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私はあなたのお姫様!  作者:
3章
14/29

6 突然の来客

「突然お邪魔してしまって申し訳ございません、アミーリア様。でも、私、どうしてもジェラルドに知らせたいことが――というよりも、見せたいものができてしまって」

 ふわりとした亜麻色の巻き毛と、やや垂れ気味の、虹彩の大きな若草色の瞳を持った彼女は、外見と同じくふわふわした声でおっとりとそう言った。

「だからと言って、初対面のアミーリア殿の館に約束もなく訪問するのは常識外れだぞ、キャロル。また父君や母君を怒らせたいのか?」

「ああ、そういえば、そうだったわ。アミーリア様とは、私、初対面でしたわね」

 咎めるようなジェラルドの言葉はしかし、その一部しかキャロルに伝わらなかったようだ。細い指でそっと手にしたカップを置いた彼女は、テラスのテーブルの正面に座るアミーリアに向けてにっこり微笑み、深々と頭を下げた。

「初めまして、アミーリア様。私、フィール家の三女で、キャロル・フィールと申します。かわいらしいお嬢様とお友達になれて光栄ですわ。よろしくお願いいたしますわね」

「……こちらこそ、よろしく。ところでキャロル、結局、あなたのお急ぎの用事って、なんなのかしら?」

 今さらな自己紹介に戸惑いつつ、本題を尋ねる。

 堅い声と表情を浮かべるアミーリアに気付いた気配もなく、キャロルはぽんと手を打った。

「そうでしたわ。せっかくですから、アミーリア様もご覧になって? きっとびっくりなさいますわ」

 ふふふと笑いながら、キャロルは膝に抱えていた包みを卓上へ置いた。キャロルの細い指が、布の結び目をするするとほどく。何かと見守るアミーリアの視線の先で、包みの中から出てきたものは、何故かまた布だった。

「……これが、見せたいものなの……?」

「まだですわ。ちょっとトゲトゲしているので、たくさん包んできたのです」

「トゲトゲ……?」

 首を傾げるアミーリアにもう一度にこりと笑って、キャロルはそれから何度か同じ動作を繰り返した。そして、折り重なった布の上に最終的に鎮座したのは、もとの包みの大きさからすれば随分と小さい、ちょこんとした鉢植えだった。鉢植えに生えるのは、見慣れないぽってりとした緑色の球体で、その表面にはたしかにキャロルの言うとおり、鋭い棘がびっしりと生えている。そして、その奇妙な植物のてっぺんには、赤い花が堂々と咲いていた。

「『サボテン』、という、暑い国の植物ですわ。珍しいんですのよ」

「……そうね。たしかに初めて見る、けど……」

 しかし、キャロルがこの見慣れない植物の、何を見せたいのかがわからない。

 結果、ぽかんと鉢植えを見つめるだけのアミーリアをよそに、ジェラルドは感嘆したような息を吐いた。

「……これは、驚いたな。本当に花が咲くものなのか」

「うちに商談に来た貿易商の方に聞いて、育て方をおそわったの。ジェラルドは『サボテンは花なんて咲かない』と言ったけど、ちゃんと咲いたでしょう?」

「そうだな。キャロルは植物の世話だけは得意だな、本当に」

「まあ、ひどい。ジェラルドだって、剣しか取り柄がないくせに。あなたがくれたものだからって、私、がんばったのよ。もう少し、褒めてくれてもいいんじゃないかしら?」

 むくれて見せるキャロルに、ジェラルドは「そうだな」と目元を緩ませた。長い腕を持ち上げて、キャロルの柔らかそうな髪に、そっと手を伸ばす。――その手の行く先を、アミーリアは見守らなかった。

