線香花火
夜中の勢い第四弾です。数年ぶりに花火をした作者の思いつき小説。そんな寂しく考えんなよ、と思う日常です。
人生ってこんな儚いもんなのかな。
親友が不意に言った言葉に、納得した自分と疑問に思った自分がいた。
【線香花火】
暑い。その言葉しか出てこない夏の猛暑日。
今日は仕事が早く片付いて、終わらない仕事に泣いている同僚にいやーな笑みを浮かべながらさっさと帰路に着いた。次の日が休みということもあって俺の気分はもう最高。
確かに今日は暑いけど、間違いなくいつもより足取りは軽い。
帰って風呂に入ってビールでも飲もうか。そうだ、そうしよう。
……と、一度は決めたはずなのに、いつのまにか俺は大きい袋を、一人でするには多すぎるある物を持っていた。
「なんで花火なんか買ったんだ?」
決して意識的に、しようと思って買ったわけじゃない。大体花火をしようと思ってるなら友達か誰かを誘ってる。だが今日は誰も誘ってねぇし、やるにしても暇な奴がいなきゃ一人ですることになる。……俺はこれをどうする気なんだ。
「どーすっかなぁ……」
とりあえず公園でも行くか。買った以上、やらなきゃ損だ。
別に今日しなければいけない理由なんてないのに、俺は今日してしまうことしか頭になかった。多分、近頃することが減った花火を、つい、したくなってしまったんだろう。やれば楽しいことは知ってるから、それをやらない、なんて選択肢は俺にはなかった。
日が暮れて辺りが暗くなった時間、家によりもせずスーツのまま公園に来た俺は、流石に一人でやることに気が引けたので、仕方がないから最近会えていない親友に電話をかけた。
三コール目で繋がり、もしもしと声が聞こえる。この声は間違いない。古くからの男友達であり、悪友であり続けるあいつの声だ。
「あー、俺だけど」
『俺? オレオレ詐欺? 時代遅れな詐欺師だねぇ』
「は? ふざけてんのか」
『ごめんごめん。ふざけてないって。どうしたの? お前から電話してくるなんて珍しいじゃん』
そりゃそうだ。俺は電話とかするタイプじゃないし、かけてくるのは基本お前からだしな。会って話す方が俺は好きだから、自分からかけることってのはあんまない。
さて、どう言うべきか。いきなり花火しようぜっていうのもどうかと思うけど、それ以外に言うことねぇしなぁ。
……悩むだけ無駄か。こういう時は用件だけ伝えるのが一番だな。
「いやさ、さっき仕事から帰る途中で花火買ったんだよ」
『花火かぁ。良くやったなー。この時期、夜中に公園で振り回してた覚えがあるよ』
「そんなこともあったな。それでさ、その、花火しねぇかと思って」
『また唐突だねぇ。ほんと、いつもお前は急なんだから』
「うっせぇよ。で、すんのか? しねぇのか?」
『いいよ、やろう。俺も久しぶりにしたいし』
案外とあっさり良い返事をもらった。こいつは忙しいから流石に今日は無理かと思ってたのに。
少し驚く俺に気づかず、親友は電話の向こうで今どこ、と場所を聞いてくる。簡単にこの場所を伝えると三十分くらいで着くから待っててと言われた。
言われるがまま三十分。暇だったのでスマホを触りながら置いてある椅子に座って親友を待つ。もうそろそろ待つのも疲れ、暑さでイラついてきた時、頬に一瞬触れた冷たさに驚いた。
後ろを振り向くと、してやったりと悪戯小僧の様な顔をした親友が手に何かを持って立っていた。暗いのでスマホの光を親友の手元に向けてその何かを見てみると、〈生ビール〉と書かれている。どうやらビールを買ってきてくれたらしい。実はビールが恋しくなってきてて、家に帰ったら飲もうと思っていたが、こうして考えを読んだ様に買ってくるこいつの気配りを嬉しく思った。
「飲みたいんじゃないかと思って買ってきた」
「サンキュー」
「いえいえ」
「……あ」
しまった。今気づいたぞ。
バケツ用意してねぇわ。
「わりぃ、バケツ用意してねぇや」
「だろーと思った。用意してきたよ。ライターは煙草吸ってるお前が持ってると思って、用意してないけど」
「まじで? すげぇな。なんで無いって分かったの」
「お前が花火買うなんて基本ありえないからね。どうせ気づいたら買ってた、みたいな感じでしょ」
読まれてんじゃねぇか。
言われてみれば俺が花火買うなんて基本無いんだけども。
「それにさっきの電話だと家に帰ってる様子なかったし。これは持って行った方が良いと思ってさ」
「うわー、当たってやがる」
こいつには頭あがんねぇわ。そう再確認したところで立ち上がって、花火の準備を始めた。ろうそくは細いのが花火セットの中に入ってたからそれを使って。持ってきてくれた小さなバケツに水を入れた後、少しぬるくなったビールを開けて二人で乾杯した。
ビールを片手に持ちながら、開けた袋から顔を出す花火を取り出して火をつける。勢いよく吹き出した火花は色鮮やかに闇の中で光った。
