃も、軌道を少しそらされるだけで躱されてしまう。
昔そんなことをクソ親父に言われたことを思い出した。
親父はそのことを『恋の方程式』と説いていた。
家族の前でそんなことをほざいてしまったがためにイラっと来た俺の姉に首を絞められおとされた。
親父が体をもって教えてくれたのは、女性をオトす方程式ではなく、男が女性にオトされるための方程式だったというわけだ。
当時の俺は姉同様、ムカつく親父の発言にイラっときて戯れ言のようにその話を記憶していたけれど、今思い返してみれば「なるほど」と思うところがあった。
これは、恋以外でも言えることだと。
例えば戦闘時。馬鹿正直に放った直線的な一撃は、強者にいなされてしまう。下手な作戦は力によって潰される。
ならば、戦闘に勝つために必要なものはなんだろう。
それはやはり、圧倒的な経験量。
相手ごとに弱点と強みというものが存在している。
だから直線的で早い一撃を躱せないという奴もいれば、知能が弱く横槍に弱いという奴もいる。
それを経験から見抜き、戦闘に生かすことができれば負けることはおそらくないだろう。
つまるところ戦いは擬似的な後出しジャンケン。とも言える。
この世の大切なことは、どれだけうまく真実に近い予想を立てれるかということで決まる。
今回の戦いも、それが重要になってくるんだが……いかんせん、あんなに強いやつと戦ったことは、今の一度もありはしない。
そういう時は、自分の一番得意なことを、すればいい。
強みというのは、それができるから強みなんだ。
……ちなみに、恋愛の経験はR18では学べないと思います。
×××
帰り道。6月の夕方ならばまだ夕焼けの綺麗な空が見えるはずなのに、暗雲が渦巻き、隠蔽する。
雨が街の光を浴びて針のように地面に突き刺さり、音を立てて爆ぜ散っていた。
傘をさし、俺は神経を研ぎ澄ませながら一人、ぶらぶらと歩いていた。
家に帰るつもりは毛頭ない。弟子一号を巻き込んでしまう。
あのシーガ……シノビゴキブリも幼女が大好きだというのであれば、戦いに巻き込むなんて真似、しないだろう。
だから、こうして俺がぶらついているところを狙うのが彼にとってのベストムーブなはず。
そしてそれは、人混みが少なくなった瞬間。
傘を閉じる。
そう、例えば。
「────今とかな!」
雨とは違う音。何かが空を切る音が後から聞こえてきた。
振り向きざまにその状態を確認する。
鉄パイプだった。
回転しながら恐ろしい速度で俺を目掛けて襲いかかってきている。
早すぎる回転は棒状のそれを円盤のように錯覚させる。
だが所詮は鉄パイプ。しかも力技で投げたただの棒でしかない。
森谷朱里のように、追尾してくる気配もまるでない。
そんな直線的な一撃は、簡単な手段で躱される。
限界まで引き付け、ひょいと足を上げる。
鉄パイプはコンクリートに接触し、回転が止まる。カランコロンと音を立てて転がっていった。
一安心、という訳にも行かない。こんなもんで自称最強を名乗る相手の攻撃が終わるはずがない。
俺は鉄パイプが飛んできた方向……。
「騙されるかっ!」
その逆。つまり、鉄パイプが転がっていった方向に振り返る!
その視界の先に映ったのは、昨日俺が片腕を切り飛ばした、シーガが右手に先程投げた鉄パイプを走りながら拾い、俺に向かって突っ込んで来ている情景。
信じられない速度。速い。だが、間に合う!
