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さてはて、まあ、そんなこんなで。
っていうか、いったいそれは、どんななんだ、っていう野暮なツッコミはこの際おいておきましょう。ええ、ぽいっと。ぽいっとね。
やっと、なんとか、必死に、隠れながら、着替えを終えて、お姉さま方とともに、別室へと移動しました。
……着せ替えようとなさるんですもの。きゃっきゃとゴキゲンで、脱がせようとなさるんですもの。しくしく。さすがに心からご遠慮申し上げ、気合で逃げて着替えましたとも! 見せられませぬ、つるんなんて! いや、つるんじゃない、そうじゃないんだ! ってちょっとしつこいですね。はい。
で。
この部屋は、昨日のお部屋です。再び、まるでお約束といわんばかりに、ナチュラルに席へと促されるのを、固辞して下がろうとはしてみました。
が。
さり気なくお姉さま方にそれぞれの腕を取られ、気がつけば、さあさあさあ、とばかりに、お姉さまハーレムのどまんなかに、すわらせられていました。
え、えええっ? ここ? ここなのっ? いつも勧められるマスターの隣とかじゃなくって、今日は、ここなんですかっ?!
私の周囲には、両サイドにそれぞれ二人、更には背後や周囲にがっつりとお姉さま方、そして、向かいにはリオルさまとマスター。そして、そのマスターたちの背後には、我らが同僚の侍従や侍女の皆様。微妙に、後ろの同僚の方々のお顔が、こわばってるように見えるのですが、なぜでしょう。何故なのでしょうっ。え、な、何かまずいですか何か有りましたかっ? むしろ、私がここにいるのがまずいのですかっ?!!
ううう、っていうか、っていうか、ですねっ。
――みなさま、これってば、いったいぜんたい、どういう構図なんです?
よくわからない周囲の状況に、目をきょろきょろと彷徨わせていれば、そっと、お姉さまが頭を撫でてくださいます。その優しい仕草に思わずうっとり。けれど、あうち、完全に子ども扱いです。超子ども扱いですよっ。うう、でも、抗えないこの誘惑。なんと危険な! くっ、気を逸らさないとハスハスしてしまいそうですっ。
と、再び周囲をきょろきょろっと眺めてみたならば!
あっ、マスターの横に、マスターのおとなりに、私のっ、愛しのっ、マイッラブっ、ミルティちゃんが、ミルティちゃんがぁぁぁ!!
ちょこん、と、おすわりしているではありませんかっ。ちょ、前で手を揃えてるとか、私をどうするつもりなのっ?! そのおしりはなんの誘惑なのっ? 悶え死ねというのっ?! ええ、よろこんでっ!
きゃぁぁぁぁっ、と、思わず口から零れそうになった声は、ぎゅむっと唇を閉じることで必死にガード。ガードですっ。止まれ私の声っ。がんばれ私の口っ。っていうか、息はとめないようにしないとっ。あぶない、苦しくなるとこだったですよっ。 ううっ、私だって、私だってですね、空気を読めるんですよっ。多分っ、多少はっ。場合によってはっ。――よくタイミングはずれてるっていわれますけどねっ。
必死にガードしてふるふるしてれば、やがて動き出した同僚方の手で、素早くスムーズで優雅に、テーブルの上にお茶が用意されましたっ。おおう、プロフェッショナル! 私もこうなりたいものです。ですが、なぜかなかなか機会に恵まれないのですよ。マスターと一緒にお茶すると、マスターが用意してしまうし。困ったものです、なーんて、思っていると、準備が整ったようです。
ふわり、と、いい香りが広がり、ほっと、一瞬、室内の空気が緩んだ、そのときでした。
「リン。少し、話を聞いて貰えぬか」
ちょうどいい頃合い、となったのか、マスターがこちらを見つめて、そう、静かに切り出したのでした。
――ええと、聞かないっていう、選択肢は、ナシでしょうか。
思わず、きょときょとと視線を彷徨わせます。正直、へるぷみ、ってやつですよ! だってほら、シリアス、苦手です。真面目な話、苦手です。真面目な雰囲気って、苦手です。それにこの話題、聞かないほうがいいよ! って、私の中の退化しちゃった本能が、珍しく活動して危険信号をならしてるんですもんっ。
まっすぐにこちらを見つめるマスターの目が、なんだかちょっと怖いです。その隣では、リオルさまが、どこか楽しげな雰囲気で笑みを浮かべてこちらを眺めておられます。その背後では、どこか固唾を飲んだような雰囲気の、同僚のみなさま。
な、なんでしょう、この空気はっ。話って、話って、なんなのでしょう。超、聞きたくないんですけど。マジで、ここからダッシュで逃げたいんですけどっ。かんべんしてくださいよ、マジでっ。
なんて。ただうろたえるばかりの私の肩に、そっと触れる手が有りました。
はっ、とそちらをみれば、リーダーなお姉さま。こちらを見て、優しく微笑んでおられます。
その周囲のお姉さま方も、どこか優しい目で、私をみつめてくださってます。
少しだけ、肩の力が抜けた気がしました。
ぽんぽん、と、二度優しく背中を叩いたお姉さまは、そのままそっと、私を正面へと向きあわせました。
目の前には、マスターと、リオルさまと、そして……ミルティちゃん。
――え?
「大丈夫よ。――いったでしょう、選ぶのは、貴方なの」
そっと頬を寄せるように、顔を寄せたお姉さまは、私の耳に、そうささやいたのでした。