1 捜索開始
「私たち、このままじゃいけないと思うの」
テラスでの遅い朝食の後、食後の紅茶が供されたのを見計らい、アミーリアはおもむろに口を開いた。
突然の意味深な言葉に、リオ、ユージン、ジェラルドの三名は、ぽかんと顔を見合わせる。
「ええと……アミーリア様、それは一体どういう……?」
おずおずと口を挟むユージンの声も意に介さず、きっぱりと顔を上げてアミーリアは言い放つ。
「こうして皆で過ごすのもとても楽しいし、有意義なんだけど、でもやっぱり、いつまでもこのままじゃいられないもの。はっきりしない関係は、お互いのためによくないわ。あなたもそう思うでしょう、リオ」
「え、僕ですか!?」
正面に座るリオに振ると、焦ったように姿勢を正した彼はしかし、すぐにいつもの調子を取り戻した。
「そうですね……あなたが僕との不確かな関係を形あるものにしたいとおっしゃって下さるなら、それはとても喜ばしいことです。こうして出会い、互いを知った意味があるというもの――」
「そう、それよ。私たちは、もっとお互いのことを知るべきなのよ!」
リオの言葉を遮って立ち上がり、強く言い切ったアミーリアを黒い瞳で静かに見つめたジェラルドは、すこしの間の後こう言った。
「……つまりアミーリア殿は、こうして四人で過ごすだけではなく、個々に接し相互の理解を深めるべきだ――と、そうおっしゃりたいのでしょうか?」
「その通りよ! さすが察しが早いわね、ジェラルド!」
「光栄です」
相変わらず淡々とした声で、ジェラルドは生真面目に謝辞を告げる。「ずるいなぁ」と拗ねたように呟くリオを気に留めた風もない。
「だから、これからは二人の時間も取りたいの。あなたたちの誰かと、素敵な『恋』をするために。いいかしら?」
「僕はかまいませんよ。あなたを振り向かせる自信もありますしね?」
「私も異論はありません」
「お手柔らかにお願いしますね、アミーリア様」
小首を傾げたアミーリアの問いに、リオは強気に、ジェラルドは淡々と、ユージンは少し困ったように笑って、それでも揃って頷いた。
了承を受けたアミーリアは手を伸ばし、円卓の中心に置かれた花瓶の花を一本抜いた。昨夜、<運命の人>がくれたものと同じ、白い一重のマーガレットだ。
きょとんと見守る候補たちに見せ付けるように花を向けると、アミーリアは満面の笑みでこう告げた。
「じゃあ、花びらをひとつ選んで? これで順番を決めましょう」
こうして、アミーリアによる<運命の人>の捜索が始まった。
□□□
候補者たちの居室は二階に用意してあった。
花占いの結果、最初に訪ねることになったユージンの部屋へと向かう廊下の隅で、アミーリアとクラムは人目をはばかるように、こそこそ顔をつき合わせていた。作戦会議である。
「とりあえず、<運命の人>が昨日、私の部屋に来たってことは言っちゃだめよ。<運命の人>は、昨日のことも忘れてほしいって言ってたくらい奥ゆかしいの。私が探してるって知ったら、余計に隠そうとするかもしれないわ」
指を立て、しかつめらしく説明してみせるアミーリアに、クラムは露骨に呆れた顔をした。
「夜中に女の部屋に忍び込む男が奥ゆかしいか? 相当アグレッシブだろ。俺だって入ったことねぇよ」
「きっと、みんなの前じゃ想いを伝えられなくて、勇気を出して来てくれたのよ! そういう意味では、ユージンは当てはまるわね。控えめだし、繊細そうだもの」
昨夜の<運命の人>の振舞いをユージンに当てはめ、アミーリアはうっとりと頷く。意外性も含めて様になっている。悪くない。
「……はいはい。んじゃ、さっさと奥ゆかしい<運命の人>候補様のところへ参りましょうか、お姫様」
「お姫様じゃないでしょ!」
「そうでしたね、お嬢様」
やる気なさげに訂正する背中について歩きながら、アミーリアはふと先ほどのクラムの言葉を思い返し、口を開く。
「ね、クラム。クラムでも女の人の部屋、行ったことないのね?」
「は……? 何でそうなる?」
「だって、さっき『入ったことない』って言ったじゃない。案外クラムも奥ゆかしいのね」
怪訝な顔をして振り向くクラムに、からかうように告げる。
意趣返しのつもりで投げた言葉だったが、クラムは逆に挑発するように、口角を上げて不敵に笑った。
「人目を盗んで忍び込んだことはないって言ったんですよ。女の部屋なら毎日行ってるぜ。部屋どころか寝室まで、誰かさんと違って堂々とな」
「え!? な、何、誰の部屋よ、それ! 私は知らないわよ!?」
思いもよらない事実を告げられ、どうしてか狼狽する。
口も態度も悪いクラムだが、猫のような印象のすらりとした体躯と涼しげな目を持つ彼は、あれで案外屋敷のメイドに人気があるのだと、そういえば以前、エフィに聞かされたことがあった。「でもクラムちゃんはお嬢様ばっかりですからねー」と続けたエフィの言葉に「そうかしら」とそっけなく答えつつ、それでもどこか誇らしかったことも覚えている。
――そんなクラムにまさか、自分の知らない恋人がいたなんて。
自分でも予想外のショックを受けつつ、裏切られた気持ちで廊下に立ち尽くす。
そんなアミーリアに気付いているのかいないのか、歩みを止めないクラムは前を向いたまま言葉を続けた。
「さて、誰の部屋でしょうね? 金の髪でピンクが好きで、上がり性で内弁慶で見栄っ張りな、世間知らずで手間のかかるお姫様なんですが。ご存知ありませんか?」
「え……?」
いつも通りの小ばかにした声で、それでも彼の言葉が暗に示すのが自分のことだとわかり、アミーリアの鼓動はたちまち跳ねた。
(ってことは、え? クラムが毎日私の部屋に、寝室に――……!?)
言葉の示すところを思い赤面したアミーリアだが、しばらくそうして慌てた後で、はた、と気が付いた。
「……そういえば、クラムが部屋にいるのなんていつものことだったわ……。変な言い方するから考えちゃったじゃない、もう! クラムのばか!」
「なんだよ、お前だって一応女だろ? 勘定に入れてやったのに、なに怒ってんだよ」
「知らないわよ、もう!」
腹立ちにまかせ、剣幕にきょとんとしているクラムを追い越し、ずんずん歩く。
頬が熱いのは、怒りのせいに違いなかった。