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「では、以上でよろしいですね」
扉の向こうから聞こえるのは、どこか冷たい感じのする声。
「ああ、よろしく頼む」
返す声は、マスターの声。ちくしょう、どっちも無駄に美声だな。無駄だ無駄ー!!
しかし、お話は終わったようです。チャンスです、チャンスですよ、りん! いまだ! と勢いこんで、ばたーんと大きな音とともに扉を開きました。
ふっふっふ、抜かりはありませんよ! ブルネイちゃんとソマちゃん(侍女仲間)を懐柔し撫で繰り回しこねまわし、このフィンガーテクニックでめろめろにして聞きだした情報に、間違いはありませんっ!
「!!」
「っ、リン!」
音に驚いたのか、目を見開くうさぎの国からのお客さま。……ふ、ふふふふ、かわいいお耳と尻尾がみえてましてよ。
きらり、と私はターゲット補足。まさかくると思ってなかったからか驚きでマスターが硬直している隙に突撃ですっ。
「ああっ、うさぎ、うさぎさんっ。長いお耳ー! あ、ふかふかのまぁるいしっぽーっ。うわー、しっぽふかふかー、超ふかふかーっ、やっぱりここはにゃんことはちがうわっ、素敵、素敵もふもふよ! 超最高、ビバ、もふもふ! もふもふに幸いあれーっ!!」
途中からなに言ってるのか自分でも解らなくなりましたが、本気でアドレナリンどばどばです。尻尾のあまりのふかふかさにうっとりとしながら撫でくっていれば、硬直がとけたらしいマスターが、慌ててこちらに駆け寄ってきました。
「リン!」
「ああっ、あああああっもふもふがっ、もふもふがぁぁぁ、ひどい、私のもふもふーっ」
「落ち着けリン、あれはお前のもふもふではないだろう。もふりたいのならば我をもふればよい。他の雄を撫でるなど、どういうつもりなのだ」
「だって、マスターの尻尾まるくないー!」
「なに!? まるくすればいいのか?! きればいいのか!」
「……申し訳ありませんが、ラヴィッシュ様も落ち着かれたほうがよろしいかと」
静かに差し込まれた声に、私を抱きすくめていたマスターが、はたと我に返ったようです。
「あ、ああ、これはルイ殿、大変失礼した。この詫びはまたいずれ」
「いえ……お気になさらず」
しみじみと告げるルイさんなるうさぎさんの声は聞こえていますが、私は引っ込んでしまった尻尾の方が大事です!
「リン、リン、何故そんなに尻尾に執着する、落ち着け」
じたばたとまだあがいている私に、マスターは深い溜息を漏らしました。
「だって、ホラ、元の世界にいたときにですね、私、あの尻尾にそっくりな、まぁるいもふもふの、キーフォルダー、ええと、装身具の一種なんですけど、もってたんです! 超お気に入りの手触りで、超大事にしてたんですよ! もう、あの、ルイさんの尻尾! あれの手触りにそっくり。え、まてよ、あの尻尾ってもしかして、本物のうさぎの尻尾だったのかしら。どうなんだろう。ねぇ、どう思います、マスター?」
唖然とするマスター。
どこか、びびびっと、一瞬視界の端でルイさんが震えた気がします。
思案するように黙りこんだ私に、今の内に、と思ったのか、ルイさんとマスターが別れの挨拶を済ませたようです。
はっと我に返ったときには、丁寧な礼をしてルイさんが退室するところでした。
あ、ああああっ、私のもふもふがぁぁぁっ!(注:違います)
退室する寸前、ぼそりと「しかし、落人の方々にもいろんな方がいるようですね」と、ルイさんが呟いたような気がするのですが、気のせいでしょうか。
その後、おしおきだとマスターが私に毛づくろいをさせてくれなくなりました。あまりに哀しいので、ミルティちゃんや、侍女仲間のブルネイちゃんやソマちゃんたちと戯れました。ツンデレっ子とふるふるっ子らぶ!影でマスターがしょんぼりしてたらしいですが、私が気づくわけがないってー話ですよっ。
さらに、気にしないといってたルイさんからは、こっそりと何らかの報復をうけたとかうけないとか――それもすべて私のあずかり知らぬ所。
今日も私は、ただ、もふもふを求めて、にゃんこを愛でながら、侍女ライフを満喫するのでしたっ。