11/06/某日 本庁オフィス:東大法学部です
キノスパ番外編ですが、実際には弥生を使った面接再現です
本編との関係上、時期を6月にしていますが御了承ください(現在は7月が訪問時期)
内線が鳴る。
「はい、流川です」
「弥生ちゃん、時間大丈夫? 官庁訪問の学生の面接頼みたいんだけど」
ラッキー!
しばらく隣に座る相性最悪なネズミ面上司を見なくて済む。
電話を切って、段原補佐に声を掛ける。
「すみません。面接呼ばれたので行ってきます」
「いいねえ、キャリアさんは。そうやって遊ぶ時間作れてさ」
遊びじゃねえよ!
これが遊びなら人事課は年中遊んでることになるだろうが!
……とは言えない、こんなバカでも一応は上司だ。
頭を下げる。
「忙しい中抜けさせてもらい申し訳ございません」
段原補佐がフンと鼻を鳴らす。
「早く戻ってきてね~、隣に弥生君いないと寂しいから」
死にやがれ!
※※※
まず人事課へ。
採用担当の係長からチェックシートをもらう。
変な先入観を持ってはいけないので、この時点では何も教えられない。
学生の待つ応接室へ。
応接室は三畳ほどのスペースに二人掛けのソファーが二つとテーブル。
普段は俺達職員のお昼寝する場所となっている。
──応接室に入る。
待っていた学生は、ぱっと見草食系。
しかし変な方向で尖っている。
この他人を見下したかに見える目は……
「お待たせしました。本日は公安調査庁を訪問していただきありがとうございます──」
名刺を差し出す。
スパイと言えども、ちゃんと名刺は作っている。
「──初めまして、流川弥生と申します」
「東京大学法学部、河原雄一です。よろしくお願いします」
やっぱり東大法学部か。
東大法学部も色々いるが、河原さんみたく半端に高慢に映るタイプは経験上ろくな奴じゃない……いけない、いけない。
予断と偏見を抱くのは面接官としてもインテリジェンスオフィサーとしても失格だ。
ただ、第一印象は大事。
スパイ稼業は人と会う仕事だから、上から目線な人間に見えるのはまずい。
だから最初の時点でアウトになってしまう学生もいる。
残念ながら、河原さんはそのくちだ。
もっともキャリアは基本的に総務管理が仕事。
ノンキャリアほど愛想が求められるわけじゃないから、他に取り柄があればいい。
俺だって、好きこのんで悪い評価は付けたくない。
ここはちゃんと話を聞いてあげよう。
「いくつか質問させていただきますね。河原さんの長所はなんですか?」
「東大法学部です」
は?
今のは空耳じゃないよな?
俺は今、学歴じゃなくて長所を聞いたよな?
何か尋ね方悪かったかなあ、ちょっと変えてみよう。
「では、河原さん。自己PRをしてください」
「私は日本で最難関の東大法学部受験にクリアしました。いわば日本の頂点にいる学生。これで十分なアピールになるものと考えます」
はああ?
今、霞ヶ関で東大法学部の学生が何人官庁訪問してると思ってるんだ?
つまり、さっきのも聞き間違いじゃない。
素ってことだよな……。
この先、もう全力で嫌な予感しかしない。
それでも面接は続けないといけない。
「では、河原さん。あなたはその東大法学部という長所を、公安庁の業務において、どのようにお役立ていただけるんですか?」
「私の東大法学部ならではの優秀な頭脳は公安庁の財産になると考えます。そして東大法学部ならではの豊富な人脈を活かして公安庁に貢献したいと考えます」
あかんわ、これ。
お前には「東大法学部」以外の取り柄はないのか。
自分で優秀というなら、せめて優の数くらい示してくれ。
東大法学部なら、それが指標になるから。
あと東大法学部の人脈は確かに長所だが、それは学歴に含む評価だから、他に何が言えるかが大事なんだけど。
それ以前に、こんな奴に友達いると思えない。
東大法学部って頭悪いとみなした人には残酷だから。
いや、もしかしたら、他に評価してあげるべきところがあるかもしれない。
「趣味は何でしょう?」
「勉強です。そのレベルは東大法学部に合格したことが示す通りです」
ネタか? ネタで言ってるのか?
もういい! 次だ、次!
