11 失恋
ガタン、と扉の閉まる音がして、アミーリアは我に返った。
ぽかんとした心地のまま、それでもようやく状況を理解して呟く。
「とりあえず――これで一件落着なのかしら……?」
「みたいだな。お姫様のアクロバットのおかげで」
「きゃっ!」
そこで、クラムはアミーリアを抱えたまま立ち上がった。
ぐん、と高くなった視界に瞬くアミーリアを、クラムは空色の目を細めて見つめる。
すっかり暗くなった風景の中でも、クラムの目はよく光を反射した。よく光る目だ、と、初めて会った時も感じたことを、アミーリアはふと思い出した。
「――ねえ、クラム。ごめんなさい」
「は? なにが。アクロバットか?」
「違うわよ! ……手、振り払っちゃったから。信じてあげられなくて、ごめんなさい」
じっと、近い距離にあるクラムの顔を見つめて告げる。
クラムはきょとんと目を瞬かせた後で、困ったように眉を寄せた。
「お前、なんかしおらしくて気持ち悪いぞ。大丈夫か? 頭打ったか?」
「なっ……何なのよ、人がせっかく神妙な気持ちになってるっていうのに!」
「だからそれが気持ち悪いって……いや、まあ、そうだな。茶化すとこじゃねぇよな」
とん、とアミーリアを地面に降ろし、クラムは浅い息をつく。
「俺がずっとお前を騙してたのは本当だから、お前が謝る必要はない。――俺の正体を、エルバートは知ってる。知ってて俺を匿って、お前には黙ってるって条件で、俺をお前の護衛にした。……っつうか、してくれた、だな」
ぱちりと瞬くアミーリアに、クラムは静かに笑った。
顔も服も泥がついているし、ただでさえ無造作に跳ねている黒髪もすっかり乱れていたが、それでもクラムのその表情に、アミーリアはみとれた。
「お前はべつに何も考えちゃいなかったんだろうが、生きる目標が無かった俺にとっては、お前を守るって約束が支えになってた。お前はバカだしアホだしうるせぇし、大体余計なことしかしないめんどくさいお嬢さんだったけど、お前にずっと救われてたのは本当だ。だから、嘘をついた。俺は、俺の『お姫様』を無くしたくなかったから。だから、おあいこだろ」
俺のほうが情けねえけど、と呟いて、それでもクラムはやはり笑った。
その笑顔に勇気づけられ、アミーリアは言葉を重ねる。
「――ねえ、クラム。これからも、一緒に居てくれるでしょう? さっきも言ったけど、私、あなたのことが――……」
「俺はお前の護衛だ。しかも、元は盗賊の。アディルセンのお嬢様にふさわしい男じゃねえよ。エルバートが許すわけないだろ」
アミーリアの言葉を止めるようにぽん、と頭を叩き、クラムは淡々と言った。
「そ、そんなの関係ないわ!」
「関係ないこと無いだろ。筋通さねえとあのおっさん、地獄の底まで追ってくるぞ。俺じゃ、お前の相手は無理だ。――今のままの俺じゃあな」
「……っ……」
言葉の最後で目を逸らし、呟くように言ったクラムに、アミーリアは大きく目を見開いた。ぼろぼろになったドレスが更に破れるほどに力を込めて、縋るようにぎゅっと握る。
その時、馬の嘶きが聞こえた。はっと目を上げると、堤防の上で数機の馬が止まったのが見えた。先頭の馬には、エルバートが乗っている。
「噂をすれば、だな。……つーか、めんどくせえから屋敷に居ろっつったのに、なんで来てるんだよ。親子そろって本当に言うこと聞かねえな……」
ぶつぶつと呟いて、クラムはとん、とエルバートの方へ向け、アミーリアの背中を押した。そして自分は踵を返し、レイルの消えた扉へ歩く。リオを迎えに行くつもりなのだろう。
「――アミーリア! 無事か!?」
「父様……私……私っ……!」
駆け寄ってきたエルバートに強く抱きしめられながら、アミーリアはぼろぼろと、ついにこらえきれなくなった涙をこぼした。
「もう大丈夫だ。怖かったな」
安心させるように言って背中を撫でるエルバートに縋りつきながら、アミーリアはしゃくりあげ、初めての失恋に声を上げて泣き続けた。




