10 対決と告白
出口のあった川辺に戻ると、ちょうど地面が盛り上がり、中から金茶の頭がひょこりとのぞいた所だった。
「ご丁寧に閉めなくてもいいのにさぁ。追ってくるってわかってたんだろ?」
人好きのする笑みは相変わらずだが、その目には以前はなかった剣呑な色が濃く宿っている。おそらくは、計画を妨害されて腹が立っているのだろう。
「……お前、名前はなんていう。リオじゃないだろ」
「レイルだよ、クラム君。仲間だったこともあるみたいだし、よろしくね」
穴から這い上がり、ぽんぽんと服をはたきながら、レイルは軽く名乗りを上げる。どのみち仲間内での通称だ、隠し立てするものでもないのだろう。
「しかし、団を抜けて五体満足でいる奴が居るとは思わなかった。うまく逃げたね」
「気まぐれなおっさんが、おもしろがって保護してくれてたんでな」
「アディルセン卿か……なるほど、彼は全て知ってるわけだね。その割に、今まで仕掛けてこなかったけど」
「情報を売るような真似はしてねぇよ。あいつも盗賊退治に興味なんてない。『火と棘』のことなんて聞かれたこともねぇからな」
エルバートが重きを置くのは自分の家の発展だけだ。国の治安にさしたる興味は持っていない。『火と棘』の討伐で上がる功績より、損失の方が大きいと、計算高い頭で冷静に踏んでいるのだろう。
「あっそ。ま、別になんでもいいけどね。騎士団が俺たちの討伐に来るなら来るで、おもしろいことにはなりそうだし」
言いながら、レイルは今度はナイフではなく、短剣を取り出した。合わせるように、クラムも腰の剣を抜く。それを見て、レイルは呆れたように息を吐いた。
「何、やっぱりやる気なの? 逃げりゃいいじゃないか。君にはもう、戦う理由なんてない。お嬢さんがどうなろうと、今さらどうだっていいだろ? 君の大事なお嬢様はもう、君のことを捨てたじゃないか」
「けしかけといてよく言うな、レイル?」
言いながら、クラムは地面を蹴りあげた。後手に回るのはもうたくさんだ。
一足飛びに間合いを詰め、大きく剣を一閃する。体を反らしたレイルはクラムの一撃を危うげなくかわしたが、大振りな攻撃が当たらないことは想定済みだ。レイルが後ろに反れた瞬間、片方だけになった彼の軸足を、クラムは後ろから前へ払った。
「うわ、っと、あぶなっ!」
バランスを崩したレイルに上から剣を振り下ろす。だが、トン、と地面についた片手を軸に膝を折ったレイルは剣を持つ右手を頭上に構え、クラムの刃を受け止めた。重なった刃が、ギリ、と鈍い音を立てる。
「いっ……きなり危ないなあ、もう!」
折った膝をバネにして、レイルはクラムの剣を跳ね除ける。続く攻撃を待って腰を落としたクラムの予想に反して、地面を蹴ったレイルは後ろに飛んだ。
大きく二歩分程度の距離を取り、トン、と地面に足を着けたレイルは、はあ、と肩を竦めてため息をついた。
「何、それを怒ってんの? 暴露したのは自分じゃないか。大体、事実は事実だろ」
「そうだな、俺が盗賊だったのもあいつをずっと騙してたのも全部、本当のことだ。……だからまあ、あいつが俺に幻滅してもしょうがねぇだろ。あいつはビビリだし、あれで意外としつこいし、『火と棘』絡みのトラウマもあるしな」
「つまりお嬢様にとって、君はその程度の存在だったってことだろ? 『盗賊』ってラベルのついた瓶に簡単にしまえちゃう程度のさ。……ちょっと毛色が違ったけど、しょせんあの子も貴族だね。蓋を開けちゃえば、おもしろい中身は入ってなかった」
苛立ったように言ったレイルは、右手に持つ剣はそのままに、懐に左手をやる。次に見えた時、彼の指の間には、数本の小さなナイフが握られていた。
「あんまり悪く言うなよ、あいつは結構おもしろいぜ? 絵とかすげー下手で」
「……どうでもいいよ、そんなの」
「よくねえよ。あいつを守るっていう目的があったから、俺は俺でいられた。だからあいつが俺をどう思おうと、俺はあいつを守る。アミーリアは、俺のお姫様だからな」
「くだらない――!」
レイルが手にしたナイフを顔の前で構えた。放たれる前に懐に潜り込もうと、クラムは地面を踏んだ足に力を込める。
――その時、地響きと共に、やかましい悲鳴が割り込んだ。
「きゃ、きゃ、きゃあああああ!?」
ニンジン作戦は完全に失敗だった。
どこまで空腹だったのか、折った枝とリボンで作った簡易的な道具で鼻先にニンジンをぶら下げた途端、腹を蹴るまでもなく走り出した馬は、明らかに暴走していた。
街道を一瞬で駆け戻り、地下道の扉があった川辺まではまだ、首にしがみついていられた。そこから先、ゆるやかな堤防を駆け下りた時、ガクンと前のめりになったアミーリアの手からすっぽ抜けたニンジンを追った馬は、もはや訓練された乗用馬とは思えないほど野生に返ってしまっていた。
「ア――アミーリア!?」
素っ頓狂な声で名前を呼ばれ、激しく上下する馬上でアミーリアはなんとか目を開く。そこにはめずらしいほどに驚愕を露にしたクラムが、剣を片手に立っていた。
「クラム――!」
探し人を見つけた喜びで、アミーリアはぱっと笑顔になった。その隙を縫うように、馬は、川にぽちゃんと落ちたニンジン目がけて高く跳躍した。はずみで手綱を握る手を緩めたアミーリアを、空中にぽつんと残して。
