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私はあなたのお姫様!  作者:
序章
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幼い日の出会い

 ――勝手に外になんて出るんじゃなかった。

 厳重に幕を下ろされた、暗く、粗末な馬車の中で、幼いアミーリアは初めて絶望に似た気持ちを味わっていた。

 震える腕を必死に動かし、束ねられた手首の戒めを解こうともがくが、肉に食い込むほどきついそれは、子供の力では少しも緩まない。足は縛られてはいないが、扉の外にはアミーリアを捕らえたおそろしい男が――『火と棘』の盗賊が居る。世間知らずの箱入り娘とはいえ、このローランシア大陸を縦横無尽に闊歩する盗賊団『火と棘』のことは、アミーリアも知っている。「外の世界は怖い盗賊が居て危険なのだから、お転婆はほどほどに」と、両親やメイドたちによく注意されていたからだ。

 だが、年も十を数え、いっぱしのレディになったつもりでいたアミーリアは、それを素直に信じなかった。盗賊の話など、子供を脅すためのお化けや魔女や、それに類するものだろうと高をくくり、急な召集がかかったと王都へ向かってしまった父の後を、馬屋番の少年に馬車を出させて、こっそり追った。

(だって、父様がいけないのよ。父様の誕生パーティーでは一緒にダンスを踊ろうって、ずっと前から約束してたのに。それが一番のプレゼントだって言うから、母様に教えてもらって、ダンスは苦手だけど、がんばって練習したのに)

 父の誕生日はもう三日後に迫っている。議会にも籍のある父は、一度王都へ行ってしまえば、数週間は戻らない。せっかく練習したダンスを誕生日に贈ることも出来ない。

 そう思うと悔しくて、衝動的に父の後を追ってしまった。この際、場所は王都でもいいから、その日に贈り物をしたかった。

(でも、やめておけばよかった。このままじゃ、誕生日どころか、いつになったら帰れるのかもわからないわ。……ううん、ちゃんと帰れるのかも、わからない)

 堪えていた涙がぽたりと落ちた。あわててうつむき、唇を噛みしめるが、一度溢れてしまった雫は次々に、暗い馬車に不似合いなピンク色のドレスに新しい染みを作る。

「う……っ、く、ふえ……」

 ついに殺しきれなくなった嗚咽が喉をついて出た時、閉ざされていた扉が唐突に開いた。

 びくりと肩を跳ねさせたアミーリアが顔を上げると同時に、黒髪の少年が倒れ込むようにして馬車に転がり込んできた。

「――ってえな、何しやがる!」

「ガキのお守りはガキの仕事だろ。また殴られたくなきゃ、ちゃんとお嬢さんのお守りをしときな。攫われたもん同士、せいぜい慰めてやれよ」

「おいっ……!」

 少年を無視して扉は閉められ、再び馬車は暗闇に戻った。

「くっそ……あの野郎、いつかぶん殴ってやるからな……」

 男が草を踏む足音が遠ざかった頃、少年は舌打ちまじりに上体を起こした。床に打ちつけたのだろう頭を振った少年と、一連の出来事にぽかんとしていたアミーリアの視線がかみ合う。アミーリアを見てうんざりしたように眉をしかめた少年は、ため息と共に顔に手を伸ばしてきた。

「あーもう、めそめそ泣いてんじゃねぇよ、お姫様。仮にも貴族だろ、盗賊風情に弱みを見せるな。毅然としてろ、毅然と」

 伸びてきた腕に怯える間もなく、濡れた頬をぬぐわれる。

 思いがけない言葉と優しい指の感触に、一瞬止まっていた涙が再びぼろぼろと零れた。

「おい、泣くなって言ってんだろ、泣き止めよ。俺が泣かせたみたいだろうが」

「だって……だって、もう帰れないかもしれないんだもの。父様にも母様にもエフィにも、もう会えないかもしれないんだもの。あなただって攫われてきたんでしょ? あなたは怖くないの?」

 呆れたようにアミーリアを見やる少年に、泣き声で訴える。

 少年の、袖から覗く腕には痣があった。さっき一瞬見えた顔にも。盗賊の言葉から考えても、きっと彼もアミーリアと同じように攫われてきたのだろう。だから訊ねた。

「……べつに怖くはねえよ。俺を待ってる奴なんていないからな。帰りたい場所も、帰る場所もないし。――でもまあ、いい加減ここもうんざりだし、いい機会かもな」

 ごく小さな声で呟いた彼は、きょとんとするアミーリアによく光る空色の目を向け、口調を急に楽しげなものに変えて、こう告げた。

「なあ、お姫様。家に帰してやろうか? 奴にばれるかばれないかは賭けだけどな」

「え……?」

 気負いなく言った少年に、アミーリアは目を丸くして、まじまじと彼の顔を見つめた。

 その視線を正面から受け止めて、少年は更に続ける。

「奴はこの先を通る荷を狙ってる。戻るまでしばらく時間はある。だから、お前が危険を承知で、それでも帰りたいなら協力してやるよ。どうする? お姫様」

 そう言って、少年は唇の端を吊り上げて笑った。アミーリアの覚悟を試すように。

 一瞬怯んだアミーリアはしかし、すぐにしっかりと頷いた。

「危なくてもいいわ。連れて帰って。その代わり――私をちゃんと守ってね」

「は……?」

 アミーリアの返答に面食らったように目を瞬かせた少年は、少しの間のあと、弾かれたように声を上げて笑った。

「ちょっと、なんで笑うの!? 男の子がレディを守るのは当然でしょ!」

「レディってお前、そんなチビで、何を生意気な」

「チビってなによ、私はもう十歳よ! 子供扱いしないで!」

「はいはい、そうですね、お姫様」

「お姫様じゃなくって、レディよ!」

「はいはい。ま、また泣かれても困るしな。――せいぜいしっかり守らせていただきますよ。それでいいか? お姫様」

 呼び方を改める気のないらしい少年は、笑いの気配を残した声でそう言って、むくれるアミーリアに手を差し出した。

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