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結婚首輪

作者: 箱猫

「はぁ?」


私の知ってる彼の中でも一等一番に怖い声。

顔も笑ってない。目も笑ってない。

ファミレスでカップルがお茶をしている。私はミルクティーを、彼はコーヒーをそれぞれ注文し、向かい合って座っていた。

それだけなら普通だ。今は放課後、私達は所謂恋人同士だった訳だから。

おかしいのは当人達の態度。彼は苛立ちを隠さず私を凝視し、私はその視線から逃れようとミルクティー色の水面を見つめる。どう見ても良い雰囲気ではない。

ファミレス特有の大量生産されたお茶は不味くない、寧ろ美味しい。コーヒーの方は分からないけど。だからこれのせいではない。

ではこうやってお茶をするのが嫌なのか―それはもっと違う。

私と彼はお互い好き合っての交際中だったし、何より彼は私とこうやってお茶するのが好きだから。


「別れるって、なに」

「もう、終わりにしよ?」

「理由は」

「…私が、好きじゃなくなったの」

「お前が?俺を嫌いになった?はっ、冗談だろ」


一見して傲慢ともとれるその態度。

けどその態度は決して間違いではない。

周囲を見れば分かる。彼は―羽岡帝臥はこの空間に居るどの人よりも整った容姿をしていた。

180は優に超す長身、長い足、赤っぽく染めた髪、ハッキリと線が分かる二重と切れ長の目…あぁもう、キリがない。

とにかくそんな優れた容姿をしていた彼に振られた経験など有るわけも無い。寧ろ振った経験しかないだろう。


そんな彼がこんな凡庸な容姿をした私に振られるなんて、誰が予想出来ようか。きっと彼にも予想出来なかったに違いない。


帝臥君は暫く余裕の笑みを浮かべていたけど、私が何も言わない事に少しずつ、笑みを崩していった。


「…マジ、かよ」


正直、こんな私に振られたら動揺するんじゃないかと思った。

でもその想像を超える狼狽ぶりに少しだけ驚く。


「何が悪かった」

「何がいけなかった」

「俺はお前を愛してるのに」

「なぁ穂寿美。なんで別れたいんだよ」


別れたい。そう思ったのは帝臥君の生家―羽岡家が関係している。

羽岡家、あの“羽岡正嗣”の家。江戸から続く由緒正しいお家である。

要するに、帝臥君は羽岡正嗣氏のご令息なのだ。御曹司、お坊ちゃん。ボンボン。私は付き合って3ヶ月目の先週、それを知った。しかも本人の口からではなく、彼の付き人である古田さんという人によって知らされた。

そしてもう一つ重大な事実。帝臥君には許嫁という存在がいた。まぁお家があの羽岡ならそうだろう。


それだけならまだ良い。いや良くないけど。

なんと帝臥君は私という存在が出来たから、許嫁さんとは結婚できないと言ってしまったらしい。

本人は了承したらしいけど、許嫁さんの家はもう上も下も蜂の巣を突いた様な騒ぎになったのだそうだ。


で、頼まれてしまったのだ、古い畳みの上で土下座された。“帝臥様と別れてもらえないか”と。

そんな風に頼まれてしまっては私にもそれだけ重要な婚約だったんだと分かってしまう。

そもそもそんなご大層な人と私じゃ釣り合わないだろうと思い、別れる事を承諾してしまったのだ。


個人の言い分からすれば、別れたくはない。

帝臥君は優しい。そして私に甘い。(弱冠15歳にして女の扱いを心得てるのはなんとなく勘に障ったけど、あの容姿なら世のお姉さま方が放っておかないだろうことは予想がつく)例えその気が無くても恋なんて幼稚園生以来だった私は簡単に恋に落ちた。

けれどさっきも言った様に帝臥君は美形だ。

そして私はこの通り、はっきりしない奥二重に大して高くも無い鼻、染めた事のない黒い髪にぽっちゃり体型だ。私よりももっとふさわしい女性が居るのは一目瞭然。

見た目から釣り合わない。それだけならまだ良かった。

けどそこに家柄が足されたしまった時、私は完全に彼の隣に立つ自信を無くしてしまったのだ。


そんな私が帝臥君と付き合っているのはひとえに偶然の女神さまによる気まぐれのお陰だったりする。

今でもはっきり思い出せる。あれは三ヶ月と一週間前の、放課後の事だ。

先生の頼みごとを終わらせた私は、暗くなっていく空を見ながら急いで帰り支度をしていた。

ふと、窓の外を見る。

一組の男女が仲睦まじく正門を潜っていたところだった。

…私も、羽岡君とああなりたい。

叶わない夢と、望めない恋と知りながら呟いた一言


『羽岡君…大好きです』




『それ本当か?』


あの時の私はどんな顔をしてただろう。





「家のこと」

「家?」

「聞きた。古田さんから」

「…聞いたのか。俺んちの事」


首だけを動かし肯定する。

帝臥君はあーだかうーだかよく解らない声を出して天井を見ていた。

その仕草は参ったなぁとか困ったとか、そういう感じの仕草。

初めて見た、帝臥君のそんな仕草。


「隠してたわけじゃねぇよ?ただ言うタイミングが無かったつーか、お前全然疑わねぇから。」


唸って唸って、帝臥君はそう言った。

それはどうかなと思う。

2人でデートなんて時、帝臥君は異常に羽振りが良かった。

デートの度に何かしらプレゼントをしてくれる帝臥君を訝しんで一度その資金の出所を訊いたんだけど、軽く流された気がする。自分で稼いだ金だからとも。

そこで追及を止めてしまった私も私だが、これって言うタイミングとして有りなんじゃないか?

