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あかいせの短編シリーズ

魔法使いの災難な1日

作者: 赤井瀬 戸草

「――……えーと」

  担当者は困ったような……違う、本当に困った顔をした。

「何ですかこの絵本は」

「一応真面目にしたんですけど……スミマセン」

「文体がそもそも子供向けじゃないし、絵はまあさすがなんですけど……話も難しいし、幼児には理解しきれませんよ」

「……そうですか」

  私はうなだれた。なかなか自信があったのだが……。だが、確かに足りないような気もした。

  幼い頃の、何かが欠落している。

  足りない。

  でも――。

「……?どうしたんですか美沙さん?」

「――いやこれ、直せば使えると思うんですよ」

「え?でも……」

「……お願いします。もう1回時間をください」

  何かが、確かに掴めそうだった。

  幼い頃の何かを。

  何かを。

「……分かりました。ただし締め切りは延ばしませんよ」

「構いません、お願いします」

「……分かりました」

  私は席を立ち、担当者の人にお礼と挨拶をして喫茶店を出た。

  とりあえずは、昔のことを思い出すことから始めよう。


  ***


  家賃が恐らくこの近辺で最安値と思われるオンボロアパートに帰った私は、すぐさま押し入れを開けた。いつ買ったかも分からないようなダイエットマシンや、失敗作と思われる絵本の挿し絵なんかが無造作にしまわれていて、見つけるのには苦労した。

  私はその整理整頓とは無縁の空間から、ボロボロのステッキと分厚い本を取り出した。筆記体で“misia aliahan”と、名前がどちらにも書かれている。

「ミーシャ・アリアハン……ね」

  私は分厚い本の方を開けてみた。ジュースの染みや、寝ぼけていたと思われる原型を留めていない文字など、色々なものが本の随所にあった。

  ただ、今でも本に書かれていることは理解が出来る。

  魔方陣が描かれているのも分かるし、詠唱の呪文の全文の意味も理解が出来る。それぞれの魔獣の召喚に必要な生け贄も覚えてたし、正しい魔力(マナ)の練り方も体が覚えている。

  本のとある一ページを開けてみた。

  私は詠唱を始めた。

「――――炎は愛を顕現する。私は愛することを愛し、故に愛されることを愛す。よって今ここに、私の愛を顕現する!……竜の息吹(ブレスブレイズ)!」

  …………。

  部屋が静寂に包まれた。

  やはり、あの頃に戻れはしなかった。

  私が“ミーシャ・アリアハンだった”あの頃には。

  私は続けて押し入れをあさった。まだまだ関係のない物、紙切れ、酷いものは賞味期限切れのポテトチップスなんかが出てきたが、また気になるものが発掘された。

  クリップでまとめられた、羊皮紙の束だった。そこには、パソコンやワープロなんて知らなかった頃の、私の文字がつらつらと書きつづられていた。


  ***


『魔法使い、ミーシャ・アリアハン。

  それは昔の私のことで。

  今に繋がる私だった。

  当時の私は、魔法の必要性や自身の生きる価値、意味なんてことを真剣に考えていた。

  何も知らないくせに。

  大人に疑心を抱いて。

  この世界に嫌悪を抱いて。

  義務感に反感を抱いて。

  分かりやすい思春期を迎えていた。

  でも、そんなことを考える自分を間違っているとはこれっぽっちも思わなかったし。

  そんなことを至極真面目に考えるのを、馬鹿らしいとも思わなかった。

  魔獣を召喚することに気だるさを覚えて。

  呪文を詠唱することに面倒さを感じて。

  とにかく、意味のわからない、意味のないことが大嫌いだった。

  けれども、そんな私をおいてけぼりにして、世界は巡って回っていく。

  私は置いていかれたくなくて、義務と焦燥にかられながら日々を生きている。

  そんな私の転機は、秋の魔術テストの日だった。

 


