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さて。そして迎えた、お客様来訪の当日で、ございます。
その日は朝から、みなさまどこか慌ただしく、浮き足立ったような空気でございました。
まぁ、私は関係ないんですけどねっ! お部屋と仕事部屋以外には行かないようにといわれて、ちいさきものたちのお世話のみに集中するように言い付かっておりますから。なので、朝からせっせと、ちいさきもの部屋にて、かわいいもふっとらぶっとたちと、のんびりのほほんでれれんと、過ごしておりました。
で。
言い訳をさせていただけるのならば。なーらーば。私はこのちいさきもの部屋から、これっぽっちも、1ミリたりとも、はっきりきっぱりと、外に出るつもりはございませんでした。
ええ、出るつもりなんかありませんでしたとも! ここから出ないですむならば、悪魔にだって魂をうっちゃいますよっ! ってなレベルで、部屋からでるつもりなど、ございませんでした。
ええ、ええ、っていうか誰がでるものですかこんな天国から!
右を見てもにゃん、左見てもにゃん、右見てもふ、左見てモフ、にゃんにゃんもふモフ、そんな幸せな場所から、何故に出る必要があるだろうか。いや、ない! 思わず握りこぶしを握ってしまう、そんな心意気で、私は一生懸命に仕事をしておりました。ええ、仕事をしておりましたとも。少々モフに夢中になってたり悶えまくってたり蕩けてたりもいたしましたけれど、想定の範囲内、通常営業、通常運転でございますですよっ。つまりは、いつもどおりっ。
ブルネイちゃんたちの呆れたような目も、生暖かい眼差しも気のせいに違いありませんっ。全然、ぜんっぜん、余裕ですっ。っていうか、可愛い彼女たちからのそんな視線なんて、私にとってはこの上ないご褒美ですっ。だって、彼女たちも実はもふ成分の一部ですからっ。ビバっ、もふもふ。もふもふっ! 私に幸いあれっ。
けれど。
ああ、けれど、事件は起こってしまったのです。本当に、ほんとうに、些細な、どうしようもない、不可抗力から、私は部屋から出ることになってしまったのです。
そう、私の大好きな愛しのミルティちゃんが。ええ、あのカワイイ白い小さい、ミルティちゃんですよ。ふにっとぷにっと肉球パンチがラブリーな、もうすぐ<ちいさきもの>と呼ばれるお子様期が終わっちゃってここから卒業してしまうらしい、そんなの嫌だ、離れたくないっ、な、ミルティちゃんが、です。そんなあの子が、開けておいた部屋の扉から、するりと、そう、普段なら少なくとも私が一緒の時はそんなことしないのに、そもそも、他の子達も勝手に出ていくなんてことは、特にこういう日には、ほとんどないというのに、ないというのに、出ていってしまったのです。
慌てて追いかけましたとも。そりゃもう、必死で追いかけました。もし、ミルティちゃんに何かがあったらどうします! きっとあんな愛らしい子、外に出たらイケナイ大人に誘拐されてしまうに決まってます! アブナイ人に連れて行かれてしまう前に、助けに行かなければ! え、私が一番危ない? そんなことはありませんよ、失礼な! この、溢れんばかりの愛のどこがアブナイというのですか。
え。いいつけ? 一瞬ちらりと頭をよぎったような気がしないでもないですが、そんなことはしったこっちゃありませんですよ。関係ないってなもんですよ! ミルティちゃんの方が、何よりもどんなことよりも、最優先に決まってますとも!
基本、<ちいさきもの>たちは、部屋と庭で過ごします。単独で館を出歩くことはありません。稀にミルティちゃんが出歩くことはありますが、そもそもからしてあの子が、もうすぐここを巣立つほど大きな子であるからでもあり、また、許可があってのことです。
今日は、<ちいさきもの>たちは部屋で過ごすように、との指示がでております。意外と良い子なみんなは、そういった特別な指示が出た日は、多少やんちゃな子であっても、きちんということを守ります。なんていい子たち! そう。普段であれば、そんな指示があれば、ミルティちゃんだって出歩いたりしないはずなのです。それなのに、それなのにっ。
いったい、どうしたというのでしょうか。
慌てて追いかける私がついてきてるのを、ちらりと振り返りながら確認し(そんな仕草も可愛すぎる!)、ミルティちゃんは軽やかに廊下を駆け抜けます。
白い猫が重厚でつややかな飴色の廊下を、軽やかに走り抜けてゆく美しい姿に、思わずうっとりと見惚れつつ悶えそうになります。けれど見失うわけにはいきません。必死で追いかける後ろから、ブルネイちゃんたちの引き止めるような声がした気がしますが、私は、ミルティちゃんを追いかけるのに夢中で、気づかなかったのでした。
そう、その声に耳を傾けていれば、少しは色々マシだったのかもしれません。マシだったのかもしれません。
ああ。私ったら、私ったら……っ!!
――注意力散漫、はい、そのとおりですっ。