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「チッ、ちょっとまったぁぁぁぁ!」
と、そこに割りこむ若い声。え、な、なに、なんですかっ?! 聞き覚えのない声に、焦ります。だって、ほら、私、なんていうか、実はこのお屋敷からほとんど、というかむしろ全く出たことなかったりするんですよっ。もう結構この世界に来てなるわけですが、ずーっとこのお屋敷にいるわけで、この屋敷にいる人であればほとんど知らないということはないですし、まして聞き覚えがないということはもっとない、はずなのに。聞き覚え、ないんです。こんな若い子の声、今まで聞いたことありません。
若い。――若い?
かち、と、どこかでパズルのピースがハマるような音が聞こえたような気がしました。
それを裏付けるかのように、目の前の3人のあたりが淡く光り始めます。
光るのは、変化の印。
そう、誰かが変化しようとしているのです。
「待てと言われてるぞ、ラヴィ」
クックッと、まるで悪役のような笑いを含んだ声で、リオル様はいいます。そして、その視線は、光のほうに向いてます。
目の前には、リオルさま、それに、マスター。ということは、必然的に、残りはひとりです。
「しかし、いきなり番になってくれなどと……それはないだろう、ラヴィ」
それを無視して、呆れたようにリオルさまが話を続けます。
え? え? 変化はするーですか? と周りを見回します。そんな私に向かう視線は同情が含まれているような生暖かいものになっています。
うわ、嫌な予感しかしなのですがっ!。
というよりも、です。
マスターっ! 今の発言はなんですかっ。
いったい、いきなりなんだっていうんですかっ!!
っていうか、あの、あとから続いた声って、誰ですかっ?
軽くパニック状態で、目を白黒させていることしか出来ない私を、それまで黙って様子を伺っていたらしいお姉さまが、そっと撫でてくださいます。
深々と、それはそれは深くながぁぁぁい溜息をつきながら。
あ、ちょっと気持ちいいかも。最近、撫でられぐせがつきつつあるような気がします。ネコ科のみなさまに猫のように撫でられる私。なんでしょう、このカオスな感じは。気のせいでしょうか。気のせいにしておきましょうっ。気のせいってことで!
と、そんなこんなしてるうちにも、光は次第に治まってきて。
えええい、もうっ、いったい何、なんですかっ。なんなのですかっ。
軽くいらっとしながら、睨みつける勢いでそちらに目を向けたのですが。
「……え?」
そこには。
少年がいました。銀髪碧眼。緑の目の鮮やかな、年の頃は12・3でしょうか。半ズボンがよく似合う、ショタ好き垂涎な感じの、小生意気な少年が、両腕を組んでむっすりとした顔でこちらをみているではありませんか。
え。えーっと。
「ちっ、なんだよっ。お前ら本当に、馬鹿だろ? 馬鹿なんだろっ。勝手ばっかり言いやがって!」
まるで毛を逆立てんばかりの勢いで、ツンツンと、リオルさまとマスターに、少年はそう言います。おうふ、一応、彼らエライ人ですよね? 確かそうですよね? その方たちにそれほどの口をきけるとは、この少年は一体何ものっ?!
唖然と見つめる私に気づいてか、少年はこちらを見ると、一瞬、チッ、と軽く舌打ちしたあと、視線を逸らしながらツブヤキます。
「べ、別にお前が心配とかじゃないんだからなっ。ただ、お前はまっすぐに俺たちに接してくれたから……暑苦しかったけどなっ」
ちょ。なんですか。ツンデレショタキタコレ、って私いえばいいんですかっ? なんでしょう、この、微妙にブルネイちゃんに似てるような言動は。もしかして、もしかすると、血縁者ですかっ? そんな素振りはなかったですけどっ。え、でも、そうなると、なんでこの子は偉そうなんですかっ? 誰かー、誰か、頭が混乱しまくりですっ。へるぷみー! ですっ。
「ミルティ! なんてことをいうのですっ! 言葉を慎みなさいっ」
そこに出てきたのは、ツンデレブルネイちゃん。きっ、と、ミルティちゃんを睨みつけると、ぐいっと頭を押さえるようにして下げさせます。
「申し訳ございませんっ。主さま、獅子の当主殿」
「ってて、な、なんだよ、姉さん」
やっぱりですか!! とひとり興奮する私をよそに、リオル様はニヤニヤ笑いながら答えます。
「いや、お気になされるな。猫族の主たる血筋の娘。そのものも、成人した今となれば、猫族のあるじたるもの。我らと対等であるのだから」
……すみません、私、最近耳が故障しているようです。え、どゆこと。ミルティちゃんは、猫族の当主? え? で、ブルネイちゃんは当主の血筋で、でも侍女さん? え、え?
たすけてー、情報がいっぱい過ぎて整理できないよ助けてー、と遠い目をしていれば、深々とリオル様に礼をしたあと、こちらをちらりとみたブルネイちゃんは、頬を少し赤くしながらそっぽを向いて。
「べ、別にあなたにも悪いとは思ってないことも、ないんですからねっ」
ああ、うん、この人達間違いなく姉弟だなぁ、と、なんかすこんと、力が抜けた私なのでした。