「――悪いけど、席を外すわね。ちょっと気分が優れないの。積もる話もあるみたいだし、私は気にせずゆっくりしていってちょうだい」

「アミーリア殿……?」

 席を立って言い放ち、きょとんとした二人に背を向ける。

 そうして脇目も振らず、ずんずんと庭を歩き続けるアミーリアの腕を、不意に長い指が掴んだ。その指の感触はよく知っているものだ。だからアミーリアは驚かなかった。

「……離して、クラム」

 振り向きもしないで言ったアミーリアに、クラムは呆れたような息を吐く。

「あのな、アミーリア。この館ではお前がホストなんだ。客に対してあの態度はないだろう」

「それを言うなら、あの子のほうがよっぽどじゃない!」

 腹立ちにまかせ、指を強く振り払う。

「ここは私の館で、ジェラルドは私の『婿候補』なのよ!? なのにいきなり来て、ジェラルドとあんなに親しそうにして、何なのよ! 失礼っていうなら、あの子の方が失礼じゃないの!」

 頭に血が上ったまま一息にそう叫ぶと、背後からガサリと草を踏む音が聞こえた。

「アミーリア様……?」

 アミーリアの態度を不思議に思い、追ってきたのだろう。振り向いた先には、不安げな様子で所在なく佇むキャロルが居た。

「…………」

 今の会話は聞かれてしまっているだろう。

 何を言えばいいかわからず、俯いて沈黙するアミーリアに、キャロルはやがて静かに言った。

「ごめんなさいね、アミーリア様」

「……なんで謝るの?」

「だって、私がジェラルドを好きだって、わかってしまったのでしょう? アミーリア様は、だから怒ってらっしゃるのよね?」

「え……?」

 告げられた意外な言葉に、アミーリアはぽかんと顔を上げ、キャロルの優しげな色をした瞳を見つめる。

「ね、アミーリア様。私、アミーリア様に、お話しておきたいことがありますの。聞いていただけますかしら?」

 穏やかに微笑んだキャロルの声はしかし、否とは言わせない強さを伴って、アミーリアの耳に届いた。




「私はどうも少し、人とはずれているらしくって。社交界でも家でも変わり者扱いで、あまり評判がよくありませんの。いろいろな人によく叱られましたわ」

 噴水のほとりに並んで座り、「いいお庭ですわね」とひとしきり喜んだ後で、キャロルはようやく話を始めた。

「それはそれは。当家のお嬢様と同じですね」

「クラム!」

 茶々を入れるクラムをきっと睨みつける。アミーリアの脇に控えるように立ったクラムはやる気なく肩をすくめて、それでも素直に言葉を止めた。

 二人のやり取りに、キャロルは楽しげにふふふと笑う。

「ジェラルドも、今のクラムさんみたいに、すぐいじわるを言うんですのよ。殿方というのはみんな、そういうものなのかしら」

「……それよりも、あなたの話を聞かせてちょうだい、キャロル」

「ああ、そうでしたわ、ごめんなさい。私はもう、いつもこうで。だから駄目なんですのね」

 さして気に留めた風もなくそう言って、キャロルは脱線しかけた話をもとに戻した。

「中でもジェラルドは、私が社交界に出る年になると、たちまち口うるさくなりました。でも、私はやっぱり、社交界のお付き合いというものが、よくわからなくて。パーティーに愛犬を連れて行ったり、かわいい野草で髪を飾ったり、思うままに振る舞っていたら、いつの間にか招待状も届かなくなってしまいましたの」

 フィール家はそもそも中級程度の貴族、父は既に家督を兄に譲っており、キャロルは年の離れた末っ子だった。社交が得意でないのならと敬遠されても、心配する両親の他は、あまり困る者はなかったらしい。キャロル自身も自分の悪評をさして気に留めず、むしろ窮屈なパーティーに出向かなくていいことを喜んでいた。

