3 運命の人
寝支度を整えベッドに入ったアミーリアは、暗闇の中、ぼんやりと高い天蓋を見上げつつ、やはり<運命の人>について考えていた。
(要するに、きっかけがあればいいのよ。運命的な、ロマンチックな何かが起これば、きっと誰が<運命の人>かわかるわ)
問題は、そのきっかけが残された七日の間に訪れてくれるかどうか、だ。
認めたくはないが、アミーリアはどうにも肝心な時に限って間が悪いというか、運が悪い。家を抜け出せば盗賊に攫われ、万全を期したつもりで臨んだ社交界では初めの一歩から失敗する。そんな自分が限られた時間の中で、果たしてちゃんと<運命の人>を見付けられるのだろうか。
(いえ、弱気になっちゃいけないわ、アミーリア。父様やクラムのためにも、ちゃんと<運命の人>を見つけなくちゃ。信じるものは救われるって言うじゃない、きっとわかるって信じるのよ!)
言い聞かせ、ぎゅっと強く目をつむる。夜更かしは美容の大敵だ。いつ何が起こってもいいように、せめて外見だけには気を配っておこう。それがレディの心構えというものだ。
そうしているうち眠りについたアミーリアだが、数時間もしないうちにふと、ざざっという大きな葉擦れの音が聞こえた気がして目を覚ました。ぼんやりと霞む目を擦りながら体を起こす。すると、微かな衣擦れの音がした。誰かが居るようだ。
「んー……エフィ? クラム? そこにいるの?」
「……おや、起こしてしまいましたか」
夜中に寝所に入るのは、幼い頃から身近に仕える二人だけだ。そう見当をつけて闇の中に問いを投げるが、返ってきたのはどちらでもない、落ち着き払った若い男の声だった。
「だ、誰っ!? ク、クラム、来て、誰かがっ……もがっ!」
「おっと、怖がらないでください。あなたに危害を加えるつもりはありません」
驚き、悲鳴を上げようとした口をそっと塞がれる。頬に触れるひやりとした固い指先から、花のような甘い香りが微かに漂った。とたんに頭がふわりと霞む。
「ふえ……?」
口を塞ぐ手をどかそうと、男の腕にかけた指の力もするりと抜ける。
それを見計らったように、ベッドに落ちかかるアミーリアの手を空中で取った男は、そのままうやうやしく跪いた。開け放された窓から吹き込む風にカーテンが煽られ、闇に支配された部屋の中に、細い月の光が差し込む。姫君に求婚する騎士のような礼を取った男の姿が、闇の中、一瞬だけほのかに浮かんだ。幻想的なその光景に、恐怖とは違ったところで、心臓の音が早くなる。
「あなた……は、誰……?」
突然現われた男はその立ち振る舞いも相まって、ひどく現実味を欠いて感じられる。まるで夢の中の出来事のようで、だからこそアミーリアは恐怖を忘れ、高鳴る胸のおもむくままに問いかけることができた。
「あなたを恋い慕うあまり不躾に参上してしまった、哀れな求婚者です。今宵のことは夢と思ってお忘れください。今宵はほんのご挨拶、改めてお目にかかる日も来るでしょうから――そう遠くないうちに」
笑みを含んだ声で流れるようにそう言って、男はアミーリアの手の甲にそっと口付けを落とした。まどろむようにぼんやり霞む意識の中、それでもその柔らかな感触はたしかに生身の暖かさを宿していて、アミーリアの鼓動は一際大きく、ドクンと跳ねる。
(もしかして……この人が、そうなの……?)
滲んだような視界に、不意に白いものが差し出された。よくよく見れば、それはよく見知った白い一重の花だ。男から香る甘い匂いはこの花のものだったのだろうか。
水を吸ったように重い腕を動かし、男の差し出す花を、ゆっくりと受け取る。
香りを確かめるように顔を近づけたその時、アミーリアの意識はゆるやかに闇に沈んだ。