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私はあなたのお姫様!  作者:
1章
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2 護衛の裏事情

「あっはっは。我が娘ながら、単純でかわいいなあ。お前もそう思うだろ?」

 意気揚々と走り去る細い背中を半ば呆然と見送ったクラムは、エルバートの笑う声ではっと我に返った。にやにやと、娘の前では決して見せない人の悪い笑みを浮かべるエルバートに気付いて舌打ちすると、年若い父親は更に楽しげに笑みを深めた。

「そんなに怒るな。どうせいつかは来ることなんだ」

「……アミーリアはまだ十六にもなってない。おまけに中身は更にガキだ。なのに、なんでこんなに急いで婿を迎える必要がある? あと数年遅くなったところで、アディルセンの娘なら引く手あまただろ」

「アディルセンの娘だから問題なんだ。お前も知っての通り、うちは五十年前の戦功で爵位を得た新興貴族の筆頭だ。弱体化しつつある由緒正しいお歴々や、その代表である王家は、近年のうちの台頭を忌々しく思っていらっしゃる。そこへ来て、遊学に行ってたバカ王子が近々戻るとの予定が立ったらしい。あくまで俺には内密にな。まあ、調べたけど」

 そこまで聞いたクラムは、見合いを拒むアミーリアに対し、親バカなエルバートが強引にいくつもの縁談を持ち込んでいた理由を悟った。王子はたしか二十か二十一、クラムと同じような年齢だったはずだ。年回りから見ても、遊学から戻るということは王太子として立つということ。となれば、立太子の儀に合わせ、まずは妃選びを始めるだろう。

「アミーリアが王家に目を付けられないうちに、予防線を張っとこうってわけか」

「予防線というより、自衛だな。王子が戻ればほぼ確実に、アミーリアは妃の候補に挙げられるだろう。妃に召されれば、うちの跡目にはどこかから養子を取る羽目になる。おそらくは王家の息のかかった貴族――もしかしたらもっと露骨に、第二王子あたりが用意されているかもな。うちの財産を間接的にでも王家に戻せるチャンスだし。だが、そうはさせるか」

 椅子に背を預け、すっと目を細めてエルバートは笑った。銀色の髪と冷めた青い目を持つエルバートは、そういう表情を作るとたちまち酷薄な印象になる。

「つまりはあんたの都合じゃねぇか、エルバート。さっきの『婿選び』とやらも、結局はあんたの力を誇示するパフォーマンスだろ? 下らない権力争いのコマにあいつを使うなよ」

 イライラと言い返すと、エルバートはわかってるだろ、と言うように首を傾けた。

「俺はアディルセン家の当主だ。当主としてしなけりゃならないことはあるし、時にはアミーリアの望みよりそれを優先させる。それにお前も心配なんだよ、クラム」

「は?」

 唐突に矛先を向けられ、眉をひそめたクラムに、エルバートはにやりと下卑た笑みを浮かべる。

「お前の我慢がいつまできくか、ってさ。アミーリアももうすぐ十六だし、最近めっきり娘らしくなってきたし。お父さんとしては、そっちの方が心配かもなぁ」

「……親バカも大概にしろよ、おっさん。手の早いあんたと一緒にするな。第一、あんなお子様相手に誰がそんな気起こすかよ」

 下世話なことを想像しているらしいエルバートに呆れるクラムに対し、何故か彼の方が呆れたように肩をすくめた。

「素直じゃないね、お前も。ま、いいけどさ。今さら素直になられたって困るしな」

「何が言いたいんだよ、あんたは」

「誘拐されたアミーリアを助けてもらった恩があるとはいえ、元盗賊の孤児なんかにあの子はやれない。そう釘を刺したいだけだ」

 あっさりと、彼しか知らないクラムの過去を口にしたエルバートは、挑発するように口角を上げて薄く笑った。

 直接的な言葉と煽るような表情に答えあぐね、思わず黙り込んだクラムに、笑みを納めたエルバートは小さく息をついた。クラムを見つめ、口調を諭すものに変えて続ける。

「なあ、クラム。腹を決めるなら今だぞ。捨てた名前を取り戻すなら今しかない」

「……取り戻すもなにも。俺の名前は一つしかない」

 僅かな沈黙の後、目を伏せたクラムは自身に言い聞かせるようにそう答える。

 エルバートはつまらなそうにもう一度ため息をついてから、机上の書類を手に取った。

「それがお前の答えならそれでもいいが、だったらもう文句は言うなよ。俺の臣下として、黙ってあの子の『婿選び』に協力しろ。いいな」

 そう言って、エルバートは一枚の書面を差し出した。しぶしぶ受け取り、促されて目を通す。そこには『婿選び』の詳細が記してあった。

 開催は一月後。場所はアディルセンの別邸、王都に呼び寄せた娘のためにエルバートの建てた、アミーリアの館。そこに候補者を集めて十日間を共に過ごす。最終日、アミーリアの十六歳の誕生日に、彼女の選んだ婚約者をエルバートの前で発表する。

 大雑把な企画書を努めて淡々と読み進めていたクラムは、最後に記されていた三人の候補者の名を見て眉を寄せた。

「おい、エルバート、これは……!」

「先に言っておくが、別にお前への嫌がらせじゃない。条件に合う息子の居る中でまっさきに手を上げたのがその三家だった、それだけのことだ。それにどこの家だって、お前にはもう関係ないはずだろう。なあ、『クラム』?」

 しれっと言い切られれば、反論できない。

 ぐしゃりと書面を握ったクラムは、無言のままに踵を返し、部屋を出た。

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