13/05/20:横浜オフィス
13年5月20日 月曜日 09:30
出勤すると、なぜか部屋には浴衣姿の女性が三人。
ここってお役所だったよな?
「あの~、どうしてみんな浴衣なの?」
観音がニヤニヤしながら返してくる。
「弥生の願望を叶えてやったんじゃないか」
「はあ?」
「こないだマンガのイラストを食い入る様に見てたじゃないか。尻餅ついてしまった女子高生ヒロインの股間に、主人公がすっ転んで顔を埋めた構図の。弥生ってああいう『ハプニングでガバッ』を夢見てるんだろ?」
この女は何を訳わからないこと言っている。
「弥生さん、死ねばいいんです~!」
「弥生、サイアク!」
「お前らに言われるまでもない! 同僚相手にそんなのできないからイラスト見てるんじゃないか!」
「弥生さん、死ねばいいんです~!」
「弥生、サイアク……」
おい、シノ。
どうして頬を膨らます。
これは見なかった振りしてと。
「で、観音さん。もう一度聞きます。どうして浴衣?」
「下着なら着けてるよ? 三人ともちゃんと」
「誰がそんなこと聞いた!」
「観音さん、何を言ってるんですか~!」
「そんな言葉、同性からでも口に出されたくありません!」
「実はな……私が米軍座間キャンプの担当なんだけどさ。先方の担当者が私の浴衣姿が見たいって言い出して。どうせならって二人にも頼んだらやってくれるっていうから」
このツッコミの嵐をスルーするんじゃねえよ。
それよりもだ。
「米軍の辞書には職権濫用の四文字はないんですか?」
「アメリカ人の辞書に漢字が載ってるわけないだろう」
この女……。
ええい、スルーだ。
もう一度繰り返す。
「米軍の辞書には職権濫用の四文字はないんですか?」
「客あっての情報機関だからなあ。お願いはできるだけ聞いてあげないとだし」
「そりゃそうですけど」
「本庁でもよくある話じゃんか。体を差し出せってならともかく、浴衣くらいなら構わないよ。弥生も目の保養に預かれたって事でいいんじゃね?」
「まあ、確かに綺麗ですよねえ……」
観音は黒の浴衣。この人って本当に黒しか着ないよなあ。
それ以外見たことない。
「だって合わせるの楽だし。その何考えてるか丸わかりの目はやめろ」
シノは白に紺色系の草花模様の浴衣。
シックで清楚な雰囲気が出てる。でも胸……。
「だって仕方ないじゃない。その何考えてるか丸わかりの目はやめて」
旭はイエロー~オレンジ基調の花柄浴衣。
なんかそのままだ。
「投げ槍なコメントですね~。その何考えてるか丸わかりの目はやめて下さい~」
同伴の白島統括を加えた四人は座間に出発。
──五時間経過後、四人は戻ってきた。
「弥生、食え」「弥生、これあげる」「弥生さんお土産です~」
三人揃って、俺の机の上にビニール袋に入った箱を置く。
まさかこれって……袋から取り出す。
「これは……」
「見てわかりませんか~?」
「わかるわ! 例のチョコレートじゃないか!」
そう、あのネズミ野郎が観音にケンカ売るべく土産として持ってきた代物。
CIAだけじゃなく米軍もか!
アメリカは公安庁に怨みでもあるのか!
「返す!」
「えー、これ美味いんだぞ?」
「観音さん、あなたのどの口からそんな言葉が出るんですか!」
「知らないのか? 幼女って三歩歩いたら全てを忘れるんだぞ? もちろん一〇日前にそのチョコレートをゴミ箱に叩き込んだことなんて全く覚えてない」
誰が幼女だ。
そんな幼女いねえよ。
しかもしっかり覚えてるじゃねえか。
「私も米軍のクリスマスパーティーで出されたステーキがばさばさで味がしなくて、アイスクリームも歯が痛くなるほど甘くて食べられたものじゃなかった事は全然知らない」
でも接待だから残せないんだよな。
嫌がらせ以外の何物でもない。
「米軍のクラブで食べたフライドチキンは最高に美味しかったですよ~」
「旭にだけは同意しよう。あれは本当に美味しい。安くてでかいし」
「ねえ弥生? きっとチョコも美味しいよ? 私から早めのバレンタインチョコだと思ってさ。し、しかも、私のほ、本命なんだからね? か、覚悟しなさいよね?」
「早めって九か月も先じゃないか。ツンデレられても、こんな本命チョコいらん!」
「弥生のバカっ!」「弥生さんのばか~」「弥生のロリペド野郎」
「最後のは違うだろ! 土橋統括、これ食べませんか。とても美味しいですよ?」
(自分さえよければいいのか)
そう言いたげな軽蔑の眼差しを三人から受けた。
「その言葉そっくりそのままお前らに返してやるわ!」
「弥生さん、ごめんねぇ。僕も今、 お茶で無理矢理流し込んでるぅ」
土橋統括は既に白島統括に押しつけられていた。
これって何の罰ゲーム?
「あっ」
シノが何か気づいた様に呼びかけてきた。
「どうした?」
「チョコを私に全部渡してくれるかな? いいこと思いついた」
シノはそう言うと机に座り、何やら書き始めた。
丁寧に折り畳んで、私信用らしき少しかわいめの封筒に入れる。
そして嬉嬉としながら梱包を始めた。
「何してるの?」
「段原補佐に送りつける」
「はああ?」
「封筒の中身は【私からの敬愛の印です。先日は申し訳ございませんでした、来年は是非とも……わかりますよね?】。まさか私からのプレゼントをゴミ箱に捨てられないだろうし、もしかしたら他の人達から嫉妬されるかもね」
「お前、何企んでる?」
「私も伊達に『桜花のシノ』と呼ばれてるわけじゃない。自慢するつもりはないけど、こんな時くらいはその二つ名を使わせてもらうよ」
シノはそう言い残して、スキップしながら総務に持っていった。
観音も旭も、ついでに土橋統括も、呆然としながらそれを見送っていた。
この女……怖いです。