「公安庁の他には、どんな省庁を回っていますか?」
「警察庁と防衛省です」
この面接で始めてまともな回答を聞いた気がする。
「手応えはいかがでしょう?」
「どちらからも評価をいただいています」
ごめん、時期的にどちらももう終わってるよ。
そのくらい知ってるし、今ここにいるのが全てを示してるよ。
だから俺の質問も意地悪ではある。
見てるのは答えづらい質問にどう答えるか。
模範解答としては「回ってはみたものの、いずれも私のやりたいこととは違うように感じました」辺りかな。
それで両官庁と公安庁の違いを訴えて、志望動機に繋げられればベスト。
河原さんの回答は、就職マニュアル本の受け売り典型例。
お約束だからマイナスにもしないけど、決してプラスにはならない。
まあ、ここは助け船を出してあげるか。
「その二つの官庁ではなく、どうして公安庁を志望するのですか?」
「警察庁も防衛省も私の他にも東大法学部が集まる官庁です。しかし公安庁に東大法学部は少ないと聞いています。そうであれば、私が辣腕を振るうに相応しい官庁であると考えました」
あ……あ……アホか、こいつ。
こりゃ警察庁も防衛省も落とすわ。
つまり公安庁は三流官庁。
そこに東大法学部の俺様が来てやったんだから内定出せと言ったも同然なのだから。
こんな社会における口の利き方も知らないやつ、どこにも採用されるはずがない。
河原さんが止めの一言を放つ。
「警察庁と防衛省は名残惜しいですが、公安庁から内定をいただけるなら決めさせていただきます」
どんだけ上から目線だ!
まだ時間はある。
それでもこんなバカの相手続けるくらいなら、まだネズミ面見てた方がマシだ。
東大法学部はどんな人間でもどこかの官庁に決まる可能性がある。
それが査定官庁だと将来報復されるおそれがあるから、原則として丁重に扱う。
だから、俺の今からやることは、きっと人事課から怒られる。
それでも腹は決まった。
「お帰り下さい」
「えっ? 私、東大法学部ですよ?」
まさか自分が否定されるとは思わなかったのだろう。
明らかに動揺している。
「そうですね、非常に優秀な方と判断しました。ですので、河原さんには警察庁か防衛省が相応しいと考えます」
「二度と来るな」というお役所言葉。
「いえ、私は公安調査庁が第一志望なんです! また次も来ます!」
「お好きにすればよろしいかと存じます」
「何度来ても無駄だよ」というお役所言葉。
「もっと話を聞いて下さい!」
ゆっくり、きっぱりと声を低くして告げる。
「河原さん、お帰り下さい」
──ようやく帰った、というか叩き出せた。
一人になった応接室で、チェックシートの評価欄に「×」を付ける。
さらに「絶対に採るな!」と書き加えて人事課へ。
まずは採用担当の横川さんに謝らないとな。
「すみません。悪いのはわかってるのですが、はっきり落としました」
横川さんの返事は意外なものだった。
「構わないよ、それを狙って弥生ちゃんに回したんだから」
「はい?」
「弥生ちゃんって自信家だから東大法学部見ても怯まないでしょ? それにああいう上から目線タイプ大嫌いだし」
「はあ、まあ……」
「しかも弁が立つ。だから完膚なきまでに叩き潰して二度と来ないように仕向けてくれるだろうなあって。私達窓口で東大法学部落としちゃうと責任取らされかねないからさ」
なんてこった。
「それなら御期待に添えたと思いますけど、『また来ます』って言ってましたよ」
「その時は仕方ないから上に上げるよ。でも、彼を気に入る幹部がいると思う?」
「思わないですね」
「最終合格はできそうな成績だから、どこかで採用されるとは思うけど。あの調子なら恨まれるのはうちだけじゃないだろうし、大丈夫でしょ」
あんなのでも採用するところあるんかよ。
霞ヶ関恐るべし。
「公安庁は本当に学歴不問の人物重視で採用ですからね」
判断基準は面接して気に入られるかどうか。
シンプルこの上ない。
──二‐三に戻る。
段原補佐が早速嫌味を言ってきた。
「あれ、やけに早いねえ。せっかくの休憩なんだから、ゆっくりしてくればいいのに」
ああ、さっきの学生に社会の厳しさを教えてやりたい……。
東大法学部はこんな人ばかりじゃないので、念のため
次話も官庁訪問再現です
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