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「そうね。まあ、それでも、話ぐらいは聞いてあげてちょうだい?」
私のカオス発言がうけたのか、楽しげにクスクス笑いながら、そっと私の頭を撫ででお姉さまがそう促します。ああ、気持ちいーですよ、お姉さま。ってか、うーむ、聞きたくない気もしますが、ここは聞くべきところですね。しかたがないので、静かに頷いて、じっとリオル様、マスター、ミルティちゃんの顔を順に眺めます。改めて考えれば、ネコ科2族の長と更に候補、揃い踏みですね。あれ、これってこの世界の若い娘さんにしてみれば、垂涎の的って感じの状況なのでしょうか。エリート的な? まだこの世界のそのあたりの仕組みは詳しく理解してないので、どういう立ち位置なのかはあまり理解できてないのでいまいちピンときません。
と、ぼんやりしている私をよそに、状況は進んでいきます。
「ラヴィ、ラヴィ……駄目だ、戻ってこないな。仕方がない。ざっとだが、俺から話させてもらう」
ショックを受けたまま固まるマスターに、リオル様が声をかけるものの反応はありません。というか、お二人、仲がよくていらっしゃますよね。私のお友達の某女史だったら、きゃーきゃーと、お前らくっついちまえよ! っていいそうです。そういえば、友達や両親はいまどうしてるのでしょう。と、考えてしまうと危険ですね。それに、いま、それは関係ないことなのですが。ふるふると、一度頭を振って切り替えます。考えてもどうしようもないことで落ち込むような内容のことは、考え内に限ります。
っていうかですね、うーむ、マスターったら。そんなにショックだったのかしら。と、思ってると、一度咳払いしたリオル様は、今までのニヤニヤ笑いを引っ込めて、真面目な表情でこちらへ向き直りました。
おお、そうやってキリっとなさると、なかなかですよリオル様。先程までのなんだか間違った残念肉食美形な感じからそれなりに肉食美形にみえます。っていうか、あれですよね、もう少しお年を召されたら、もっとステキになりそうな予感。いまは少し残念度が見え隠れしますが、少しお年を召されると、渋さが加わってワイルド中年になる、という感じでしょうか。そんな風に思ってれば、その内心が漏れたのか、お姉さまがうれしそうにそっと微笑みます。ああそうですね、お姉さま方が「選んだ」方ですものね、と、納得しつつ、じっと視線を返します。
そうして、微妙は空気と微妙な緊張感の中、リオル様は静かに語り出したのでした。
――まぁ、お話の内容はちょっとややこしいのでかいつまんで話しちゃいますね。
ここしばらく、もう100年くらいか、獣人族の中でも、人に転化出来ない子どもが増えてきた、そうです。その子らは生来の獣と同じではなく、知能は高いのだけれど、やはり獣人としては生きられず、転化できない種としてある種のコミュニティを築いているのだとか。そうなると、今度は、そのコミュニティに転化できる子どもが生まれた場合が問題となってくるわけです。ぶっちゃけ、両親が転化できないのに転化できる子が生まれると大変で、同じように生活は全く不可能ではないものの、いろいろな事情、その中にはハッキリとは言葉にされませんでしたが差別的なニュアンスも含まれていました、で、なかなか難しい。ゆえに、小さきものたちが保護されているのは、つまりはそういう育てられない親から子どもたちを保護し預かり育てることからでもあるのだ、とか。
さて、ここで、一番重要なのは、何故転化できないのか、という原因についてだけれども、ハッキリとしたことは分からないのだとか。推察として、人族の血が薄れているのではないか、という意見が多く出ているのだという。
実際、過去の落人が来た頃には、獣人族は多くいたとかなんとか、よくわからないけれどそんな話を聞かされて。
そこまで来れば、まぁ、うん。言いたいこと大体わかってくるよね。
分かりたくなかったなぁ、と、思っていれば、リオル様は再びあの、ニヤリとした笑いを浮かべて。
「ゆえに、ラヴィは――そして、我らは、落人の血を欲している。ラヴィとつがうか、我らのもとに来るか――まあ、少々若いが、このミルティを選ぶことも構わぬ。当座この我ら3人の中から、番う相手を選んでもらうこととなるだろう。さすがに、他の属に渡せるほどの余裕も、我らもないからな」
そう、告げたのでした。
――どうしろと?
最初に浮かんだのはそのフレーズです。まず、他の属に渡せない、というのが、どうなのかしらという。結局、他の属に取られては困るから番って欲しい、ということなのでしょうか。それはなんだか、少し、いえ、かなり悲しい気がします。政略結婚的な? それを否定するつもりはないですが、なんというか、この世界にきて、この虎族のみなさまに囲まれた中で、それなりに楽しく打ち解けて過ごさせていただいていた、と、思っていただけに、もしかすると私の価値はそれだけしかなかったんじゃないか、と、そんなふうに思うと、さすがに悲しくなります。
いくら私がのーてんきでも、色々思うところはあったりするのですよ!
表情が曇ったことに気づいたのか、お姉さま方は気遣わしげに、私を伺います。ミルティちゃんも、そして、戻ってきたらしいマスターも、それに気づいてか、心配そうにこちらを見ています。
その中でただ一人。リオル様だけが、まっすぐに、ただまっすぐに、真剣な表情のまま、私をみておられました。
ああ、それほど大事なことなのだ、と、そう思いながらも、私は、答えることが出来ずに、その視線から逃れるように、俯いたのでした。