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「――リン」
じっと私を見つめるマスターの視線は、まっすぐ私を捉えています。けれどその真摯な瞳の奥にみえる揺らぎは、いったいなんでしょうか。ああ、もしかしてこのかたも、不安なのでしょうか。まっすぐに見つめるマスターと、その横にリオル様、そして、ミルティちゃん。答えを、と静かに迫るその周囲の空気に、なんだか私はいたたまれない気分なのですが。なんですか、この空気は。っていうか、なんというか、同僚のみなさん、そんな固唾を飲んだように見つめないでください。え、ブルネイちゃん、なんで睨んでますか。睨んでるんですか? 嫉妬ですか? 嫉妬なんですか? ……いや、違いますね、その視線は『マスターの申し出を断るなんて許せない。でも、ミルティを悲しませるのも許せないんだから!』 ですね。え、ちょ、無理。選べっていわれて、選んだとして、その両立は、無理、かなり無理です。
それに――そもそも、ですよ?
いきなり選べって言われて、普通、そう簡単に、選べますか?
トップバッター、リオル様。獅子族族長にして肉食系男子。ハーレムを持つ美形なのに、どこか獲物臭のする残念な美形です。もれなくおねーさま方がついてきます。おうふ、このお姉様方がついてくるのは魅力的ですね。
続いては、アイラブミルティちゃん(の残念ながら人型バージョン)。猫族の次期族長候補さんです。子猫バージョンのミルティちゃんなら、問答無用電光石火でよろこんでー! ですが。ツンデレショタっ子は、確かに萌えますが私ショタ属性じゃないので萌えるだけなんです。観賞用? それにしても、これまた将来が楽しみなびじんさん。ツンデレなところが玉に瑕かな? それにしても、ミルティちゃんとブルネイちゃんが姉弟とは。不思議なものです。
そしてラストは、我らがマスター。虎族の族長にして、猫科の小さきものたちの世話を引き受ける人。美形なのですが、超美形なのですが最近どうもヘタレっぽくみえてしまう、こちらも残念美形です。――ですが、とても優しい方です。私を保護してくれた、大きな虎さんです。
と、いうわけで。
この中から、選ぶそうです。
何を? 番いを。つがいって、結局あんなことやこんなことをする相手ですよね? あ、いや、それだけじゃないことはわかってるんですがどうしてもどうしても、番いって言われると、そういうイメージしか浮かばないってことで! あう、こんなふうに言うと私がなんかそればっかり考えてるみたいじゃないですか! いやそうじゃなくて、ええと、ええと。
それを、選べと?
わーいっ、よりどりみどりーっ!!
って!!
「――無理!」
そう叫んだ私は、悪くないと思いませんか。思いませんか!
唖然、としている目の前のメンバーに対して、お姉さまはさすがでした。
「あらあら、無理、ですって。どうなさるの、みなさま」
クスクスと笑いながら、そっと視線を流す様などは、この上なく美しい!! これが正しく流し目というやつなのですね。ああ、お姉さまどこまでもついていきます! という気分になってしまうのは何故ですか。どんだけですか。私に魅了でもかけてるんですかっ。うわーい、よろこんでっ。
「無理、だとさ。どうする、ラヴィ」
こちらもまたクククと楽しげに笑いながらリオル様。あ、一瞬唖然とされていたようですが、向かいがわグループの中では一番に回復をなさいました。すごいですねー。
ぎぎぎ、と、音でもしそうな動きでリオル様をみるマスター。それに追い打ちがかかります。
「無理、だってさ」
ふん、と、鼻を鳴らしながら(あ、この仕草、猫の姿の時と同じ感じです!)ミルティちゃんがいえば、そちらをギギギと振り返るマスター。
……なんですか、この超な残念感は! 美形なだけに、余計に気の毒というか悲しいというか、そんな感じです。
そのまま、ギギギ、と、こちらを向いたマスターは、じっとどこか潤んだようにすら見える目で、私を見つめます。
「……我が、嫌いか、リン」
――っ、なんでしょう、涙目上目遣いとか、卑怯ですよ。似合わないですよ! っていうか、ネコ科ですよね? ですよね? なぜかたれた耳と尻尾が見えるきがするんですが、それって犬のサインじゃないんですか? いや、実際には出てないんですよ、マスターは。ただ、そんな幻想がみえてしまうくらいのしおれ具合、というやつですね!
ああ、でもでも、でも、無理、無理なんです。
「リン、俺ならいいだろっ。いや、別に選んで欲しいわけじゃないけどさっ」
「なに、その者たちを気に入ったのならば俺のところならばよいだろう?」
しれっと、何参戦してくれやがってますか、リオル様にミルティちゃん!
ああ、もう、もう、ダメです。無理です、限界です! きゃぱしてぃおーばー、ってやつでございますよこんちくしょーっ。
「じ……」
じっと見つめる視線から逃れて、うつむいて、なんとか言葉を絞り出します。
「………じ?」
見つめながら問い返えされます。ううう。
「実家に、帰らせて頂きます!!」
うわーん、お家かえるー!! と泣きだした私に、あわあわと慌て出すマスターとミルティちゃんに同僚さんたち。
あらあらまぁまぁ、と、頭や背中を撫でて慰めてくれるお姉さま方の手は優しいけど、もう、無理ですっ。
「――どこに帰るというのだ」
ぽつんと、マスターが呟いた言葉なんて、無視です、むしむしむし!!
だって、わかってるはずですもん。マスターは、ご存知ですもん。
――私に帰れる場所がない、なんて、そんな当たり前のこと、なんて。