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私はあなたのお姫様!  作者:
2章
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1 開幕

 うららかな午後の日差しが溢れるテラスに、コポコポと湯を注ぐ暖かな音が響いている。

 やがて、三つのカップが鮮やかな紅色で満たされると、顔を上げたアミーリアは円卓を囲む三人の若者をくるりと見渡した。動きに合わせ、ドレスと揃いのふわりとした生地で作った明るいピンク色のリボンが、蝶のように頭で揺れる。

「はい、どうぞ。おいしいといいんだけど」

 アミーリアが手ずから淹れた紅茶を、よそいき用のすました顔をしたエフィが丁寧な所作で、三人の候補者たちに配膳する。

 一礼したエフィがワゴンと共に下がった後、一番先にカップに手を伸ばしたのは、候補の中でも一番年若い、地方領主の三男坊、リオ・クルサードだった。

「おいしいに決まってます。何といっても、麗しいあなたが淹れてくれたものですからね」

 アミーリアとそう年の変わらないリオは、茶目っ気たっぷりにそう言って、片目までつぶって見せた。金茶の髪と猫のような琥珀色の目を持つ、華やかな印象の彼には、気障な台詞もしっくり馴染む。

「ありがとうございます。綺麗な色ですね」

 柔らかな声でにっこり笑ったのは、線の細い優しげな青年、エルガー家のユージンだ。声と同じく柔らかそうな金の髪と青い瞳を持つユージンは、それでも建国当時より連綿と続く由緒ただしい家柄にふさわしく、穏やかな貫禄を身につけている。

「いただきます」

 ミルズ家のジェラルドは、笑みすら浮かべず低く言う。黒い髪に黒い瞳をした長身のジェラルドは、代々王家直属の騎士を輩出しているミルズ家の次男であり、彼自身も騎士団に籍を置いている、有能な騎士らしい。社交は不得意そうだが、その不器用そうな所さえ好ましく思えるような実直さをかもし出している。

(さすが父様の選んだ『候補』ね、やっぱりみんな素敵だわ……!)

 紅茶に口をつける三人をにこにこと眺めながら、アミーリアは胸中で呟いた。

 『婿選び』の開始から、今日で三日目。思った以上にきらびやかな候補者たちに、初日は緊張を隠せなかったアミーリアだが、数回の茶会や食事を共にした今は、さほど構えることなく三人と向き合えるようになっていた。

 リオもユージンもジェラルドも、それぞれにタイプは違うものの、アミーリアに真摯に向き合ってくれるという点では同じだった。アミーリアが趣向をこらして用意した茶会や詩作会にも、嫌な顔ひとつせず、楽しそうに参加してくれる。もてなしの企画を考えていた時点で「お姫様はおままごとがしたいのか?」と顔をしかめていたクラムとは大違いだ。

「どう? おいしいかしら?」

 一口のんだきり、どうしてかカップを持ったまま動かない三人に、小首を傾げて問いかける。

「……うん、その、なかなかどうして個性的な味ですね! ねえ、ユージン!」

「ええと、はい……そうですね……甘い香りと苦い後味が清涼感と共に感じられて、紅茶にあるまじき深い奥行きを与えているというか……」

 生ぬるい笑顔を浮かべてそう答えつつ、なぜかぎこちない動きでカップを置いたリオとユージンは、円卓の中心にきれいに並べられた焼き菓子にそろって手を伸ばした。茶請けと共に味わって飲んでくれるつもりなのだろう。

 一方、ジェラルドだけは無言のまま、確かめるようにもう一度紅茶に口を付けた。

「……ハーブティー……ですね。幾つか混ぜてあるようですが。ローズヒップとミントと……シナモン……タイム?」

「すごい、よくわかったわね、ジェラルド! 意外だわ!」

 顔の前で手を合わせ、正解を言い当てたジェラルドに感心する。

「はあ、詳しい知り合いが居るもので。しかし、癖の強いものを同時に、大量に入れるのは、味に少々問題が……」

「せっかく飲んでもらうんだし、工夫しなきゃと思ったんだけど……おいしくなかった?」

 渋い顔をしているジェラルドに不安を覚え、しゅんと問いかける。

「…………」

 不安げなアミーリアの視線と、興味深そうなリオとユージンの視線を受けたジェラルドは、しばらくの沈黙の後、渋面のまま言った。

「……いえ。結構だと思います」

「よかった! おかわりも用意するから、たくさん飲んでちょうだいね」

 にっこり笑い、三人にそう告げる。

 三人はそれぞれ顔を見合わせ、覚悟を決めるように頷きあった後、赤い紅茶の残ったカップに再び手を伸ばしてくれた。


□□□

 テラスから僅かに離れた木陰に控えたクラムは、四人のままごとのような茶会を見守っていた。不味そうな茶を嬉しそうに振舞うアミーリアに呆れ、我知らずため息をもらした時、隣に立つエフィが間延びした声をかけてきた。

「ねえクラムちゃん、意外にお嬢様、魔性の女ねー。麗しい貴公子たちを完全に手玉にとってるわよ?」

「お気の毒様、って感じだな……。あの闇鍋茶、エフィは気付いてたんだろ。止めてやれよ」

「止める義理はないもの。温室育ちのお坊ちゃまに、世間の厳しさを教えるいい機会だわー」

「相変わらず厳しいな、お姉さん……」

 ゆるく吹く風に肩までの栗色の髪をふわふわとなびかせ、穏やかな笑顔で黒いことを言うエフィを横目で見やる。あどけなささえ感じさせる容貌をしているが、エフィはたしか、クラムより五つかそこらは年上だった。アディルセンの屋敷での勤務も十年を数えるという、立派な先輩だ。

「候補様はともかく、お嬢様が楽しそうだからいいじゃない。初めての社交界でいきなり大失敗して以来、ずっとふてくされてたから、最近はご機嫌よくて助かるわー」

「……ま、そうだな」

 視線をテラスに戻せば、アミーリアはたしかに楽しそうに笑っている。内弁慶で人見知りの気のあるアミーリアだが、候補者たちとの相性はよかったようだ。誰になるかは知らないが、数日後にはきっとエルバートの思惑通り、あの中の誰かが彼女の婿に決まるだろう。

 無意識に眉を寄せたクラムは、ふと、エフィが自分を見上げているのに気が付いた。

「なんだ?」

「お嬢様はご機嫌だけど、クラムちゃんは不機嫌続きよねー。睨んじゃってるわよ、候補様のこと」

「不機嫌なわけじゃねぇよ。こんな茶番で婿を決めるなんてバカバカしいと思ってるだけだ」

 嘯くクラムに、エフィはにっこりと可愛らしく笑った。

「お姉さん、クラムちゃんの悩んでる顔、好きよー」

「…………」

 返す言葉を見つけられず、クラムはただぐったりと、肩を落としてため息をついた。

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