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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

イェニチェリ(新しい兵士)

ヤヴズ(冷酷者)

作者: 平 啓

近代からパラレルした世界で行われる戦闘。

そこで戦う新しい兵士の姿とは。

イェニチェリ(新しい兵士)シリーズ1


イベント第5回「かきあげ」参加作品に、少し手を入れました。

――どこかで赤ん坊の泣き声がする。帰っておいで。世界の過酷さから逃れ、平安のたゆたうこの場所へ。


 このたびの任務に私の班にYÇが配属されることになったが、部下達の懸念はYÇが必要となった状況だった。

「軍曹、あちらにアレがいるんですか?」

 一番若いレノの質問に私がうなずくと、古参のムラトからため息が漏れた。

 ゲリラ化した反帝国勢力は、略奪した村から誘拐した子供達を兵士として使っている。情報として訊いてはいたが、私達の班がこれまで実際に相手をしたことはなかった。

「練度の低い子供に集落を襲わせて、食糧の調達を兼ねた武器訓練をしているらしい」

 必殺の銃口に抗するためでも、女子供に引き金を引くことは兵士達の強いストレスとなる。それが向こう側の狙いではあるが、悪影響を及ぼすPTSDに対処するため配備されるのがイェニチェリだった。どんな相手にでも無敵に立ち向かえる精鋭兵イェニチェリ。無双エリートの参加に、班員達は不安そうに眉を寄せてつぶやきあった。

「YÇの冷血ぶりはAIじゃないかと噂ですけど」

「人型AIは戒律違反だから、それはないだろう」

 ムラトは苦笑したが、やはり屈託は拭えないようだ。

 今回の任務は敵方補給線の探索とその阻止だ。いくらスパイ衛星でも、鬱蒼としたジャングルでは限界がある。村の略奪だけでは十分でないゲリラ軍へ、そろそろ反乱中央から物資が運ばれる時期と読んでの命令だった。

 日没を前にして一日の行軍を終え、たちまちジャングルは闇に沈む。一人の監視を立てて各自急いで声のない礼拝を捧げた後、携帯食料での夕食となるのだが、珍しく幾人かの固まる影があった。目を凝らすと、班員達がYÇのヤヴズを囲んでいた。

 出立前の彼らの不安は、ヤヴズの着任挨拶を受けたとたん、雲散霧消した。ほれぼれする敬礼とともに――

「YÇのヤヴズです。今日からこの班に配属されました」

 よろしくと、端正な目元に浮かんだ笑みには、誰もがたちまちに魅了されたのだ。深い青い瞳に捉えられてか、レノの腰がむずりと動くのがわかった。

 もちろん兵士としての優秀さも行軍が始まるや明らかとなり、完璧な先頭斥候や最後尾の務めは、班員の信頼を得るのに十分であった。それどころか、情けなくもこの世ならぬ美形兵士に浮き足立った兵士が、まさかに犯す凡ミスをそれとなくカバーし、心証はますます良くなるばかりだ。レノなどはよほど恩に着たらしく、あれこれと無用の世話を焼きだしてムラトの嫌みを買ったのだが。

「いえ、ありがとうございます。気にかけて下さってうれしいです」

 と、ヤヴズの真心の感謝が返り、むくつけき野郎どもがふんわりと表情を和ませる始末だった。

「軍曹、起きて下さい」

 夜明け前、目を開けたなりヤヴズの白い顔が眼前にあって、危うく声がでそうになった。

「エンジン音が聞こえます」

 耳をすますが、それらしきものは聞こえない。ヤヴズに誘われるまま樹間を行くと、わずかに薄明が開ける高台にでた。双眼鏡で眼下を探る。生い茂る枝の間に間に道が続いているのが見えた。補給路だ。

「数台のトラックが近づいていると思われます」

 ジャングルの静寂は変わらなかったが、私は兵士達に爆薬の設置を命じた。足止めを食らわせている間に、航空支援を要請し補給路を断つという寸法だ。作業が終わった頃、ようやくエンジン音に続いてトラック群が姿を現した。と、爆音が木々を揺るがせ数台の車両がひっくり返った。後続車からは銃を構えた敵兵が次々飛び降り、樹林の中へ駆け込んでくる。補給隊の前進阻止を確認した私たちは、追跡されないよう急いで撤収した。

 退却は常にこちらが先行索敵で交戦を避けるうち、先手の連絡により飛来した友軍機の爆撃が背後に轟いた。それを機に敵軍は追跡を諦めたが、それも最後尾のヤヴズが私達の足跡を完璧に消してくれたお陰だ。

 昼過ぎにようやく休憩となる。皆は一発の発弾もなく終わった感謝を捧げ、今回の功労賞のヤヴズの周りでは、ひそひそ話が弾んでいた。当然のごとく隣に座ったレノが、ヤヴズの優秀さを我が事のように自慢する。

