17
「えら……ぶ?」
それは、この部屋に来る前から、お姉さま方に何度か言われた言葉です。
選ぶのは、私だ、と。
そう。
お姉さま方は、繰り返し繰り返し、私に告げました。
でも。
――いったい、何を、選ぶというのでしょう?
私は、その意味を、理解していたつもりでした。ハーレムに入るか入らないか、とか、どちらの庇護下に入るのか、とか、意味合い的には、そういうことだと思っていました。その上で、その先のことを、どうするのか選ぶのだ、と、思っていました。
でも。でもですよ?
目の前には、マスターとリオル様と、そして――ミルティちゃんが、います。
ああ、ミルティちゃん。相変わらず愛らしくてプリティで、誰よりも可愛くて、ええ、らぶっらぶですけれども、大好きです、大好きデスヨっ! でも、でもっ、けれどもっ!
それとこれとは、ちょっと違うって感じで。感じで。
――だって、そういうことじゃ、ないんですもんっ。
ええと。
これは、いったい、どういうこと、なのでしょうか。
「ああ。そうだ、リン。選んでほしい」
静かに、けれどどこか重々しく、マスターが答えます。真っ直ぐな視線。私に向けられる、何かが伝わってくるような、そんな視線です。いままで、何度も同じような視線を、マスターから向けられていた気がします。いいえ、向けられていました。ええ、わかってます。いいえ、いいえ、わかってました。わかっていたんです。でもでも、でもっ。
――なんで、なんでそんなに、今回に限って、切羽詰まったようなお顔してるんですか、マスター。
マスターに、そんな顔は似合いませんよ。似合わなすぎですっ。
なんて。
息を吸って、はいて。吸って、はいて。混乱し乱れまくるあれこれを、ゆっくりと、落ち着けます。すってー、はいてー、ひっひっふーとはいいません。いまはそんな場合じゃありません。いや、いってますけど。いや、うん、混乱バンザイっ。っていうか。うん。落ち着け、私。落ち着くの。落ち着くのよ。
そう、そして――。
「何を、選べとおっしゃるんでしょう? いったい、私に、何を」
何を、求めていると、いうのでしょう。
そう。問題は、そこなのです。ひっひっふーとか、混乱とか、そうことじゃなくって! 大事なのは、そこっ、そこなのですよ!
そこがわからないままじゃ、答えなんか出るわけがないんです。出せるわけが、ありませんともっ。
まっすぐに、ただ視線を返します。茶化さずに。まっすぐに。
――多分、これまでで、こんなに真剣に向き合うのって、はじめてのことだと思います。うん、たぶん、間違いなく。
だって、私、逃げてましたもん。ぶっちゃけ、ひたすら、逃げてました。だって、怖いじゃないですか、現実を直視するのって。まっすぐに受け止めるのって、怖いじゃないですかっ。逃げて何がわるいってんですかっ。防衛本能ってやつですよ。平穏バンザイっ、穏やかバンザイっ。悩みなんかいらないっって感じですよ! うん。だから、だから、私、一生懸命、逃げてました。もうほんっきで、逃げまくってました。だから、いつも、茶化して。のりと勢いで、いままで、やってきました。
いや、それって元からの性格じゃん、といわれればそれまで、ですがっ。
それも否定しきれないところが、私ってばもしかしなくとも残念な子? 残念な人? ってな感じですね。はい。
あうち。
そんな私の内心ひとり漫才は、あとにして。
私の問いに、一瞬息を飲んだマスターは、しかしすぐに気を取り直したように真剣な表情で、口を開こうとして――すぐに閉じました。
え?
ええっと。それは、言葉がでない、といった感じでしょうか。開いては閉じ、開いては閉じ、と、繰り返す様子に思わず、訝しい目を向けてしまいますよっ? ぱくぱく、って、なんですか? どゆことですかっ? 金魚の真似でもなさってるつもりですかっ? あなた様は、虎でしょ、虎っ。そんな風にパクパクしたところで可愛くなんて……ないこともないですけど、ちょっと方向性が間違ってると思われますっ。至急改善を要求しますのことよっ!
むうう、と、睨みつけるかのように、視線をむけてしまいますですよっ。もうっ。
すると、マスターの横から低い笑い声が。ああもう、無駄に低い声で、楽しげな割に実は印象薄いリオル様ですねッ! ってか、お姉さま方のインパクトが凄すぎて、時々存在を忘れてたのは秘密ですよ、秘密っ。
「形無しだな、ラヴィ。お前がいえないなら、俺から伝えるが?」
ニヤリ、と、文字通り肉食な笑みを浮かべておられるリオルさま。うん。かっこいいんでしょうが、基本的にかっこいいんでしょうが、お姉さま方の影響やらあれこれで、どうにも私の中では、ずれた人のような印象になってしまってます。こう、カッコつけてる? 頑張ってる? むしろ、お姉さまの手のひらの上でころころりん? あ、想像したら、なんだかちょっと涙がでそうです。肉食系男子も、肉食系女子の前では形無しなのでしょうか。
「いや、結構だ。――リン」
唸るような声とともに、そうマスターが、言葉を返します。
やっと、お話になるのでしょうか。なんだか間延びしてて、ちょっとあれですよ、緊張感だいなしですよ。ほら、後ろの同僚のみなさまも、どことなく呆れたような生暖かい目を向けて居られます。ミルティちゃんったら、アクビなんてしちゃってっ。もうっ、可愛んだからっ。
なーんて、言ってられたのは、そこまででした。
「リン。どうか、我の番になってくれぬか」
「――は?」
鳩が豆鉄砲を食らったら、こうなるのでしょうか。
マスターの爆弾発言に、呆然とするしか、ない私なのでした。