3 秘密
別邸に戻ったクラムは、中庭に面したテラスに、さっそく呼んだらしい数人の仕立て屋とやかましく打ち合わせをするアミーリアを見つけた。渡り廊下の柱にもたれ、意気消沈して帰ってきたパーティーの夜以降、久しぶりにはしゃいだ様子のアミーリアをぼんやり眺める。
「あら、クラム、帰ってたのね。遅かったじゃない」
クラムに気付いたアミーリアはテラスを離れ、美しく整えられた中庭を通って廊下までやってきた。手にはスケッチブックを抱いており、下手くそながら、白いドレスのデザイン画のようなものが描かれている。
クラムの知る六年前からのアミーリアは、積極的に出歩くことをしない少女だが、それでも身を飾るのは好きなようで、季節ごとにドレスを仕立て、髪飾りなどの細々したものは、案外器用に自分で作ったりもしていた。そういえば、今日も頭に白い花をビーズで模した飾りをつけている。
「どうしたの? 何だか元気がないわね。父様とケンカでもしたの? いじめられたら言うのよ、私が怒ってあげるから」
浮かない気分が顔に出ていたらしい。
柱ごしにクラムを見上げたアミーリアは、心配そうに細い眉を寄せている。
「……いや、別に。エルバートに腹が立つのはいつものことだしな」
「きゃっ、ちょっと、何するのよ!」
努めて笑みを作り、寄せた眉の間を軽くはじくと、アミーリアは短い悲鳴を上げて額を押さえた。その拍子に、髪飾りが地面に落ちる。
「……っと」
腰元までの廊下の壁を飛び越え、落ちた髪飾りを拾い上げる。クラムの動作で飾りが落ちたことに気付いたらしいアミーリアは、もう、と唇を尖らせながら、返せと手を差し出した。無視して逆に手招くと、意図を察したらしいアミーリアは、素直にクラムの元へ来て、頭を寄せて下を向く。
さらりとした細い金髪に飾りを留めながら、クラムは思う。六年前、父を追って屋敷を抜け出すくらいには活発だったアミーリアが遠出を渋るようになったのは、『火と棘』に攫われたことがトラウマになっているからだ。アミーリアは、クラムが『火と棘』の一員だったことを知らない。偶然居合わせた、自分と同じく攫われてきた被害者だと思っていて、だからこうして何の警戒もせずにクラムを傍に置き、心を許す。
アミーリアを送り届けたクラムの素性をエルバートは調べ、全てを知った上でどうしてかクラムを信用し、アミーリアの護衛に任じた。アミーリアには本当のことは告げるなという条件付きで。
(本当のことを知れば、こいつは俺を怖がるだろう。どうあがいたところで、俺が盗賊だった過去も、騙し続けてる事実も消えない。今さら名前を取り戻したって、意味なんかない)
飾りを留め終え、手を離すと、アミーリアはぴょこんと顔を上げた。
「ありがとう。ちゃんと留まってる? 曲がってない?」
「俺がやったんだから大丈夫だって。ちょっとくらい曲がってたって、俺のお姫様はかわいいですよ」
「――って、やっぱり曲がってるんじゃない! 大体、お姫様じゃなくって、レディよ! 何回言えばわかるのよ、もう!」
出会った時と同じようにむくれるアミーリアに顔では笑って見せながらも、クラムの胸中の靄はその後も、晴れることなく留まり続けた。