といったところで何か変わるわけでもない。


「桜子の事も聞いたのか?」

「桜子って言うんだ。許嫁さん」

「もう許嫁じゃねぇよ。あいつも承諾した」

「でも家同士はそうでもないんじゃない?大変らしいね、許嫁さんの方とか特に」


あいつそこまで…と呟いて、忌々しげにケイタイを取り出し何処かにメールする帝臥君。

私と居る時はケイタイなんて絶対触らなかったのに、それだけこの状況が異質だと再確認する。

メールを打ち終えた帝臥君はケイタイを仕舞い、再び私を見やった。


「俺ん家が羽岡だから、別れるのか?」

「…うん」

「俺が羽岡捨てたら良いのか?」

「それは違う」

「じゃあどうしろってんだよ!」

「そんなの、別れれば良いだけ」

「嫌だ」

「私だって、隠し事する人と付き合い続けたくない」


それは嘘だ。人は誰だった嘘を吐くし、隠し事をする。かく言う私だって。

別れてくれと頼まれたとは言わず、ただそれが理由と帝臥君を騙す。

だからそれくらいは許容範囲内だ。


「嘘だな。理由はそれじゃねぇ」

「違わないよ。」

「他に何言われた?」

「別に…自分で考えろって」


綺麗な顔が不機嫌に歪む。

嘘だと言うのがバレたのだろうか。女は生まれながらに女優とは言うけど、上手い下手は個人差だ。


「そう言う事だから」

「っ、おい穂寿美!まだ話は」

「私からの話しは済んだもん。帰るね。」

「俺は!俺は別れる気は無い」

「…聞きわけない事言わないで帝臥君。許嫁さんの方も今なら許してくれるかもだよ」

「関係ねぇよ。もう終わった事だ。桜子の家がどうなろうと知ったこっちゃない。」

「それじゃ駄目だよて…羽岡君」

「っ…!どうあっても別れたいんだな…」


呼び方を名前から苗字に戻したら、帝…羽岡君は驚愕に目を見開き、諦めたように呟く。

力なく座る彼を見て、少しだけ後ろ髪を引かれる。でもそんな迷いは許されない。


「さよなら、帝臥君。」


ミルクティーの代金をテーブルに置き、その場を足早に去る。

もうこのファミレス来れないなぁ。わざとらしく呟いた。





+ + + + + + + + + + + + + +




ある大学の正門前。

俺はそこでアイツを待っていた。

野島穂寿美。俺の唯一。

4年前のあの日。穂寿美が俺の前から消えたあの日。

あれからの4年間は、全部この日のためにあった。


「…早く来ねぇかなー…」


待ちくたびれたぜ。

デートで遅刻なんてありえねぇけど、これはサプライズだもんな。仕方ねぇか。

ふ、と大学構内の方を見やると視界に映る女の姿。

…見間違えるはずがない…っ!


「穂寿美っ!」

「え…?」


居てもたっても居られなくなり、年甲斐もなく走りだして穂寿美を抱きしめる。

この柔らかさも、匂いも、穂寿美の物。

会えた。漸く会えた。

4年ぶりの穂寿美。本物の穂寿美。

夢じゃない、本物。


「なぁ、穂寿美。会いたかった。もう二度と離さねぇから」

「は、ねおか、くん?」


そんな顔すんなよ。驚きすぎ。

まぁあれから結構経ってるもんな。驚くのも無理ねぇか。

穂寿美の居ない今日まで、俺は色んな事をした。

穂寿美との時間を邪魔しそうな奴らは皆消した。古田という、桜子の付き人も。

桜子に借り作っちまったが…まぁそれはどこかで返せばいい。

あとは…親父とお袋の説得。あれは脅しに近いな。でも仕方ないだろ?穂寿美との結婚を認めてくれねぇんだ。家柄重視なんていまどき流行らねぇってのに。


あー、にしても穂寿美の奴…もう大学生だっけか?ははっ、此処大学の前だからそりゃそうだよな。

すっげー綺麗になった。昔の穂寿美も可愛いけど、俺の記憶よりも幼さが抜けてて、離れてた時間を実感する。

見た感じ色気も出てきたか?俺と再会する時の為に自分磨きしてたとか…おいおいなんだそりゃ可愛過ぎんだろ。俺を殺す気かよ。

…浮気だったら勿論お仕置きだけどな。


「なんで、どうして」

「?なんだよ、なんかおかしいか?もしかして具合悪いのか?顔色も悪いし…」

「違う、違うよ羽岡君」

「あーそれ、その羽岡君って止めようぜ。なんか余所余所しい。前みたいに帝臥君って呼んでくれよ。」

「どうして、どうして此処に居るの?」


え?どうして此処に居るのか?

分かってないのかよ!?鈍感だなぁ穂寿美は。

そういうところも勿論愛してっけど、偶にイラってする。

それぐらい分かれよ。俺だって本気なんだぜ?

遊びなんかじゃない。罰ゲームでもない。

あの日、偶然の女神様とやらは、俺にとっては確かに縁結びの神様だった。

そんな風に結ばれた糸を、手放すわけがないってのに。


「迎えに来たんだよ。色々整ったから」

「整った…?」

「俺とお前を引き裂こうとする全てを、潰した。それだけだ。それだけでこんなに時間が経ったけど、そのおかげでもう結婚も出来る。」


婚姻という鎖で繋いで、一生離さない。

これで穂寿美は俺の物。

漸く、俺の思い描いた幸せが手に入る。



「でもまぁ、手順はちゃんと踏まないとな。こんな所でムードの欠片もねぇけど」

「え…な、何言って」

「穂寿美」


ポケットから出す小さな箱。

中には勿論、お前を繋ぐ為の―――


「結婚してくれ」




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