○○/01/01:某家電量販店:こんな炊飯器様は欲しくありませんか?(小町・美鈴・旭)
「こんな弟クンは欲しくありませんか?」×「あなたはこれでもイケメンが正義だと言えますか?」のコラボです
両方読んでなくても何となく意味はわかると思いますが……できれば両方読むことをオススメします
「あけましておめでとうございます! アキバシカメラへようこそ!」
大きな声で威勢良く挨拶。
赤色のハッピを着たボクは、ガバっと頭を下げる。
隣に立つ、ボクより二〇センチ以上背の高い女性が話しかけてくる。
「頑張ろうね、薫クン」
「はい、カコさん」
ここは家電量販店の新春大売り出し。
ボクはカノジョのカコさんとバイトに来ている。
目的は二月からの春休みを利用した「美味しいササニシキを探す旅」の資金稼ぎ。
炊飯器マスターのカコさんによれば、かつて日本の二大米と言われたササニシキの命は今や風前の灯。
そのため設定ランクにこだわらず、本当に美味しいササニシキを作る農家を探しに行きたいのだとか。
もうカコさんはお米マイスターの資格も取得しておくべきだと思う。
試験があるらしいが、きっと通るだろう。
「お客様、こちらの炊飯器はいかがでしょうか? このお釜を見てください……」
水を得た魚のように炊飯器を売り込むカコさん。
まるでハンターに狙われた獲物がごとく、男性客が次々とつかまっていく。
カコさんが美人だからというのもあるだろう。
でもそれだけではない。
カコさんが営業ではない、心からの笑顔を浮かべているからだろう。
そしてボクはやっぱり思う。
いったい何がカコさんを炊飯器に駆り立てるのだろうか、と。
──ん?
振袖姿の客が三人。
騒々しく声をあげながら売り場にやってきた。
「あはは~、小町さんかわいいです~」
「ちきしょう、なんで俺が振袖なんかを! しかも二年連続!」
「去年僕と観音さんにハメられたのに懲りないからですよ。今年もまた麻雀大会でお年玉増やそうだなんて、さすがの僕も言葉失うんですが……」
「二年連続でお年玉袋に五百円玉しか入れなかった姉貴が悪い!」
「私は眼福なので観音さんに感謝です~、旭チェック完壁に通過です~」
私っ子に僕っ子はともかく、俺っ子?
ううん、そんなわけはない。
女性一人に男性……いや、男の娘二人か。
言葉遣いの前に、ボクも同類だから波長でわかる。
アッシュ色したショートボブの子は、キツイ目鼻立ちながらも雰囲気は柔らかい。
こんなに根っからいい人そうな人物は初めて見たかも。
ただ喋り方はもちろん、動作で明らかにオトコとわかる。
ボヤいてるくらいだし、普段は女装していないのだろう。
一方、赤い髪の僕っ子はすごい。
男っぽさの欠片もない。
ボクすら油断すると騙されそうだ。
今のボクは中途半端な髪の長さでノーメイク、辛うじて男に見えるはず。
世の中上には上がいる。
これがボクの信条だけど、まさかこんな形の上を拝むことになるとは思わなかった。
世間は広いなあ。
さて、間延びした喋り方をしているツインテールっ子の方は──えっ!?
「きゃあああああああああああ! 何この子!」
カコさんが絶叫。
その腰元には、ツイ子が抱きついていた。
「この方の内面からは底知れぬこだわりを感じます~。明らかに洋風な見た目なのに、この贅肉のないお腹からは朝食がパンより御飯なのがわかります~。肌のハリも炊きたての魚沼産コシヒカリのようです~」
わ、訳わからない。
確かにカコさんの朝食は御飯だけど。
それがお腹からわかるって、いったいこの人は何者?
「薫クン! 助けて!」
はっ、いけない。
「御客様、おやめください!」
「旭さん!」
「やめてください!」
──はあはあ。
三人がかりでようやく引き離した。
ショートボブの男の娘がぶんぶん頭を下げてくる。
「申し訳ございません! 申し訳ございません! 申し訳ございません!」
カコさんは苦笑いしながら、それでいて照れたように返事をする。
「まあ……その……何か問題あったわけじゃありませんので……」
十分問題だと思うけどな。
どこかニマニマしているのは、きっとお肌を魚沼様に例えてもらえたからだろう。
お米絡むと人が変わるからなあ。
で……この三人。
一応、御客様でいいんだよね?
