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猫の世界にとりっぷ!  作者: 喜多彌耶子
猫と虎と獅子さんと
33/55


ぶはっ、と、吹き出す音がしました。


何事!? と、思うまもなく、激しい笑い声が響き渡ります。目の前の肉食系のかたが、お腹を抱えるようにして。笑っておられます。もう、本気で、だいじょうぶですか? ってな勢いで、ヒーヒー言いながら笑っておられます。って、涙目ですか? 涙目になるんですか? そんな濃い顔してて涙目とか、誰も喜びませんよっ。イケメンですからまぁ、見苦しくはないですけどね? でもっ、そこまで笑いますか? 笑うんですか? 周囲のお姉さま方も、さすがにこちらは激しくはありませんが、どこか上品に楽しげな笑い声を漏らしておられるではないですかっ。


えーっ?

私、何かやらかしました? そこまで笑われるようなこと、なにかしましたっけ?


思わず首をかしげつつ、マスターをみます。どういうことですか、マスター? と伺えば、それはそれは、もう、ふかぁい溜息とともに、ぽんぽん、と、頭を撫でてくださいました。ちょ、なんですか、子ども扱いですかっ? ペットですか? もうっ。


ぺいっ、と、手を払いのければ、更に大きくなる笑い声。なんですか、なんなんですか。箸が転がってもおかしいお年ごろとでもいうおつもりですか。肉食系のいいたぶんしてるようにみえる男がっ。似合いません、似合わなさすぎですっ。あ、お姉さま方なら可。美しいは正義! かわいいの次に、ですけどっ。



「いやぁ、面白いもん見せてもらったぜ。で、そいつが、落人おちゅうどか? えらくちいさいな」


笑いの名残を残しつつ、まだどこかひくひくさせながら、それでもやっと落ち着いたらしきその男性は、にやり、と、笑いながらマスターに視線を向けます。マスターはどこか不機嫌そうな風情で、一度男をみました。


「ああ、そうだ。この娘が我のもとに来てくれた落人おちゅうどだ」


「へぇ……」


そういうと、男は無遠慮に、こちらへと近寄ってきて、じろじろと上から下まで眺めます。なんですか、なんかようですかっ。あんま見ないでくださいよっ。そんなに見られたって何もでませんよっ。失礼なっ。なんか色々減りそうな気がするので、やめて欲しいんですけどっ。


身の危険を感じるほどではありませんが、なんとなーく、いやんな気分だったので、営業スマイルはそのままに、そーっとそーっと、いっぽ、にほ、と、後ろに下がります。そーっとそーっと、更にずれて、こそっとマスターの後ろへ。背中のシャツをそっとつかめば、僅かにたじろぐマスター。ちょ、いいじゃないですか、隠れさせてくださいよっ。

背中に隠れて、そっと伺えば、笑いを堪えるように口元に手を押させて肩を震わせる肉食系さんと、あらまぁとばかりにほほえましげに見つめる、美女軍団。あう。妙に恥ずかしい気分になって、マスターの後ろに隠れれば、狼狽えたようなマスターがちらりとこちらを見つめて来ます。


その様子をみて、更に激しく肩を震わせていた男性は、やがて区切りを付けるように、大きく息をつくと、ふっと表情を、今までの笑顔から、少し皮肉げなものに切り替えました。そんな顔をすると、ただでさえ肉食系な風情が、よりいっそう際立って、思わず体が震えそうです。


「なるほど。……大変そうだな」


どういう、意味でしょう。

告げられた言葉の意味がわからなくて、じわ、と、不安が湧き上がります。


その思いのままに、ちらり、と、見あげたマスターの横顔は、どこか苦々しく、苦しげで。思わずシャツを握る手に力がこもります。大変、ですか。やはり、落人の保護は大変なのでしょうか。全くの異世界から落ちてきた、異邦人。もしかして、やはり、落人は異物なのでしょうか。この世界の、異物でしか、ないのでしょうか。

考えないようにしてきました。みんなが優しいから、もふもふにかまけて、不安や恐怖から、ずっと目を逸らしてきました。そうでなければ、まっすぐに立てなかったでしょう。気合でテンションを上げなければ、私は、きっと、うずくまってたてなかった。だから、だから、気づかないふりをしていた。見ないふりをしていた。


――けれど、やはり、迷惑な、存在、なのでしょうか。


湧き上がる不安な気持ちを抑えきれず、苦しくなるのを誤魔化すように浅く息を繰り返してでいれば、ふっ、と、吐息を漏らしたマスターが、そっと、髪をすくように柔らかに、穏やかに頭を撫でてくださいました。


ちょっとだけ、ほっとします。すっと、何かが溶けていくような感覚。うん、いつもはぺいって払ってますけど、撫でられるの、そこまで嫌いなわけじゃないんです。ただ、慣れないスキンシップだから、つい、恥ずかしくて、抵抗してしまうだけで。内心でそんな言い訳を繰り返しながらも、撫でられる手に安心します。そう、ここにいていいんだ、と、教えられているような、気がするのです。


赤くなりそうな顔を隠すように俯けば、ぽんぽん、と、二度ほど頭を叩かれて。それでも顔を挙げられずにいると、マスターの声が聞こえました。


「いや。素晴らしき日々だ」


――穏やかで優しい声は、そっと囁くようにそう告げたのでした。





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