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と、チッ、と舌打ちの音がしました。
「だから、追い詰めんなっていってんじゃんかよ! それが族長って立場にある人間のやり方かよ!」
ミルティちゃんの声がします。
それに何も答えない、リオル様。どこか緊迫した空気の中で、静かに、マスターの声が響きます。
「違うだろう。族長であるからこそ、リオルはそう口にしたのだ。そう言わざるを得なかったのだ。――それが分からぬか」
は、と、顔を上げれば、どこかこわばった表情のマスターと、表情を替えぬままのリオル様。その向かいで、ぐ、と言葉に詰まったような顔のミルティちゃんがいました。
「いや、そこまで買いかぶられることではないがな。まあ、誰かが憎まれ役を買うなら、俺がいいだろう?」
そういうと、いままでの真面目な顔を一気に崩し、ニヤリ、と、笑うリオル様。その瞬間、少しだけ空気が緩んだ気がして、ほっと息を付きます。そんな私を宥めるように撫でてくださるお姉さま。ああ、うん。心配されてるのですね。心配してくださってるのですね。マスターも、どこかキリッとそれだけのことをいいながらも、こちらに対して気遣わしげな視線をむけておられます。
「――本来なら、我が話すべきことだった。感謝する、リオル。――さて、リン」
名を呼ばれて、マスターに視線を返します。まっすぐに向けられる視線。揺れながらも、真摯な光のある視線がこちらに向けられます。
「はい。――マスター」
そっと返事をすれば、すっと、柔らかに目を眇めて。
「急なことで、混乱させてしまったな。すまぬ。 ただ、勘違いしてほしくないのは、我はただ血が欲しいだけで、そなたを欲しているわけではない、ということだ」
――はい。
言葉にならない返事を、うなづきながら返します。ただ、子が欲しい、という意味ではない、というのは、なんとなく、分かります。それはそれで、なんだかはずかしいんですけどね! いや、そんな場合ではありませんでした。
「まてよ、それなら俺もだ。べ、別に、何がなんでもお前がいいってわけじゃ、ないからな! ほっとけないだけだから、な!」
追従するように、名乗りを上げながらも、どこか焦ったように言葉を足すミルティちゃんの声。
このツンデレショタっ子め! 萌えさせてどうする気だ! 萌えただけじゃどうにもなんないぞ! 猫バージョンでスリスリされたらほだされるけど!
だけど。
――ああ。もう。
どうしたらいいか、なんて、ホントはよくわかりません。わかりませんったらわかりません。けれど、少なくともただ子どものためにと思っているわけじゃない、といわれたら、少しだけほっとできたような気がします。
――少なくとも、私は道具ではないのだ、と、思えますから。
「まあ、俺は子が欲しいだけだがな」
ちょ、リオル様、だいなしですよ!
すごい勢いで、マスターとミルティちゃんが、リオル様の方を向いたじゃないですか。後ろの同僚さんたち、地味にあちゃーという顔をしておられます。というか、激しいリアクションじゃないんですが、細かく反応なさる背後のみなさまってば、もしかしなくても結構な芸達者なのではないでしょうか。あ、そんなことはどうでもいいですね。と、力を抜くようにふう、と、息を付けば、お姉さまが楽しげに笑い声を漏らしておられました。
ちらり、と、そちらを向けば、お姉さまは僅かに小首をかしげて――ちょ、セクシーなお姉さまのその仕草って、ものすごい破壊力ですよ。セクシーなのにカワイイ。色っぽいのにカワイイとか、そんな、最高じゃないですかっ、最強じゃないですかっ――こちらを見ておられます。
「別に、子はなさなくても、私たちの所に来る、という選択肢も、あるわよ?」
楽しそうに目を細めて、そっと囁くお姉さま。それは、それは、もしかしなくとも――逃げ道を、残してくださってるのでしょうか。いえ、つい、脳内でセクシーお姉さま方に囲まれてハーレムな私! とか、セクシー獅子さんに囲まれてハーレム! 肉球ハーレム! とか、思ってません。思ってませんよ! 思ってませんったら! ――やばい、それって、すんごい誘惑です。
その言葉に、こちらを向くマスターとみなさま。――なんですか、その振り回されっぷりは。コントですか? ここはコント会場ですか? と、思いつつも、ぐっ、と鋭くなるマスターとミルティちゃんの視線を、ふん、と艶やかな流し目で受け流したお姉さまは、そっと私の耳にささやくのでした。
「選ぶのは、あなた。私たちは、あなたを守るわ。――母なる落人よ」
あああ、やめて、やめてください、これ以上の謎は、お腹いっぱいです!!
母なるってなんですか私まだぴちぴちですおねーさんです小娘です母って母って母って、そんなのちょっとまってくださいーっ。
きゃー!! って気分で頭を抱えれば、よしよしとその頭を撫でてくださいます。
もう、もうもうもう! むしろおねーさま方が、おかーさまみたいですよっ!!
混乱しながらも、ついつい、脳内で、小さきもの(子猫系)ハーレムと、おねーさま(セクシー大型ネコ科獣)ハーレムを、天秤にかけて悩んでしまう、私なのでした。
――どっちも捨てがたいよね!