右手の傘を相手の振りかざした鉄パイプに合わせて振り抜く。
ガツン。と音を立て攻撃を弾く。そしてお互いにバックステップ。距離をとった。
足元でピシャっと音が鳴る。雨が降っていることを忘れる一瞬の攻防だった。
傘を握る手がじんと痺れる。思い一撃だった。頭に食らったらおそらく絶命するほどの。
「やるな」
「どうも」
向かい立つシーガがニヤリと笑う。鉄パイプをくるくると回し、余裕こいてる。一方こちらは結構冷や汗ダラダラ。
「……さて、ここからまた攻撃に僕は移る訳なんだけど……ひとつ聞きたいことがある」
「……できるだけお早めに」
「お前はさっき、鉄パイプが飛んできた逆の方向に迷わず振り返った。そんなこと普通できない、普通できないから僕はあえてそうしたんだが……何故、そっちを見た?」
鉄パイプを突きつけ、俺に質問をする。この質問に答える必要は無い、でも一度やってみたかったことでもある。戦闘中に解説。
「迷わずって言うのはちょっと違う。実際少しどっちから来るのか分からなかったんだ」
「なるほど? その一手遅れた状態で、どうして僕の攻撃を躱すことが出来た?」
「……その考えも一手遅れてるんだよ」
「はぁ?」
何言ってんだこいつと言った表情をされる。
これは、カードゲームじゃない。スピードを競う競技でもない。
戦いだ、全てを利用して、味方につけて戦わなければならない。俺はただそれをしただけのこと。
「お前が『二撃目』を躱されたことに対する疑問というのは、言ってしまえばひとつの経験から成り立ってる。でもそれじゃあまだ迷ったまま。確定ではない。それを確定させたものは、『一撃目』を躱すことが出来たことに繋がっていく」
「……チッ」
舌打ちが数メートル離れた先からでも聞こえる。どうやら彼も気がついたらしい。
「俺が一撃目を躱すことが出来た理由は、分かるだろう? 聞かなかったんだからな」
鉄パイプを下ろし、睨みつけながらシーガは喋る。
「お前は後ろに目があるわけじゃない、おそらく感覚を最大まで研ぎ澄まし、音やらなんやらで空を切る存在を感じ取ったというところか」
「そうだ、そもそも何故そこまでわかっていて二撃目を疑問に思うのか、そこに俺は疑問を抱くね」
内心相手の強さに少しビクつきながらも、盛大に煽る。これが俺のやり方、最も得意とするやり方。
「つまり、お前は鉄パイプの音が途切れたから振り向いたということなのか?」
「その通りだ」
決してこの判断を誇るつもりは無い。ただギャンブルだった訳では無い。雨を切る音が飛んできた方向からもう聞こえなかったということと、それこそ今までの経験が積み重なっていた。
やはり戦いは経験なのだ。
シーガはこの解説が終わると、ふん、と一つ鼻で笑った。
「なるほど、少しだけお前を見くびっていたことは認めてやる。なんやかんやでお前と戦って、腕すら落とされている。ならば敬意を持って、貴様を殺してやる。覚悟しろ……リンデン」
そして、殺気が彼から漏れ出す。
恐怖はない、何とかやっていける。
俺の役割は、変わらない!
「……そう言えば、俺もひとつ聞きたいことがあった」
「なんだよ……殺気出してんだからそういうことはもっと早く言えよ……」
戦闘中だと言うのに、なんで気の抜けた会話だ。
しかもお前が急に殺気出してきたんだろ、俺悪くねーだろ。タイミングがなかったんだよ。
「お前、なんでもっと鉄パイプ投げてこなかった?」
「……」
……なんか絶命したみたいに声詰まってるけど。
「沢山投げてきたら、それこそ音なんかじゃ判断出来ない。一手遅れたまま一撃貰ってゲームエンドの可能性だってあった」
「……貴様こそ、それを聞くのは一手遅れてるんじゃないのか」
「あぁん?」
「簡単なことだ……俺は一本で充分だと思っていたということだ。今の今まで、お前を認める瞬間まで、な」
「なるほど……?」
あ、ダメだ、イラッときた。
つまり、舐められていたと。
手加減されていたと。
「─────ブッ殺す」
俺はそういうのが、余裕こいて手加減をかっこいいものだと思ってる奴が、一番ムカつくんだよ!
「ふふ、かかってこいリンデン!」
さぁ殺し合いだ、互いに武器とは思えないものを構え、殺しにかかる!