2 問題提起
候補たちとの茶会と夕餉を終えたアミーリアは、寝室に戻るなり踵の高い靴を脱ぎ捨て、ドレスのままベッドへ腰掛けた。
「お嬢様、お行儀が悪いですよー?」
靴を揃えながら言うエフィの小言も、るんるんと鼻歌を歌うアミーリアの耳には入らない。
諌めるのを諦めたエフィが、着替えを用意するために部屋を出たのを合図に、アミーリアは座った姿勢のまま上体を倒した。柔らかなベッドにぼすりと背中が沈むと同時に、ふふ、とこらえきれなかった笑いが漏れる。
「んー、今日も楽しかったし、順調だわ!」
伸びをしながらそう言うと、部屋の端に置かれた鏡台に背を預け、彼の身長には低すぎる椅子にだらしなく腰掛けたクラムが声を発した。
「なんだ? やっと相手が決まったのか?」
「それはまだよ? でもみんな格好いいし、優しくていい人だし、なんだか打ち解けてもきたし。うん、順調よ! 父様もよろこぶわ!」
ぴょこんと上体を起こし、鏡台の前のクラムに、ね、と同意を求める。
だが、機嫌よく笑うアミーリアに反して、クラムはうんざりしたようにため息をついた。
「そりゃ結構なことだがな、お姫様。もう開始から三日経ったぞ。そろそろ<運命の人>とやらの目星くらい、ついてていい頃じゃねぇのか? そのためのおままごとだろ」
何故か不機嫌そうなクラムにつられ、むっと唇を尖らせながら、アミーリアは反論する。
「そうやってバカにするのはやめて! まだわからないけど、<運命の人>なんだから、そのうち絶対ピンとくるのよ。父様だって、母様を一目見た瞬間、この人だ! って思ったって言ってたもの」
「だから、『一目見た瞬間』、だろ。候補様とはもう二度も三度も会ってるし、茶も飲んでりゃ飯も食ってるじゃねーか」
「う、うるさいわね! 私は父様と違って慎重派なの、遅咲きなの、奥ゆかしいの!」
「何だよ、奥ゆかしいって」
「とにかく! <運命の人>が誰かは、絶対もうすぐわかるんだから。クラムには関係ないんだから、黙ってて!」
一息に怒鳴り、ぜえはあと肩で息をする。
きっと顔を上げてクラムを睨むと、いつものように小ばかにした顔をしていると思った彼は、明るい空色の目を丸くして瞬いていた。
「クラム? どうしたの?」
「……いや。そうだよな。悪い、口出ししすぎた」
思いがけない表情に心配になって問いかけると、クラムははっとしたように目を伏せ、ぽつりと言った。
「クラム……?」
らしくなく素直に謝るクラムに驚き、再度名を呼ぶ。
だが、はずみをつけて椅子から立ったクラムは、いつものように口角を上げ、皮肉げに笑って見せた。
「俺のお姫様は頭が軽いから、ちょっと心配になっただけだよ。貴公子の皮を被ったエルバートみたいな奴もいるんだ。上辺にそそのかされないで、ちゃんとお前を大事にしてくれる相手を選べよ、アミーリア」
横を抜けざま「んじゃおやすみ」と頭を叩き、クラムは部屋を出て行ってしまった。
残されたアミーリアは、叩かれた頭を押さえ、何なのよ、と呟く。
(何であんな顔するのよ。……なんだか私がいじめたみたいじゃないの、もう)
上半身を再び倒し、ころころと左右に転がりながらもんもんとしていると、後方で扉の開く音が聞こえた。
「クラム? 戻ってきたの?」
「残念ながらエフィですよー。クラムちゃん、居ないんですか? ていうかお嬢様、そんな格好のままごろごろして、はしたないですよー。ほら、脱いだ脱いだー」
「きゃっ、ちょっと、ひっぱらないで、エフィ!」
強引にドレスを引っ張るエフィに促され、夜着に着替えながら、アミーリアは先ほどのクラムのことを考える。『婿選び』の準備に忙しく、あまり気に留めていなかったが、そういえば、ここ最近のクラムは少し様子がおかしかった。表面的にはいつも通りだったが、考えこむように黙り込むことや、不機嫌そうに眉をよせていることが多かった気がする。
さっきまでの浮かれた様子とは裏腹に、黙り込んだアミーリアを疑問に思ったのか、脱いだドレスの手入れを終えたエフィが不思議そうな声を出した。
「お嬢様? お腹でも痛いんですか?」
「ねえ、エフィ。最近のクラム、変じゃない? 何だかカリカリしてるっていうか、かと思えば元気がないっていうか……情緒不安定、みたいな感じで」
「あらあらー。落ち込んだり怒ったり浮かれたりで忙しいお嬢様に不安定なんて言われちゃ、クラムちゃんも浮かばれませんねー」
「あのねえ……」
茶化すエフィを横目で睨むが、逆に「何か?」とにっこり笑われる。
怒る気も失せたアミーリアは、今度はブラシを手にしたエフィに促されるまま、さっきまでクラムが座っていた鏡台の前の椅子に腰掛けた。
つけていたリボンを解き、金色の髪を梳かしながら、エフィはアミーリアに問いかける。
「クラムちゃんと何を話したんですか?」
「話したっていうか……相手は誰か決まったのか、って聞かれたの。まだって言ったらバカにされたから、関係ないでしょって怒ったら、妙に素直に謝って、さっさと帰っちゃって」
調子がくるっちゃうわ、とため息まじりに呟き、肩を落とす。
鏡越しにそれを見たエフィは、ふふふと小さく声を上げて笑った。
「何がおかしいの?」
「いえいえー。クラムちゃん青春だなあ、って思いまして。若いっていいですねー」
「……意味がさっぱりわからないわよ、エフィ」
「お嬢様はまだ『お姫様』ですからねー。もう少し大人になったら、クラムちゃんの気持ちもわかりますよ、きっと」
ブラシを置き、毛先に香油を塗り始めたエフィに唇をとがらせる。
「エフィまで人を『お姫様』よばわりするんだから……。私はもう立派なレディよ。もうすぐ成人だし、社交界にだって出たし、背だってエフィより高くなったし」
「パーティーからは一瞬で逃げ帰ってきましたし、胸は私の方が大きいですけどねー」
「エフィ!」
怒鳴るアミーリアを止め、エフィは続ける。
「年齢や外見じゃなくって、心の問題です。そうですね……お嬢様が自分の<運命の人>を見つけて、その人と恋をできるくらいに大人になれば、『お姫様』は卒業できますよ」
「<運命の人>……ね……」
結局そこに戻ってしまった。
候補の三人は、たしかに素敵な貴公子たちだ。みんな優しく、誠意を持ってアミーリアに接してくれる。家柄も年齢も釣り合っているし、外見も申し分ない。だがそれだけに、誰が<運命の人>かはわからなかった。
クラムの言うとおり、『婿選び』の期日まで、あと七日しかない。おそらく、クラムは父に、アミーリアにきちんと婿を選ばせるようにときつく言いつけられているのだろう。態度は悪いが、クラムはあれでいて仕事には真面目だし、情にも厚い。幼い頃から共に居るアミーリアを案じてくれてもいるはずだ。きっとだから色々と考え、焦ったり心配したりで、不安定になっているのだ。
「<運命の人>……期限までに、ちゃんと見つけられるのかしら……?」
髪の手入れを終えたエフィにぽつりと漏らすと、エフィは閉めた窓にカーテンを引きながら、やさしい声でこう言った。
「お嬢様ならわかるはずです。エフィはそう信じていますよ」