  完っ全に寝坊した。明日テストだからって深夜二時まで必死にマナを練ってたのが間違いだったんだ、きっと。

  目覚ましに錬成しておいた音爆弾は炸裂した気配が微塵もない。今回も失敗したらしい。もしお母さんがこれを作ってくれたなら、私は必ず朝の六時半に叩き起こされるだろう。

「何やってるのミーシャ!あなた今日テストの日でしょ!」

「あ、はーい!」

  考え事なんかしてる場合じゃないわ。

  私はホウキとローブを持って一階へ降りた。


  ***


  「そんじゃ出席確認するぞー」

  気だるそうな声で言ったのはミーシャの担任教師、アレスだった。魔法の才に関しては教師の中でも群を抜いていたが、その振る舞いに魔法教育に関する意欲は微塵も感じられない。

  勢いよくドアが開いた。

「滑り込みセーフ!!」

  ミーシャはなだれるようにして席についた。

「アウトだ馬鹿。時計みろ、時計」

「えっ!?八時半越えてる!?私ちゃんと二十五分には家出ましたよ!」

「遅いわ。学校とお前の家の距離五キロだぞ。五分で来れるわけないだろうが……」

「八分では来れました!」

「……」

  アレスはあきれた。

「ま、ミーシャの遅刻はおいといて、今日はテストの日だ。課題は実習形式で出されるから、マナの無いやつはさっさと溜めておくように。以上、解散」

  乱雑なホームルームが終了し、生徒たちは必死になってマナを練ったり、魔法書を読んで詠唱の練習なんかをしていた。

「あ、それからミーシャはテスト後に俺のところへ来るよーに」

  ミーシャは怪訝な顔をした。

 

  ***


「テストの結果見てビックリしたぞ本当……」

 {詠唱 C

  召喚 C

  魔方陣 C

  魔力 A

  総合 C }

「うわっちゃあ……」

  最悪だ。

「いっつもお前マナだけ練りすぎなんだよ。バカみたいに寝不足になって力溜めるだけ溜め込んでさ……」

「あれ?なんで寝不足なの知ってるんですか?」

「提出した魔法書によだれの跡があったぞ」

「っ!?」

  恥ずかしいっ!

「それにお前、ちゃんと実習に向けて練習したか?召喚で犬出すはずがカエル出したらしいじゃねえか」

「それは……」

「詠唱のとき、呪文完全に忘れて『アブラカダブラ』とか唱えたらしいな」

「はいっ、勉強してませんでしたすいません!」

  ずっとマンガ読んでました!

「――ま、どうせ呼び出したのは遅刻百回の件だがな」

  そう言って先生は一枚の折り畳まれた羊皮紙を取り出して、私に乱暴に投げ渡した。

「……私百回も遅刻しましたっけ」

「してるからこんな通知がお前に来てる」

「うわぁ…やばい」

  私は紙を広げた。


【通知

  生徒氏名 ミーシャ・エーレンファルグ


 上の者にアナザーワールドに関するレポート提出を命ずる。ただし、アナザーワールドにおいて無償の奉仕を行い、その活動記録を主軸としたレポートを書くこと。提出を怠った場合は一定期間の停学の処分を下す。】