真っ直ぐ炊飯器売場に歩いてきたし。
背筋を伸ばしながら、頭を下げる。
「いらっしゃいませ、本日は炊飯器をお探しでしょうか?」
旭さんと呼ばれていた子が小さく手を上げた。
「はい~。私が探してます~」
顔がどこか上気している。
かわいいけど、変な人だなあ……などと思ってはいけない。
「具体的に考えている品はありますか?」
「それが、いきなり電源が入らなくなって壊れてしまいまして~。調べもせず買いに来たもので全然わかりません~」
ふむ。
「これまでお使いの炊飯器はいつ頃のものでしょう?」
「二年近く前です~。どうして電化製品は保証が切れるとすぐ壊れちゃうんですか~」
そんなこと言われても、メーカーマジックとしか。
さて、この人には何をオススメすればいいんだろう?
保証の問題は延長保証で解決できるとして、好みが全然わからない。
情けないけど、カコさんに目線を向ける。
アイコンタクト。
察してくれたか、カコさんが説明を引き継いでくれた。
「御客様。御家族は何人でしょう?」
「独り暮らしです~」
「量は?」
「あまり食べません~」
「これまでお使いの炊飯器の方式はおわかりになりますか?」
「マイコン式です~。いい機会ですしIHか圧力IHにしたいなあ……と」
「予算はおいくらくらいでしょう?」
「五万円くらいで考えています~。ここはお金を掛けてでもいいものが欲しいです~」
「お好みの味はもっちりでしょうか? さっぱりでしょうか?」
「さっぱりの方が好みです~」
カコさんが少しだけ考え込んだ。
「御客様、内釜の取り扱いに自信はありますか?」
「自信、ですか~?」
「最近の炊飯器ですと、味を求める代わりに内釜の強度を犠牲にしたものがあるんですよ。陶器とか炭とか。落とせばパキンと割れたり欠けたりしまいます」
「ふむふむ~」
「その代わりに味は一級でさっぱり目の炊きあがりになります。内釜保証はありませんが、その分本体価格も他の炊飯器よりはお安く、メーカーの最高級品が手に入ります」
「不注意に取り扱わなければいいんですよね~。家事は慣れてるので大丈夫だと思います~」
「かしこまりました、では少々お待ち下さい」
カコさんが一旦立ち去る。
すぐにトレイを抱えて戻ってきた。
トレイの上にはラップにくるまれた御飯。
「こちらを御試食ください。そちらのお二人も是非」
三人がラップを外し、御飯を口に入れる。
もぐもぐとゆっくり噛みしめて味わっている。
「うん、味は違うんですけど、どちらも程よくさらさらで美味しいです~。甲乙つけがたいです~」
「甲乙つけがたいですか──」
カコさんがニヤリとした。
「──では、こちらへどうぞ」
カコさんが先導しながら、炊飯器の並ぶ棚へ。
「先程の炊飯器は、こちらとこちらになります。大きさはどちらも三合クラス。甲乙つけがたいのでしたら、あとはデザインでお選びになってはいかがでしょ──う?」
カコさんが言い終わる前に、旭さんは一方の炊飯器にしがみつき、頬ずりしていた。
「ああ、この渋みのある赤色に炊飯器らしからぬ正方形のデザイン~。一見クールビューティーなのに角はまるくて中身は繊細~。まるで小町さんのようで惹かれます~!」
ショートボブの男の娘が真っ赤になった。
なるほど、こちらの小町さんとやらが旭さんのカレシか。
カコさんが目配せしてくる。
最初に接客したボクが締めろということだろう。
「では、御客様。こちらでよろしいでしょうか?」
「ちょっと待って下さい──」
赤髪赤目の男の娘が腕を伸ばしてきた。
ぼそぼそ声で小町さんとやらの肘をつつく。
(──ほら、小町さん。値切って、値切って)
(恥ずかしいだろうが、美鈴がやってくれよ)
(何言ってるんですか。旭さんは小町さんのカノジョでしょう。カレシが頑張らなくてどうするんですか)
……全部聞こえてますが。
しかしなんて微笑ましい会話だ。
決心したのか、小町さんがボクに向き直った。
「あの……ちぃとこれ、まからんかのう……」
なぜ広島弁!?
小町さんの顔は真っ赤。
口はひん曲がり、肩はぷるぷる震えている。
きっと値切ったことなんてないんだろうなあ……。
それも普段はしないであろう女装姿で。
なんという不憫属性な人なんだ。
でもカノジョのために頑張ろうという姿は好感が持てる。
カコさんに目をやる。
やっぱりニマニマしている。
ん、いっか。
小町さんの頑張りに免じて、いきなり限度額までさげてあげよう。
「そうですね、この品が三四八〇〇円のポイント一〇パーセント。当店のポイントが不要ということでしたら三四八〇円引かせていただきます。さらに端数も切って、三〇〇〇〇円ポッキリでいかがでしょうか? さらに延長保証もサービスします」
元々がネット販売込での最低価格。
文句のない条件のはず。
旭さんが真っ赤で固まったままの小町さんに笑顔を向ける。
「小町さん、ありがとうです~」
「う、うん……」
「では、これを~」
「ちょっと待ってください──」
美鈴と呼ばれていた赤髪の男の娘が、再び手を伸ばす。
「──小町さん、よく頑張りました。ここからが僕の出番です」
はあ?