「――え……?」
ふわりという浮遊感の後、重力を思い出した体が、がくんと下に落ちる。
「――――きゃああああっ! ……って……あら……?」
「――……っつ……」
ドサリ、という重い音がした。しかし、アミーリアの体は、覚悟したほどの衝撃を感じなかった。逆に驚き、きょとんと目を開く。
地面に打ち付けられるはずの体は、地面よりはいくらか柔らかい、骨ばった体に抱き留められていた。自分が思いがけず暖かい腕の中に居ることを悟ったアミーリアは、下敷きにしてしまっている、ぐったりとしたクラムの顔をまじまじと覗き込む。
「ク……クラム? 大丈夫? 生きてるわよね?」
「――……っの……バカ!」
「きゃあっ!?」
いきなり上半身を跳ね上げたクラムを寸ででかわし、悲鳴を上げる。
ぱちぱちと瞬くアミーリアを、目を吊り上げたクラムは大声で怒鳴りつけた。
「なんなんだ、お前は、バカか!? 帰ってろって言っただろ、何でこっちに戻ってくるんだよ、しかもあの馬なんなんだだよ!? ああもう、お前は本っ当に、大バカだ!」
土で汚れた顔で、乱れた髪で、クラムはいつものように――いや、いつもよりだいぶ大人気なく叫んだ。
意を決して戻ったというのにバカバカと連呼されたアミーリアもやはり、いつものようにかっと頭に血を上らせる。
「そっ、そんなに何回も言うことないでしょう!? まさかあんなに暴走するとは思わなかったんだもの、ちゃんとご飯くらいあげときなさいよ! 私はね、あなたを迎えに――!」
「――迎えに来たの? 盗賊のクラム君を?」
「あなた……!」
ナイフを構え、こちらを見下ろしているレイルに気付き、アミーリアは身を固くした。クラムもはっとしたように自分の手の中を見たが、アミーリアを受け止める際に手放してしまったのだろう、短剣は彼の手元から離れた場所に転がっていた。
「答えてよ。君は彼を迎えに来たの? クラム君は、君の嫌いな盗賊だったのに?」
「……そうよ。だって、昔がどうだって、今のクラムには関係ないもの。関係ないってわかったもの。クラムは私の護衛で、それで――私の好きな人だもの!」
思わず叫ぶように宣言した後、辺りにしん、と沈黙が落ちた。
「……………………は…………?」
しばらくの間のあとに、心底ぽかんとしたようなクラムが、掠れた声で疑問符を発した。
そこでアミーリアはようやく自分の発言に気付き、はっとする。
(……あら? 私、いま……なんか、言っちゃったのかしら?)
髪もドレスも見る影もなくぐちゃぐちゃだった。化粧なんてもってのほか、おまけにここはたいしてムードもないただっぴろい川原で、アミーリアはよりによってクラムの上に馬乗りになっており、目の前にはナイフを持った盗賊がいる。考えうる限り、告白には最悪の状況だった。
「…………」
だが、今さら何をどうすることもできない。
耳に痛い沈黙を保ったまま、全員が微動だにせず、その場に凍り付いていた。
「……なんっていうか……ねえ?」
沈黙を破ったのはレイルだった。
ナイフを持った指を持ち上げながら呟いたレイルに、クラムがはっとしたようにアミーリアを腕の中に庇う。それを冷めた目で見下ろしたレイルは、ふい、とやる気なさげに手首を振った。すとん、と、投げたナイフが地面に刺さる。
「レイル……?」
不可解な行動に怪訝な顔をする二人を無視して、レイルは淡々と、右手に持った短剣も鞘に戻した。そして腰に手を当てて、はあ、と大きくため息をついた後、俯いた。その肩は微かに震えている。
「……っく……」
数秒の後、肩の震えが大きくなった。喉から、咳き込むような声が漏れる。
「くっく……っは……あっはっはっは! いや、もう、ほんと何? 暴れ馬って。馬からあんなきれいな放物線描いて落とされるお嬢様とか初めてみたし! しかもなんかニンジンっぽいもの飛んでこなかった? ていうか、馬って、ニンジンって! しかもすっごいうっかり告白してるし、なんっかもう……あっはっはっは!」
こらえきれない、というように吹き出したレイルはやがて、しゃがみこんで大笑いし始めた。涙さえ浮かべて笑い続けるレイルに、ぽかんとしていたアミーリアはやがて、かっと頬を赤くした。
「な、ななななによ、そこまで笑うことないでしょう!? わ、私は私なりに真剣に……っ!」
「いや、わかってる、わかってるって。……うー、笑った笑った。君はやっぱり相当おもしろいよ、俺の目に狂いはなかった」
憤るアミーリアをいなし、涙を拭きながら立ち上がったレイルは、未だ地面に座り込むクラムとアミーリアを見下ろして言った。
「今回のことはさ、俺の一存――っていうか、趣味と実益を兼ねた、遊びのつもりだったんだよね」
はあ、と笑い疲れたような息を吐いて、レイルは続ける。
「手柄になれば儲けものとは思ったけど、単純に、俺が楽しめればそれでよかった。――だから、まあ、目標達成できたってことで、今回は引いてあげるよ。おもしろかったお嬢様に敬意を表してね」
レイルは猫のような琥珀色の目を細め、にっこりと、いつもの人懐こい笑みを浮かべた。そしてくるりと背を向ける。
「レイル……?」
ぽつりと呼びかけるアミーリアの声に首だけで振り返り、片目をつむって見せた彼は、トン、という軽い音と共に、地下の扉に潜って、去った。