「……えー、何ですかこれ?」

「要は始末書書けって話だ」


  ***


「先生、私なんで補習とか受けてるんですか。アナザーワールド行くんじゃないんですか」

  とある補習室で、私は机に突っ伏して言った。

「その前にテストの点数悪すぎだろうが。そんな欠陥魔法使い送り出さないために最低限の魔法と知識を詰め込んでるんだよ」

「欠陥魔法使いとか言うなっ!……にしたってこれ絶対いりませんよ。『物を等分する魔法』?例が『ケーキを三等分する』ですよ。使うわけないですよこれ」

「それも代表的な魔法の一つだぞ?かの大魔法使いエラドフ様が考案した、皆が喧嘩せずにおやつを食べられる魔法だ」

「エラドフちっちゃ」

「うるさい。とっとと詠唱始めろ」

「…………」

  私は魔導書に目を落とし、呟き始めた。

「“一つは二つ、二つは三つ、三つは四つ、四つは五つ。一つのケーキをみんなで分ける。公明正大平等に。……散等分(カッティングイコール)!”」

  直後、私の机の上にあったケーキは粉々に拡散して塵となり、窓辺から吹き込む風に流されていった。

「…………」

  私は無言で何もなくなった皿を見つめる。

「あ、それとその魔法は魔力量によって効果を増減させる。馬鹿みたいにマナ練って唱えるとさっきみたいにただの粉になるから気を付けろよ」

「先言えよ」

 顔をクリームまみれにしてミーシャは言った。

  そんな補習も終わって身支度を整えた私は、アナザーワールドに繋がるゲートの前にやって来た。悲しいことに見送りは両親と先生と友達何人かぐらいのものだった。

「何かあったら、無理せず一旦帰ってこいよ。そうじゃないと右も左も分からないようなお前があっちでヘマしたら困るのは俺だからな……」

  そういったのは先生だった。自分を保身しようとする台詞の裏に、ちょっぴり優しさが見える気がした。

「温かいご飯用意して待ってるからね」

  お母さんはにっこり笑った。

「全く、普段から勉強せんからこんなことに……」

  お父さんはまだ納得がいってない様子だった。

「早く帰ってきて、また遊びに行こ♪」

  友達は早くも私が帰ったあとの算段を立ててるらしい。

「うん……行ってくるね」

  荷物を背負って、私はゲートの前でホウキにまたがった。

「さっさと終わらせて帰ってくるわ!」

  私は異次元へと向かってホウキを加速させた。

  目的地は、アナザーワールドこと人間界。

  私の運命を、大きく左右する1日だった。


  ***


  暑い。

  なんだこの気温は。こっちの世界じゃこんな温度が普通だって言うの?それに加えてずっとそこらじゅうの木でジージー鳴いてる虫。耳と肌で不快さを感じる。

  この国は、アナザーワールドでジャポンと呼ばれている国だった。

  アナザーワールドにたどり着いて一時間。私の髪の毛はすでに汗でぐっしょりと湿ってしまっている。額を伝う汗が止まらない。

  さっきからずっと空をふよふよと飛び回ってはいるけれど、正直何をすればいいかわからない。そもそも困ってる人が見つからない。こんな遠路はるばるやって来たすえに結局暇人か私は。

  というようなことを無限ループで考えていた私も、とうとう困っている人を見つけた。

「うわぁぁあぁぁあぁぁぁん!ふーせん!ボクのふーせん!!」

  子供が泣きじゃくっていた。その近くには街路樹とその枝に絡まっているのは珍しいハート型の風船だった。よほどお気に入りだったようで、母親が手を引くのも構わず木の下で泣き続けていた。高さ的には恐らく並の身長の人では届かないだろう。

「そんなワガママな子はお母さんしりません!」

  痺れを切らした母親がとうとう子供を置いていってしまった。いや、きっと戻っては来るのだろうけれど、結局子供には逆効果で泣きじゃくるばかりだった。私は周りにその子供以外に誰もいないのを確認すると、ほうきでゆっくり飛行して風船をとってやった。

「はい。大事な風船なんでしょ?」

  泣き止んだ男の子は、私の顔をまじまじと見つめていた。


  ***


「――…………」

「ねえねえ、まほうつかいのおねーさんこのほうきってどーやっておそらをとぶの?」

「だから……、これはただの箒。特別な機械でお空を飛んでるのよ」

「うそだー!きかいなんてどこにもないもん!」

「…………」

  もう何回目になるかも分からないやり取りを私は繰り返して、男の子をおぶって歩いている。

  ……やっぱり箒で風船とるのはまずかったわね。

  原則としてこちら側の人間に魔法の存在を知られてはならない、というのが魔法界での規則である。もちろん例外はあるものの、それが覆されることはなかなか無い。

「あ、ほら!お母さん見つけたわよ!」

「ママー!」

  男の子はすぐさま母親に駆け寄って行った。母親は胸に飛び込んでくる我が子を抱きしめ、ごめんね、ごめんね、と繰り返した。

  母親が私の方に駆けてきた。

「すいません、息子がお世話になりました……」

「あ、いえいえ!お母さまも見つかってホッとしました」

「本当にありがとうございます」

「お気をつけてー」

  笑顔で母親と息子は歩いていった。

「ばいばーい!まほうつかいのおねーちゃーん!」

  男の子はにかっと笑顔をこちらに向けた。私も笑顔をかえした。

  魔法の存在に関しては……まあ幼児だし問題ないだろう。ちなみに大人にばれた場合は先生が出ばってきてその人の魔法に関する記憶だけを消し飛ばしてしまうのだ。


  ***


  時刻は過ぎて夕暮れ時。結局今日した人助けはおばあちゃんの荷物持ちとさっきのお守りぐらいのものだった。人助けなどと言っても実際、現代で赤の他人がいきなり「お手伝いします!」とか出ばってきても「はあ?なにこいつ?」となるのが当然だ。このままでは、レポートなどいつ書き終わるか知れたもんじゃない。