「でも、幼馴染だったジェラルドは、私の兄のような心持ちでいたのでしょうね。自分の注意が足りなかったからだと妙に責任を感じてしまって、私の様子を伺いに、頻繁に屋敷に来てくれるようになりました。彼が騎士の任務に就いてからは会うことも少なくなっていましたから、私は逆に、それがとても嬉しかった。両親も喜びましたわ。ジェラルドはあの通り、真面目な人ですから、浮いた話も聞いたことがありませんでした。そんな彼が私の元へ訪れるということは、私との将来を考えてくれているに違いない、と。けれど、違った」

 そこで、キャロルはすっと顔を上げ、アミーリアと視線を合わせた。

「一月ほど前、屋敷を訪れたジェラルドに『アディルセンの婿選び』の候補となったことを聞かされました。彼は、ミルズ家の子息としてアディルセンの婿に選ばれればそれほど光栄なことはない、と、意気込みを話してくれましたわ。それを聞いて、私は初めて自分の気持ちを知りました。……すごく寂しくて、そして、悲しくなったから」

 キャロルは、ジェラルドのことをずっと、兄のような人だと思っていた。彼を婿にと張り切る両親にも、ぼんやりと首を傾げているだけだった。けれど、ジェラルドがもう自分の手の届かないところへ行ってしまうと知ってようやく、自分が彼を異性として好いていると――彼に恋をしていたと、気が付いた。

「今日、ここへ来てしまったのは、ただの未練です。彼の妻となるかもしれないアディルセンのご令嬢とお会いしてみたかったという私のわがまま、それと、ちょっとした意地悪ですわ。彼と結ばれることができる、あなたへの」

 内容に反し、キャロルの言葉には屈託がなかった。アミーリアはそれに驚く。

「……私に、腹が立ったりしないの? 大人げなくて、がっかりしたでしょう」

「いいえ。素直に怒ることのできる人は、私は好きですわ。ジェラルドは少しにぶい所がありますから、ちゃんと意思表示をしてあげないと、何もわかってくれませんのよ。――だからアミーリア様、彼をお願いいたしますわね。それを申し上げたかったんです」

 ぺこりと頭を下げるキャロルに、アミーリアは戸惑う。

「キャロルは、どうしてジェラルドを諦めるの? 好きなら好きって言えばいいじゃない。今日、ここへ来る勇気があるのに、どうして気持ちを伝えないの?」

「……お嬢様。キャロル様に失礼ですよ」

「だって、おかしいじゃない! ジェラルドは、キャロルを大事に思ってるわ。ちゃんと伝えれば、思いが叶うかもしれないのに!」

「――先ほどお話しいたしましたわ、アミーリア様。私、あまり評判がよくないんです」

 諌めるクラムにむきになって言い募るアミーリアに、キャロルは静かに微笑んだ。

「フィール家の財産も権力も、アディルセン家のそれとは比べるべくもありません。私が彼に気持ちを伝えて、もし彼が、それを受け取ってくれたとしても――それはきっと、どちらのためにもなりませんわ」

 言い残し、キャロルは立ち上がった。アミーリアに一礼し、元来た道へと踵を返す。

 決意を刻んだような、凛とした背中を睨むように見つめながら、アミーリアは呟いた。

「それでも、そんなのおかしいわよ……!」

「……キャロルお嬢様は大人だな。そんで、お前はまだ子供。そういうことだ」

「なによ……っ!?」

 上向こうとした頭を、上からくしゃりと撫でられる。二度、三度となだめるように繰り返されるやさしい仕草に、アミーリアは唇を噛み、結局は俯いた。

「そういう問題じゃないわ。何にもせずに諦めるなんて、絶対に変よ」

「そう思えるのは子供の強さ、だな。――まあ、お前はいいよ、それで。そのまま大きくなってくれ」

「なによ、バカにして」

「してねぇよ。本心だ。――さて、戻るぞ。キャロルお嬢様の見送りくらいはしてやれよ」

 最後にぽん、と頭を叩かれる。

 離した指をそのまま差し出し、クラムは珍しく素直な笑みを浮かべた。釈然としないながらも心をうまく言葉にできず、アミーリアは黙ってクラムの手を取った。

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