美鈴さんがしなっと首を傾げながら、目線を流してくる。
「ね、店員さん。もう少し下げられませんか?」
はああ?
何を図々しいこと言ってるんだ?
既に限界まで下げてるのに。
「申し訳ございません。こちらが当店で提示できる限界の価格となっています」
美鈴さんが、ついっと近づいてきた。
ふーん、ゴルチェのフラジャイルか。
香水まで完全な女物なんだな。
「ねっ?」
ねっ、じゃないよ。
「申し訳ございません」
マニュアル通り繰り返させてもらう。
ホント、いったいなんなん──うわっ!
今度は両手でボクの手を包んできた!
「僕、店員さんみたいな人ってタイプなんだ。よかったら今日の閉店後、一緒に……」
その切なそうな口調は何!
……ああ、わかった。
要するに色仕掛けか。
ここはきっぱり告げさせてもらおう。
手をブンと振り解く。
「えっ!?」
美鈴さんが目を丸くした。
「御客様、困ります」
「困る? この僕に手を握られて困る!? そんなはずはない!」
体をがくがく震わせ、明らかに動揺している。
それだけの容姿を持っていれば、自惚れもするだろうな。
でも、美鈴さん。
あなたはもう少し世の中を知った方がいい。
「申し訳ございません、少々お待ちいただけますか?」
ロッカールームに回り、何かあったときのために用意しておいた紙袋を取り出す。
勢いよく、下着一丁。
ブラウスにパンストにタイトスカート。
靴もパンプスに履き替えて。
ロングツインテールのウィッグをはめて、ぱぱっと簡単メイク。
赤ハッピを着直してから再び売場へ。
──戻った瞬間、三人の叫声があがった。
「ええええええええええええええええええ!」
旭さんがボクへ向け飛びかかろうとする──も小町さんが羽交い締めで制止した。
美鈴さんは体中をガクガク震わせている。
「御客様。ボクも男の娘なんです。男の娘に男の娘攻撃は通用しません」
美鈴さんの顔がどんどん青ざめていく。
「ま、まさか……この僕が小町さん以外の男性にしてやられるなんて……しかもこの店員さん、僕や小町さんに全然負けてないじゃないか……」
良くも悪くも、あなたにだけは言われたくないよ。
「ついでに申し上げさせていただきますと、こちらの背の高い女性店員はボクのカノジョです。ボクの心がカコさんから揺らぐことはありません」
「薫クン……」
しかし美鈴さんは取り乱しながら叫ぶ。
「そ、そんなの最初から気づいてました! だから二人の仲に亀裂を入れて、『あの二人ケンカしたかなあ、ざまぁ!』とベッドの中でニヤニヤ妄想したかったのに!」
ど、どんな性格してるんだ?
クズなイケメンは結構見てきたけど、こんなねじ曲がったイケメンというか美人というか、何でもいいけど見たことない!
小町さんが美鈴さんの肩をポンと叩く。
「美鈴、世の中は広いんだよ」
美鈴さんの目から涙がこぼれ落ちる。
と思いきや振り返り、絶叫しながら走り去っていった。
「小町さんのばかあああああああああああああああああああああああ!」
小町さんが頭を下げてくる。
「ごめんなさい、御迷惑おかけしました……」
「いえ、大変ですね……」
──レジへ。
包装した炊飯器を渡す。
旭さんが持ち手を抱ると、小町さんが手を差し出した。
「俺が持つよ」
「じゃあ二人で運びましょうです~」
小町さんは旭さんの手を包む様に、持ち手へ重ねる。
そして二人して頭を下げてきた。
「どうもありがとうございました」
「お買い上げありがとうございました」
二人が顔を緩めながら売場を後にしていく。
ああ、何というカップルオーラ。
「カコさん、見ているだけでも幸せそうなのがわかりますね」
「あたしも幸せだよ」
「はい?」
「さっき、『ボクの心がカコさんから揺らぐことはありません』ってキッパリ言ってくれたの嬉しかったな」
「カコさん……」
顔が熱くなるじゃないですか。
ファンデ塗っててよかった。
そうじゃなければ、きっと今頃はゆでだこのように真っ赤になってる。
それはそうと、美鈴さんはどうなったんだろうなあ。
なぜかあなたの幸せな未来像が想像できないけど……強く生きてね。