  とりあえず野宿になるのでどこかにテントを建てなければならない。とりあえず空き地を……。なんて考えていたら、誰かがこちらに向かってくる。それもかなり必死の形相で。よくよく見ると……。

「すいません!うちの子見てませんか!?」

  さっきの母親だった。よほど走り回ったのか、服も汗で濡れていた。

「いえ、見てませんけど……何かあったんですか?」

「子供がいなくなったんです!さっきお世話になったあなたなら何か知ってるかと……」

  疲れきった母親はそのまま地面にへたりこんでしまった。その時、私は違和感に気づいた。

「お母さま、その鞄からはみ出してる黒い便箋はなんですか?」

  母親は、なんのことかというような顔をした。


  ***


「厄介なことになってるな、全く」

  アレスは呆れぎみに呟いた。

「私もまさか誘拐されてるなんて思わなくて……どうしたらいいですか?」

「んー……」

  アレスはあごに手を添えて少し考えた風なそぶりの後、気さくに言った。

「シンプルに強奪するぞ。魔法に関する記憶は後で俺が消しといてやる」

「わかりました!」

  揃いも揃って魔法使いは悪い人ばっかりだわ。

  私は小さく笑った。


  ***


「……やっぱりまわりくどかったんじゃないですか?全然来ないじゃないですか。母親」

「鞄にあんなあからさまな黒便箋突っ込んどいたんだぜ?気付かねえ方がおかしいだろ」

  廃工場の荒れ果てた作業場で、話し込むチンピラが七人。もっとも私が入り口から目測で確認できる人数なので実際は何人潜んでいるか分からない。

「んんーーっっ!んーっ!」

「おいおい、ガキが泣きかけながら文句言ってるぞ」

  がははははは、と汚い笑い声が工場にこだまする。

  不快だ。

「こんばんは、子供はどこなの?」

  私は皮肉げに、吐き捨てるように言った。

「ん?誰だお前?」

「身代金引き渡しの代理人よ。子供はどこ?」

「ああ、なんだちゃんと気付いてんじゃねえか。ほら、ガキならここにいるよ」

  そう言って猿ぐつわをされ、手足を縛られた男の子が座らされていた。良かった、傷はない。

  “動き”が封じられているだけで、柱などに固定されている様ではなかった。

  私はステッキを取り出し、地面に突き立てて。

「たぐり寄せる数奇な運命は二人を引き寄せ、引き会わせる!命引運力(カミングスイーパー)!」

  と、詠唱した。すると、子供がふわりと浮いて私の元へ飛んでくる。私は男の子を抱きかかえた。

「な、なんだよあれ!ガキが飛んだぞ!?」

「くっそ!折角の金ヅルだ、逃がすなぁ!」

  どこからかゾロゾロとわいてくるチンピラ共。金属バットや木刀など、武装している。

「先生!この子連れて離れてください!結構遠くまで!」

「何するつもりだお前!?無理だけするなよ!」

  先生は男の子と工場の外に向かった。

  私は溜め込んでいたマナを徐々に解放していく。

「行けぇぇぇお前らぁ!最悪そのクソ生意気なガキふんじばって金要求すんぞぉ!」

「ひゃっははははは!こいつ捕まえたら縛り付けてヤッちまおーぜ!!」

  私はチンピラの一匹がはっきりそんなことをほざくのを聞いた。

  殺す。その時私に、こいつらに対する明確な殺意が湧いた。

  年頃の女子を何だと思ってんのよ!

