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13/05/15:横浜市内某駅 旭視点

 目的の駅に電車が到着。

 改札を抜けると本日一緒に行動しているデブ──もといシノさん流に言えば「恰幅がある」職場の先輩が話しかけてくる。


「先に、ちとお茶するべ。始める前に色々と注意しておきたいし」


「はい~、なんか今日の弥生さんって偉そうです~」


「語尾伸ばして話すお前の方がよっぽど偉そうだよ。何か不満でもあるのか?」


 語尾を伸ばすのはわざとじゃなく、癖。

 だから心の中では普通に話している。


「滅相もございません~。できれば見目麗しい店員さんのいる店がいいんですけど~」


「知るかボケ、とっとと行くぞ──旭!」


 店内に入る……旭チェック。

 お眼鏡にかなう女性はいない。


 事あるごとに同性をつい品定めしてしまう。

 そんな自分が上等な人間だとは決して思っちゃいない。

 だけどそれでも美しいものは愛でたいし愛したい。

 これは人として当たり前の欲求なんじゃないだろうか。

 何より心も安らぐし。


 店内の客はまばら。

 弥生さんが店内を軽く見渡してから店の隅っこに向かう。


 そのスペースには、ぽっかり開いた様に客がいない。

 座ってみる。

 ここからだと店全体が見渡せるんだ。


 弥生さんが小声でぼそりと呟く。


「フィクションでよくあるのは『常に入口が見える場所に座る』。だけど入口だけ見えたって仕方ないからさ。全体に気を配れる場所を選ぶんだよ」


 ふむふむ。

 確かにここなら割と普通に話せそう。

 人が来たなら黙ればいいし、近くに他の客もいないし。


 でも……。


「こんな住宅街にある駅でそこまで気にする必要ってあるんですか~?」


「ない」


 あらら。


「そんなのキッパリと言わないでください~」


「でもやっちまうんだよ。もう職業病ってヤツだ──」


 ん? 弥生さんの語尾に違和感。

 弥生さんがコーヒーに手を伸ばし、口をつける。


 ……ああ、他の客が通りかかったからか。


 今、口で否定したばかりなのに。

 しかも相手は紛れもない一般人。

 これは確かに職業病だ。

 ついついやってしまっているのがよくわかる。


「何を人の顔をじろじろ見ている」


「弥生さんって格好いいなあって~」


「お前の口からその言葉が出ると何か企んでる様にしか思えないわ!」


「じゃあビスケットも食べさせてもらっていいですか~?」


「勝手にしろ。ついでに俺のコーヒーお代わりももらってきて」


「はい~」


「レシートを忘れずにな」


 差し出された千円札を受け取ってカウンターに向かう。


 格好いいかどうかはともかくとして、弥生さんは四日前から変わった。

 あの弥生さんがキレかけた日の翌日から。

 単に仕事ぶりが変わったというだけじゃない。

 目に生気が宿っている。

 やっぱりあの器の小さい補佐との一件がきっかけなのだろう。


 シノさんが入庁当時の弥生さんの写真を見せてくれたことがある。

 男性ながら外見だけは旭チェックをクリアするくらいだった。


 でも私が入庁以来見てきた弥生さんは、写真とまるで別人。

 それはただ太ったというだけじゃない。

 目が死んでいた。

 まさに魚の腐った目だった。

 私の目には全く魅力的に映らなかった。


 でも、きっと、今私の前にいる弥生さんの本来の姿なのだ。

 こうなると太ったのが少しもったいないかな。

 今までが今までだから異性としては興味持てないけど。

 何よりシノさんが告白した相手に攻略などと割って入るつもりはないけど。

 ただせっかくだし、ダイエットは頑張って欲しいな。


 カウンターから戻り、お代わりをテーブルに置いてからお釣りとレシートを手渡す。


「なんかお前、さっきから俺に失礼な事考えてないか?」


「気のせいです~。ビスケット少し分けてあげます~」


 ビスケットを一欠片割りとって弥生さんに手渡す。

 このくらいならダイエットにも影響ないだろう。


「お前に優しくされると、それはそれで気味悪いな」


 この人は私を一体なんだと思ってるのか。


「大きなお世話です~。いただきます~」


 残りにぱくつく。

 ん、美味しい。


 現地近くまでは目印になりそうな物を覚えておく様に言われる。


「住確に記入する際に必要だからさ。距離や所要時間は後で地図から割り出せばいいから、意識しなくていい」


「ふむふむ~」


「道順はしっかり覚えておけ。今日のは都合上俺が書くけど自分で書くつもりで回れ」


「めちゃめちゃ上から目線に感じる物言いですけどわかりました~」


「教えるんだから上から目線で当たり前だろうが!」


                ※※※


 店を出てからは、教えられた事を守りつつ道中を進む。

 現地付近に到着。

 弥生さんは素知らぬ顔で家の前を通り過ぎる。

 一瞥だにしない。

 それでいいの?