「どうだ、YÇはすげえだろ。こいつと同輩なんて、俺たちゃ鼻が高いってもんだ」

「レノの奴、この前冷血とほざいたのはどの口だ」

 私の横でムラトが渋い顔を向けた。

「軍曹、いくら優秀でも尋常じゃないでしょ、アレは」

 正体はなんなんです、と訊きかけたところで、兵士達に無邪気な笑みを振りまいていたヤヴズが目を上げた。

「煙が」

 青い視線の先、鬱蒼とした緑の上を薄い煙が幾筋も上っている。地図を広げると小さな村があり、私とムラト、レノとヤヴズで偵察に出ることにした。

 ヤヴズの先頭斥候に導かれ一時間ほど進んだところで、風が変わって匂いを運んできた。きな臭さと、いつ嗅いでも気分の悪くなる、あの――

 私と目を合わせたムラトがうなずいた。

 ヤヴズの動きもいっそう細心になって、数歩ごと周囲への警戒を強めていく。と、その足が急に止まり、私は反射的にムラトの背を押して地に伏せた。同時に頭のすぐ横をかする銃弾。それと重なってヤヴズの銃口が火を噴いた。

 一瞬で戻る静寂。私達は身を伏せたまま樹木の陰へ移動した。銃声は続かない。そろりと身を低く起こしたヤヴズが、先ほど銃弾を放った方へ小走りに近寄っていく。しばらく耳をそばだてた後、安全の合図を私達に送ってきた。

「あの煙に引かれてきた者を狙っていたようです」

 ヤヴズの足下には額を打ち抜かれた少女が虚ろな瞳のまま倒れており、体の下に狙撃銃が見える。十を幾つか越したあたりか。レノが小さく息をのむのが聞こえた。

 今の銃声でも敵兵の動きはないまま、私達は慎重に村へ近づいていった。木登りの得意なレノが樹上から、くすぶる数件の藁屋根と、そこかしこに倒れる村人の遺体を報告した。敵兵はおらず、すでに略奪を終えた後のようだ。

 村はずれの家から始まって、土壁に背を押しつけながら順繰りに屋内を探索し、敵兵の有無を確認していく。

 と、三四軒いったところで、突然ヤヴズがつぶやいた。

「赤ん坊だ……赤ん坊が泣いている」

「おい! 待てよ!」

 止める間もなく全速力で走り出すヤヴズを、レノが慌てて追った。私とムラトも周囲を警戒しながら後に続いたが、二人は倉庫らしい建物に相次いで駆け込み、姿が見えなくなる。

 途端に響く機銃音の重なり。上がった絶叫が狂ったように繰り返される。倉庫口の両側にムラトと張りつくと、間もなく銃声が止んだ。悲鳴はかすれ声に変わり、合間に赤ん坊の弱々しい泣き声が漏れ出てきた。中の気配を窺う。

「おい、レノ、ヤヴズ、無事か?」

「私は無事ですが、レノ一等兵が」

 ヤヴズの返答を受け倉庫内に足を踏み入れるや、すさまじい血の匂いが鼻を突いた。入り口近くで腰を落とし、声にならない悲鳴を上げ続けているのはレノだ。ムラトが駆け寄り腕を揺すぶる。

「おい、しっかりしろ! 肩を打ち抜かれているだけだ!」

 だがレノの恐怖に見開かれた目は、倉庫の奥へ据えられ動かない。そこには若い女の死体が一つ、周りにはほぼ原型を留めない三つの血と肉の塊が、自動小銃と共に転がっていた。

「入ったとたん銃撃されて、レノ一等兵が被弾しました」

 奥の暗がりで何かを抱えて立ち上がったヤヴズが報告する。

「先に入ったお前が撃たれなかったのは、どうしてだ」

 彼らが――と、ヤヴズが倒した小さな肉塊を目で示す。

「死体の乳を探っていて、銃口を向けるのが遅れたのです」

 奥に横たわる死体は母親だった。ヤヴズが腕の中のものを差し出す。

新しい兵士イェニチェリです」

 私は赤ん坊を受け取った。

 かつて徴用された子供のうち、武芸に秀でた者はイェニチェリとして帝国の力の中枢を担った。やがてその腐敗が国力を衰退させたが、いまやもっと新しい兵によって帝国の威光は戻りつつある。無垢な忠誠を備えた子供の脳と人工身体よる最強の兵士。彼らは安らかな人口羊水の中でストレスを常にリセットされ、新しく生まれ変わることができる。

「よし、引き上げよう」

 倉庫の出口で振り返ると、ヤヴズが死体にかがみ込み、柔らかい胸に頬をあてていた。


(完)

お読みいただきまして、ありがとうございます。

初めてミニタリー小説に挑戦してみました。

ちなみに「ヤヴズ」とは「冷酷者」という意味だそうです。

資料として調べた世界のフィクションを超える現実の酷さに、改めて心が痛くなりました。

世界に、とくに子供達に平和が訪れるよう祈らずにはいられませんでした。

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