  私は廃工場のそこら中に散らばっているアルミニウムの破片に目をつけていた。

  “この量ならいける”。

  私はステッキをチンピラ共にかざした。

「“一つは二つ、二つは三つ、三つは四つ、四つは五つ。一つのケーキをみんなで分ける。公明正大平等に。……散等分(カッティングイコール)!”」

  破裂音の後、アルミニウムが粉々に消える。

  私はありったけのマナを込めてアルミニウム片を“拡散させた”。そして、“着火する”。

「“――――炎は愛を顕現する。私は愛することを愛し、故に愛されることを愛す。よって今ここに、私の愛を顕現する!……竜の息吹(ブレスブレイズ)!”」

  私は爆発に巻き込まれないようにすぐさま箒にまたがって工場を脱出していた。

  そして私のステッキから、炎が放たれた。

  轟音と共に吹き飛ぶ工場。燃えあがる工場。確実にチンピラ共も即死……して、しまった、はず。

「殺しちゃった……」

  ついカッとなって殺りました。

  よくあるいいわけ。

  その時の私に、正常な判断力など備わっていなかった。

「粉塵爆発はその粉塵の空間での密度が一定以上ない場合、もしくは酸素が足りていない場合には爆発は起こらない」

  自分でも状況を把握できない中で、先生が隣から声をかけてきた。

「ケーキを三等分するような魔法でも、人を殺し得る術になる。よく覚えとけ」

「……?先生何を――」

  私は焦げて真っ黒になった――先生によって火事を鎮火された工場に目を向けた。

  あれだけの爆発なのに火が消えている!?

  先生はけろっとした顔をしている。

  工場内のチンピラは咳き込む者はいるものの、皆腰を抜かしているだけで死体は一つも無かった。

「爆発前にチンピラの周囲の粉塵と酸素を転移させて燃焼に必要な空気量を満たさないようにした。爆発の規模はなんとか小さくできた。あとは見ての通り爆発のまえから出来るだけ火を消火して、チンピラを全員奥に押しやった。怪我ぐらいはしたかもしれんが、ここまでしたら死人も出ないだろう」

「なっ!?」

  爆発まで一秒も無かったのに……この人一体幾つの事をやってのけたんだ!?

「また始末書増えるぞ……」

  先生はげんなりと言った。


  粉塵爆発は、酸素や粉塵の密度が足りなくても起こらないが、“多すぎても”ダメなはずだ。それをこいつは適当な粉塵量、酸素、火力で発動させた。さらに驚いたのはアルミニウムの拡散だ。そこらに散らばっているアルミを工場中に拡散させるような規模の「散等分」は大魔導師クラスで出来る業だ……。

「末恐ろしいな――」

  アレスは工場の跡地で小さく息を吐いた。


  ***


『チンピラもそのチビッ子も記憶処理はしといた。このチンピラどもの処理は任せてさっさとそいつ母親んとこに送ってこい』

  そんな経緯から、私はこの子を母親の元に連れてきた。

「ママァッ!」

  男の子を母親の元に連れていってやるとすぐさま飛び込んでいった。やはり誘拐されたのは辛かったようで、母親に抱きつくとすぐさま泣きじゃくった。

「良かった……本当無事で……」

  母親も男の子を抱き締める。

  強く、強く。

  こんな親子の感動の再会をレポートに書けたなら、まあ退学もなんとか免れるでしょ。

  私は親子に水を差さないようにその場を去ろうとする。

「バイバイっ!魔法使いのお姉ちゃんっ!」

  私が振り返ると、男の子は手を振っていた。母親はこちらに軽く会釈をしてきた。

  あれ?先生、記憶処理は済んだって……。

  まあ、いいか。』


  ***


  羊皮紙の拙い小説はそこで途切れていた。

「……バカな物残してるわね私」

  一人で苦笑してしまった。

  そう、確かこんなこともあった。

  この後、確か私は魔法使いをやめ、人間界で絵本作家を志したのだ。そこにどんな経緯があったか、どんな思いがあったかは正直自分でも覚えていない。

 

  後日、私は書き上げた絵本を担当に持っていった。即OKだった。

「何か……僕の昔の経験と似てるんですよね、この絵本」

「え?」

「あんまり言ってるとバカにされちゃってたから人に言わなかったんですけど……確か僕、昔魔法使いに助けられたんですよ。この絵本みたいに」

  そういって、担当は魔法使いが男の子を振り返るページをこちらに見せた。

  ……まさか。

「気のせいですよ。きっと夢です」

  私は笑った。


  fin.


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