7 脱出
そして一時間が経った後、ぐったりと疲弊したアミーリアは、行儀が悪いことは承知で、部屋の中央で斜めになったベッドの上に伏せていた。もっとも、今のアミーリアは、腰まである金髪を髪飾りだったリボンで一つに束ね、ドレスの裾さえも膝の横でまとめて結んでいるという、エフィが見れば目を回しそうな恰好だ。おまけに、先ほどまではこじんまりと整っていた牢にふさわしくない地下室は、今や見る影もなく荒れ果てていた。
「……つ、つかれたわ……。家具ってこんなに重いものなのね……」
「そうですね……。僕、無事に戻れたら、すこし体を鍛えることにします……」
隅においやられた椅子にぐったりと、もたれるように座ったリオも、アミーリアと同じくすっかり疲れ切っていた。少年にしては華奢な体をした彼は、やはり力仕事には向いていなかったようだ。
脱出する決意をしたアミーリアは、まずは抜け道を探すことにした。レイルは盗賊で、ここは『火と棘』のアジトだ。ということは、きっと、騎士などに追いつめられた時のため、抜け道のひとつやふたつあるだろう、と考えたのだ。
そして、アミーリアの勢いに圧されたリオと二人、動かせる限りの家具を動かし絨毯をめくり壁を叩き、脱出できそうな道を探したが、その全ては徒労に終わった。隠れていたものといえば、食料の入った箱の下から出てきたしなびたニンジンくらいなものだ。
「もう! 抜け道の一つくらい、ちゃんと用意しておくのが盗賊のたしなみってものじゃないの!? なんで怪しいものすらないのよ! ニンジンって何よ!?」
憤りながらも、唯一の収穫はドレスの結び目に突っ込んである。さんざん探った結果がこれだけだった以上、手放すのもくやしかったのだ。
「とりあえず……お茶でも淹れましょうか。抜け道がない以上、一息ついて、作戦を練り直しましょう。ええと、ケトル、ケトル……っと、うわっ」
ガン、と鈍い音が散らかった部屋に響いた。リオが暖炉の前に転がるケトルを足で蹴ってしまったらしい。うまい具合に横になり、コロコロと暖炉の中に入り込んだそれを追ったリオはしかし、そこで不思議そうに動きを止めた。
「あれ……?」
「どうしたの?」
四つんばいになり、暖炉の奥をのぞきこむように伺うリオに尋ねると、リオは困り切った顔でアミーリアを振り向いた。
「いえ……なんだかケトルが見えないんです。ずっと転がっていってしまったみたいで」
「……え? だって、暖炉でしょう……?」
ベッドから起き上がり、リオの隣にしゃがみ込んで、アミーリアも暖炉の中をのぞく。ぬるく温度を残す灰と薪の燃えさしに汚れてよく見えないが、たしかに暖炉の奥は、ぽっかりとした暗闇に見える。
「――まさか……!」
はっとしたアミーリアは、暖炉の横に転がる火かき棒を掴み、乱暴に暖炉の中身を掻き出した。もわっと巻き上がる灰に咳き込みつつ、中身を外に出し終えると、狭い暖炉の入り口をおそるおそるくぐった。そして、粉っぽい暖炉の奥に見えたものに目を丸くする。
「リオ……ここだわ……!」
「え……?」
「抜け道よ!」
言いながら、体を全て暖炉にもぐらせる。
「アミーリアさん、危ないですよ! 僕が先に行きますから!」
リオの制止も聞かず、暖炉の奥にぽっかり開いた穴に体を滑らせる。細身の大人がやっと通れる程度のそれを潜り抜ければ、たどり着いた空間は存外に広かった。
「これは……本当に、抜け道ですね……」
追って暖炉を潜ってきたリオが、感心したような顔で首を巡らせた。
小さく頷いたアミーリアも、乾いた土の匂いのする薄暗い通路の様子を伺う。
道の幅は広くはないが、大人二人が並んで歩ける程度にはある。天井も、アミーリアが跳ね上がっても問題ないくらいに高い。おそるおそる壁に触れてみれば、土はすで堅く乾き、ところどころは木材や煉瓦で補強されているようだ。
入り口から入る光で、この場所ではまだ目が効くが、奥は完全に暗闇だ。かろうじて奥行がありそうな気配はうかがえるが、どうなっているのかまではわからない。
「…………」
先の見えない暗闇に竦み、アミーリアは手にしたままだった火かき棒を、ぎゅっと縋るように握りしめた。
「……戻りましょうか」
それに気付いたらしいリオが、ぽんとアミーリアの背を叩いて言った。
「で、でも……――私は、行かないと」
この道がどこへつながるものでも、あの部屋に居るよりは、進む方がいいはずだ。アミーリアがあそこへ居たのでは、きっとエルバートまで捕まってしまうし、その後はどこへ連れていかれるのかもわからない。そうすれば、クラムにももう会えないかもしれないのだ。
震えそうになる足を無理やり踏み出したアミーリアに、リオはのんびりと言った。
「だって、あんなに暗いんじゃ無理ですよ。たしか、物入れに手持ちランプがあったはずですから、持ってこないと」
「え……?」
「僕も、これでも男です。女の子だけを危ないところへ行かせるわけにはいきません。逃げたいのは僕も同じですし、だから、一緒に行きましょう。ね?」
きょとんと振り返った視線の先では、リオが灰に汚れた顔で気負いなく笑っていた。




