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はしって、はしってはしって、白いかわいいあの子を追っかけて。まてー、きゃー、つかまえてごらんなさーいっ、うふふあははー、なんて妄想が一瞬頭をよぎりながらも、走って走って走って、追いかける私から、ミルティちゃんは、時々止まっては走り、止まっては走り、と、まるで私をもてあそぶかのようなそんな動きで、逃げていきます。
ああん、いじわる、小悪魔っ。私を弄ぶなんてっ。 なんてことでしょう! そんなところも好きだー、と、心で叫びながら、日頃の運動不足のせいで、ちょっと苦しい息の下、はぁはぁ、ひぃひぃ言いながら、走って走って走って、やっと追いついたー、と、思ったら。
「ミルティちゃん? ここはマスターの執務室では?」
ちょこん、と、大きな扉の前。重厚な、重そうな、鮮やかな飾りの彫り込まれたとろりとした濃い飴色の扉の前に座ったミルティちゃんのその姿は、後ろの色合いと相まって、この上なく愛らしくつい身悶えそうになりました。ああん、かわいい。ちょ、カメラどこよー! 私にカメラをくださいーっっ。と内心はじたばたしつつも、さすがにここは執務室の前。決して声にも態度にもだしません。それが淑女ならぬ、侍女の嗜みでございます。
が、しかし。そういえば、と、マスターからの連絡が頭をよぎり、首をかしげます。
にゃあ、と声をあげて、扉をタシタシと叩くミルティちゃん。 か、かわいい。かわいい、です、が。
「だめよ、ミルティちゃん、今日はお客様が来られてるんでしょう?」
そういってみても、更にタシタシするミルティちゃん。……タシタシ、タシタシ、と、前足で、扉を叩くのです。たたくのですよ。爪を立てないで。肉球で。 ちょっと扉が羨ましい、なんて思いませんよっ。それよりも、ですっ。ちょ、なんて賢いんですかこの子。普通ならカリカリしちゃいますよ? カリカリってしちゃいますよ。でも、この扉はカリカリしちゃダメ、ってわかってるのか、タシタシしてるのですね。前足が数度、タシタシ、タシタシって、扉を叩くのです。肉球が、肉球がですね、ぽふっと、ぷにっと、ぷにっと……っ!! 愛らしいです。愛らしすぎます。ダメです。もう無理です。無理、ムリムリですっ。限界です……っ!
「あああっ、もうもう、ミルティちゃん、なんて賢いのかわいいの愛らしいの! そんな前足タシタシなんて、肉球でタシタシなんて、くっ、お願い、私をどうかタシタシしてちょうだぁぁぁぁいっっっ!!」
がばっ、と、勢い良くミルティちゃんに抱きつこうと飛びついた、その時のことでした。
ゴイン。
文字にするならば、そんなところでしょうか。
重く鈍い、結構アレな音だとご想像いただければ幸いです。
「……っっ!」
「なんの騒ぎだ。いったい……っっ、リン! どうした!」
開いた扉から現れたのは、麗しのマスターさま。そのマスター様が狼狽えてます。超うろたえてます。でも私それどころじゃないです。それどころじゃないんです。
ちょー、いたい。いたい、どころの、さわぎじゃ、ない。
く……っ、流石重厚な木の扉ですねっ、この私の石頭にこれほどのダメージを与えるなんて!
……うん、まぁ、飛びつく勢いと、向こうから扉が開く勢いとで、しかも重い扉にぶつかったら、そりゃいたいよね、超いたいよね。ちょっと考えたらそんなこと普通にわかるよね。うう、しくしく、と、頭を抑えてうずくまりながら、うなってしまいます。てか、普通にうごけないし。うおおおおお。いたい。
「だ、だいじょうぶか?」
片膝をつき、おろおろとするマスターを、なんとか目だけでも動かしてみあげます。
「…‥いたいです」
うっ、と、何か詰まるような声を上げるマスター。そのまま口元を片手で抑えて、顔をそらしておられます、って、そんなにみるに耐えない顔ですか? ってか、確かにこっちからも勢い良くいきましたけど、扉の前に人がいるかどうかも確認しないで扉を開けたマスターも酷いと思うのですが、そこら辺いかがなものなんでしょうっていうか、痛いです。超痛いです。うう、ぜったい、ぜったいたんこぶできてる、これ。
ぺたりと床に座り込み痛む頭をかかえる私と、その前でうろたえつつも何かに耐えるように口元を押させるマスター、そして、その横で我関せずに顔を洗う、ミルティちゃん。
なんでしょう、このカオス。
「……あらまぁ、いったい何事ですの?」
そこに響くは、つややかな女性の声。自信に満ち、成熟した色香を兼ね備えたような、そんな声がそこに響きました。
――この声、きっと美人さんに違いありません!
痛みを忘れ、がばり、と、顔をあげた私は、危うく上げそうになった黄色い悲鳴を寸でのところでのみこみました。
そこには。
ぼいーんとしたお胸の谷間も美しい、大胆なドレス姿の女性が、見える範囲で2、3名、すっと背を伸ばして艶やかに華やかに、腰に手を当てその素晴らしい曲線を魅せつけるようにたって居られたのでした。
……おおう、ダイナマイツ。