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「―そして幾星霜、こうして私は、子猫たちに囲まれる幸せな生活をおくっているのでした」
「……ひとりで何を呟いている」
ぼそりと呟いたひとりごとに、目の前にいた美形さん――雇い主であり、私のマスターである「ラヴィッシュ」さんが、眉を寄せて問いかけます。
思わずため息が漏れます。人形態なんですもん。虎形態でいてくだされば、もう、なでまくってこねまくって、もふもふしまくるというのに。
いいえ、そうでなくとも、せめて耳と尻尾をだしていてくだされば――もう少し私も、優しく対応できるというのに。
美形なだけの人間になんか、用はありません。
「いえ、なんでもありません。マスター、ご用は?」
そのまま、彼を見据えて淡く笑みを浮かべます。
もちろん、作り笑いですよ! 笑顔は子猫ちゃんのためにあるのです!
トリップして早1年、侍女としての作法もそれなりに身につけました。
社交辞令もばっちりです!
お勉強もしました。文字も覚えました。礼儀作法もがんばりました。
そう、すべてはねこさんたちのため! もふもふは正義! ふかふかは正義!
イエス! そのためならば私はなんでもできるっ!
――おかげで、もふもふねこさんに囲まれ堪能する生活です。
肌つやもよく健康そのものの生活をしております。
これ以上の幸せがあるだろうか、いやない。うふふふふふふ。
マスターは、そんな私に、深々と、ため息を漏らします。
「用がなければ声をかけてはならんのか?」
「いえ、そんなことはありませんが。――職務中ですので」
訳:私と子猫ちゃんとのラブラブタイムを邪魔するな、ですよ!
心の声が聞こえたが、露骨に呆れたような表情の彼は、深くため息を漏らし。
「では、職務が終わったら、部屋に来るがいい」
「何故ですか?」
「……本性の毛づくろいをしたくないか?」
「っ、よろこんで!」
それならば、とんで参りますとも!
きらりと輝く視線を向ければ、再び落ちてくる深いため息。
なんですか、なにか文句がありますか。
む、と、僅かに眉間に皺をよせると、マスターはゆっくりとこちらに近づいてきます。
なんでしょう? なにか? って、近すぎませんか? なにごとでしょう?
そのまま彼の腕が伸びて、私を引き寄せようと――。
「にゃぁ」
「っ、きゃぁぁぁぁ、ミルティちゃん、ごめんなさいね、お世話の途中だったわっ」
白いねこがするりと横から顔を出して、私に声をかけてきました。
ああ、ミルティちゃん、可愛いミルティちゃん。すぐにお世話をしてあげなくては。
近づいてきたマスターの手をするりとかいくぐり、白い子猫を抱きしめます。
かいぐりかいぐりと子猫を抱きなでる傍らで、マスターが中に浮いたままの自分の手を、じっと見詰めています。
「……どうされたのですか?」
撫で撫でする手はそのままに、どこか意気消沈した様子の彼に、問いかけました。
「いや……いい。あとで部屋に来るのを、忘れるでないぞ」
それだけいうと、くるりときびすを返し……あら、マスター、尻尾が出てますよ。しかも、項垂れてます。まるでイヌみたいですよ、マスター。
よくみると、耳も……あれ、項垂れてませんか?
「どうしたんでしょうねぇ、ミルティちゃん。マスターったら変ですねぇ」
抱き上げて目を合わせながら声を抱えて、ねー、とミルティちゃんに首を傾げて見せると、ミルティちゃんはちらりとマスターの方をむいて、ふん、と鼻を鳴らしました。
「まぁ、ミルティちゃん、器用なことできるのねぇ。さ、お世話しましょ」
抱き上げたままゆっくりと立ち上がり、猫達がたくさんいる部屋のなかへと笑み崩れながら、私は足をすすめるのでした。
立ち去ったマスターががくりと肩をおとして
「どうしてあれほど、差がでるのだ……何故、本性でなければならぬのか……」
なんて、真剣に呟いていたなんて、私にはこれっぽっちも知る由のないことですよ!
ついでにいえば、この屋敷にいる「ちいさきもの」が、子猫なんかじゃなくって、実は獣人に変化しうるそれぞれの族の子供達で、ミルティちゃんやそのほかの子達が、やがて大きくなって人化するようになってしまう、なんて――。
「ああっ、ふぁねるくんっ、今日も可愛いっ、最高よっ。あああっレィシアちゃんっ、今日も女王さまみたいで素敵っ。っ、きゃぁぁぁ、チルシャちゃん、いやん、おなかなんてみせられたらおねえさん、我慢できないっ。あん、もちろん、ミルティちゃんもだいすきよ、らぶよっ、あいしてるわっ。ああもう、この仕事、最高っ。異世界ばんざ~いっ!!」
もふもふな子たちに囲まれて、日々悶え暮す私には、思いもよらないこと、なのでした。
おしまいっ。