「こうして花火すんのはいつぶりかなー」
「俺は大学の時だから、もう四年……ぐらいになるか」
「俺もそれぐらいかな。見に行くことはあったけど、することはなかったからなぁ」
やり始めると楽しくて、いい年した大人がぎゃーぎゃー騒いで遊んでた。酒も入ってるからか騒ぎ方が半端じゃない。けど酔ってるわけでもなくて、ちゃんとお互いに馬鹿やってるっていう自覚もあって。
だからこそ、昔に戻ったみたいで楽しかった。
そうこうしてる間に普通の花火はやり尽くして、残るは線香花火だけ。線香花火をする時だけはビールも置いて、座り込んで消えていく花火をじっと見つめていた。
「あー、後二本だね」
「次で終わりだな」
「だね。男二人で線香花火ってのもどうかと思うけど」
「それもそうだけどな」
暗くてしっかりは見えなかったが、お互いがふっと笑ったことは分かった。
最後の線香花火を手に持ってろうそくの火に近づける。火をつけてる最中に親友が、先に火を落とした方が負け、と線香花火をやる時のお決まり勝負を挑んできた。どんだけ頑張っても落ちる時は落ちるんだけど、まぁいいかと二つ返事でその勝負を受ける。
火をつけたことで先が丸くなっていく線香花火を静かに二人で見ていると、不意に親友が口を開いた。
「人生って線香花火みたいに儚いもんなのかな」
「は?」
「もしそうならさ、寂しいもんだね」
滅多に感傷的にならない親友にしては珍しい言葉だった。
線香花火っていうのはその様子から長い様で短い人生や、儚く綺麗なことから恋愛に例えられたりするもんだけど、親友からそういうのを聞くとは思わなかった。
俺はその言葉に納得しつつ、疑問に思った。
人生は終わってしまえば短かったと思うもんだろう。線香花火と同じ様なものかもしれない。
――でも、線香花火みたいにあっけないものではないとも思う。
だって人生っていうのは自分が悩んだり傷ついたり、たまに嬉しいことがあったりして、言えばいっぱいに詰まってる本のようなもので。俺はそれがあっけないものだとは思えない。
だから否定の意味を込めて、俺は持っていた線香花火の火を自分から落とした。
「え!? なんで落としたの」
「お前がらしくねぇこと言うから」
「たまには俺だって感傷的になるよ、人間だもん」
「まぁな。けど線香花火と人生を一緒にすんな」
「そりゃ一緒だとは思ってないけど……」
「そうじゃねぇ」
そうじゃない。そうじゃなくて。
「自分の人生を寂しそうに言うな」
「え……」
「終わってみれば早かったって思うかもしんねぇけど、実際中身はあっけなくなんてねぇし儚くもねぇだろ。自分達が必死で生きてる人生を、そんな風に言うなよ」
俺は、線香花火みたいにあっけなく終わらせたくはない。終わらそうと思っても終わるもんじゃないし。
夜の暗闇のせいでかろうじて何処にあるか分かる親友の目を見ながら、しっかりと聞こえるように言った。
だけどその後、あいつからの返答がなくて。言った後になって変なことを言ったかもしれない、いきなり真面目にこういうことを言うのはおかしかったかもしれない、と心配になった。
暫くしてようやく、親友の声が聞こえた。
「……そうだね。人生ってそんな儚くもあっけなくもないよね」
既に落ちてしまっている手元の線香花火の残骸を見ながら、親友がぽつりと呟く。
「いい意味でも例えられる線香花火だけど、悪い方に色々考えてたらつい言っちゃっててさ。俺の人生って一瞬で、頑張っても頑張っても一瞬で消えるのかなって、そう考えたらなんか寂しくなっちゃって」
「消えねぇよ。俺らの人生がそんなあっけないもんなはずねぇよ」
「そうだね」
「……でも彩りがあるっていう意味では花火もあながち合ってるのかも、な」
「えー、それ、結局どっちなんだよ」
さっきのしんみりした空気は何処へやら。俺のちょっとした矛盾に笑いながら突っ込んだ親友は、手に持っていた線香花火をバケツの中に入れた。
だから要は、捉え方次第ってやつだ。そんな暗く考えてても良いことねぇよ。もっと良い方向に考えねぇと。
二人で立ち上がって缶の中に残るビールを全て飲み干す。時間が経って緩くなったそれは全然おいしくなくて、結局二人で俺の家で飲み直すことになった。
帰る途中、線香花火の勝負を思い出した親友が俺に手作り料理を強請り、親友の勝手な独断で俺が家で手料理を振舞わされることに。まぁ、いいんだけどさ。
こんな風にじゃれ合ったりする人生が、俺たちの関係すらあっけなく終わせてしまう人生だとは、俺は思わない。
線香花火みたいに終わるなんて思わねぇよ。
お前だって、そう思うだろ?
最近の若者はネガティブにみなさんなりますね。ようは捉え方次第だと私は思うんです。悪いことも悲しいことも、できるだけいい方向に考えてみてくださいね。
ここの二人も結局勘がいいですねぇ。