 通りすがった公園に入る。

 弥生さんはスマホを取り出し、何やら吹き込む。

 私に振り向いた。


「正確に記入しなくてはいけないのは表札の表示くらい。後は車がある場合はその車種とナンバー。要はマルコウの手がかりになるものをチェックする。家の外観とかは文章から特定できる程度に記載すればいい。今回だと『築の古い鉄筋二階建の白い家で鉄門を隔てた約二m奥に引き戸の玄関。二階ベランダは路面側』ってくらいに書ければ十分」


 たったあれだけでよく見てるものです~。


 おっといけない。

 だけど、心の中でも語尾を伸ばしてしまうくらいに驚いてしまった。

 全くそんな風に見えなかったのに。


「本当に見たまんまですね~」


「お前は何を言っている。見たまんま書くから住確っていうんだろう」


「はあ~……」


 どうしてこの人はこんな物言いしかしないのか。


「女房っぽいのがベランダで洗濯物を干してたからそれも書く。女房が中に引っ込むの待ちたいからコンビニで立ち読みでもするべ」


「はい~」


                 ※※※


 ──コンビニ。


 料理用のムックを手に取り、ぱらぱらっと。

 料理や掃除等の家事は好きだし得意。

 かなり家庭的だと自分では思う。


 弥生さんは何を読んでるのかな──って、おい!

 目一杯に体を捻って右腕を引く。


「お前はなぜ後ろから殴る!」


「殴りたくもなります~。女性連れでエロマンガ立ち読みするとかバカですか~」


「ああ、すまん。お前いること完全に忘れてた。俺の中じゃお前は女に入んねーし」


「まったく~。そのお目々ぱっちりな萌え絵見てるだけで吐き気します~」


 ったくもう。

 こういうところは結局変わらないのか。

 観音さんが弥生さんをおもちゃにするのも分かる。

 この人、あまりにも無神経で鈍感で変態すぎる。


「さて、そろそろ聞き込みに行くか」


 ちょっと!

 弥生さんがレジにエロマンガを持っていこうとする。


 ……せーの!


「痛いだろうが!」


「二度でも三度でも殴ります~! いっそ私が殴る前に死んで下さい~!」


 大体、弥生さんには皆実さんという妹がいるのに。

 そんなエロマンガを家で読むつもりなのか。

 こんなダメ兄持ってしまった皆実さんの苦労が窺われるなあ……。


              ※※※


 ──マルタイ宅の隣家。


 弥生さんの呼び鈴に応じ、ドアの隙間から女性が顔を覗かせる。

 大丈夫なのかな?


 弥生さんがちらっと手帳を提示。

 玄関に入れてもらい、扉を閉める。


 ん、手帳? ──あっ、いけない!


 弥生さんが手帳を示した。

 えーと、手帳、手帳は……。

 もう、私は何をやってるんだ。

 こういうときにすっと差し出すための手帳なのに。


 私が手帳を差し出してから、弥生さんが口を開いた。

 足を引っ張ってしまった、なんて恥ずかしい。


「忙しい所失礼します。以前にもうちの者がお邪魔してますが、その後お隣に何か変わった事はありましたでしょうか。よろしければ話を伺わせて下さい」


「私でよろしければ」


「夫婦仲は……奥さんは……子供さんは……生活ぶりはどうでしょう……帰宅時間は相変わらずですかね……昨日も帰りが遅いのを見た、なるほど……」


 マルタイについて色々聞いている。

 具体的には夫婦仲とかの家庭の事情や毎日の帰宅時間などを聞いている。


 話がそれそうになるとさりげなく話題を修正している。

 うまいなあ。

 これができるなら観音さんにもそうすればいいのに。

 つい、つまらない事を考えてしまう。


「御協力ありがとうございました。また寄らせていただくと思いますが、その時にはよろしくお願いいたします」


 弥生さんが深々と頭を下げる。

 普段はキャリアという立場もあってか、えらそうなデブにしか見えない。

 その弥生さんすら総じて腰の低い態度。

 本当に相手あっての商売なんだと実感してしまう。


 ──駅に到着。


 終業時間まではあと一時間くらい。


「俺は法務局へ登記取りに行くけど、お前はあがっていいぞ」


「弥生さんがあがらないのに私だけが家に帰れません~」


 早あがりは現場仕事の特権。

 だから言ってくれているのだろう。

 でも全く仕事しようとしなかった弥生さんが真面目に取り組んでいる。

 なのに私だけが帰れるか!


「うちの役所は仕事あがるのに目上とか目下はないから。本当に気にしなくていいぞ」


 そういう意味じゃないんだけどなあ……よし。


「ついでなので登記の取り方も教えて下さい~、今日は弥生さんに心ゆくまで私に上から目線させてあげますです~、こんな日は二度とないですよ~」


 仕事教えてもらいたいのは本音。


 でもそれ以上に……私は頑張る人が好き。

 努力する人が好き。

 弥生さんが何かしようと立ち上がったのなら、一緒に動いて応援してあげたい。


 私は現在、弥生さんにも他のみんなにも内緒で某店に潜入している。

 観音さんが「あのネズミ野郎をキャンと言わせたくないか?」と振ってきたもの。

 何を目論んでいるのかは知らない。

 ただ私は二つ返事で了解した。

 弥生さんに暴言吐いただけじゃない。

 観音さんをバカにし、シノさんを軽んじ、挙げ句に私には……ちんちくりん。

 そんな低俗で矮小な男に仕返しできるのなら乗らない手はない。

 争い事は嫌いだけど、傷つけられて黙っているほどお人好しでもない。


 観音さんは「もしかしたら弥生の仕事にも役立つかもしれない。私達が店に現れたら、弥生が頑張った証拠」と言っていた。

 聞いた時は何のことかわからなかった。

 でも、きっとこういうことだったのだ。

 観音さんは観音さんで部下の弥生さんを信じていたのだろう。


 偉そうな、いや今日だけは本当に偉いデブが身を翻す。


「仕方ねーなあ。それじゃついてこいよ」


「はい~、ついていきます~」


 弥生さん、私の働く店までたどり着いてくださいね~。

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