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この世界に、来たとき、ぶっちゃけ、不安がなかった、わけじゃありません。そりゃあなた、私、花の女子高生です。ぴっちぴちです。未成年です。親のスネかじってだらだら高校にいって、きゃっきゃと毎日遊び倒すような、試験前にならないと勉強しないような、そんな、普通の、何も難しいことなんて考えてない、かろうじて受験のこともかんがえなきゃねー、なんて、それでも緊張感もなく思っていたような、そんな小娘です。
そう、小娘なんです。小娘に過ぎないんです。まだ、なにもない、なにもできない、けれど、口と態度だけは一人前な、そんな、ちっぽけな子どもでしかないんです。
子どもとしてしか、生きてきてないんです。誰かの庇護の元、それに気づかずに一人前の顔してるような、生意気な子供でしか、ごく普通の子供でしか、なかったんです。
だから、いきなり、見知らぬ場所にいて。お父さんもお母さんも、兄妹も友達も、誰もいなくて。誰も、誰もいなくて。知ってる風景すら、元の世界を思い起こさせるようなものも殆ど無くて――人が、人ですらなくて――本当は、色々不安で、色々苦しくて、どうしようもなくなってしまいそうな、心のなかが壊れてしまいそうな、そんな気が、してたんです。
でも。
でも、それに捕まったら、なにもかも、すべてが、終わってしまうような気が、したのです。
そうなってしまったら、私が、私でなくなってしまうような、そんな気が、したのです。
だから。
そう、だから。
もふもふな、彼らがいてくれたのは、私にとって、何よりのことでした。彼らのことを考えていれば、彼らのことだけを、その思いだけを大事にしてさせいれば、私はその真っ暗な、どこまでも底のみえない何かに、に捕まらずにいることができたのでした。そう、彼らの存在と温もりに包まれて、私は、それを支えに、ここにいるのです。
だから、私は。
――私、は。
黙りこんでしまい、俯いたままの私の頭を、ゆっくりと、大きな手が撫でます。
ひとの姿の時のマスターの手は、やはり男の人らしく、大きな手です。撫でられるのは、嫌いではありません。まるで小さなころに、大好きだった(そのころは)お父さんに、頭を撫でてもらった時のよう。
――まあ、よくあるごく普通の娘さんらしく、こちらに来る直前の頃の私は、年頃の思春期ってやつでしたから、ちょっぴりおとーさんきらーい、な、時期ではありましたがっ。うん、パパごめん。酷い娘だったね、と、遠い異界の空からあやまっておこう。うん。
まぁ、それはそれとしてっ!
いつも振り払ってしまうのは、ちょっと恥ずかしいからなのですよ。油断すると、泣きついて助けて、と、叫びだしてしまいそうだからなのです。あまり優しく撫でられると、ほろっときちゃいますよね、うん。えと、その、まあ、ちょっぴりうざいなー、って気持ちがナキニシモアラズ、ですが、うん、でも、きらいじゃないんですよ。
嫌いじゃ、ないんですよ。
この世界で。
たったひとり。
私を、確かに、守ってくれる人、だから。
マスター、とよぶのは、冗談でも嫌味でも、ないんですよ、って。
あなたを頼りにしてるんですよ、って。
――言葉にして伝えるつもりは、これっぽっちもないですけどねっ!
んなこっ恥ずかしいこと、無理です。絶対無理です。無理に決まってます。なので、このことは、私の胸の中に封印決定。はい、ってなわけで、なんか思わずシリアスになっちゃいましたが、それはそれとしてっ!
ふう、と、大きく息をはいて、吸って。また、はいて。撫でる手の暖かさを、ちょっとだけ、確認したら。
ていっ、と、手を投げ捨てて、顔を上げて。投げ捨てられた手にどこかたそがれているマスターに、にっこり、笑顔です。
大丈夫。私は、ここで生きていく。――もふもふまみれのこの世界で、悲観なんかしてられるか。毎日もふっと忙しいんだ! あの子もこの子も、そして新しく来る子たちも、私にモフられるのを待ってるに決まってる。だから、だから――落ち込んでる暇なんか、ないのですっ。
にっこり笑って、それから、そんな私達を、どこか楽しそうにニヤニヤ笑いながらみている方を見つめます。
私は、落人です。よその世界からこの世界におじゃました人です。たぶんですが、ここに「ヒト」が来ることには、何らかの意味があって、それをマスターも、この眼の前の方も、ご存知なのでしょう。けれど、それは、今の私には伝えられていません。理由は、わからないけれど、でも、今の私には必要のないことなのでしょう。ならば。ならば、です。
す、と、体を落とし、改めて侍女として最上級の礼をします。
「大変失礼をいたしました。私、こちらで侍女をさせていただいております、落人のリン、と、申します。名乗りが遅れましたこと、心よりお詫び申し上げます」
その言葉に、キラキラ肉食な方は、くっと楽しげに喉奥で笑い、腕を組み楽しげにこちらを眺めていた目を、眇めました。