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さて、そんなある意味数奇な運命を持つ私ですが。
そもそも、なんで私がこの屋敷に勤めることになったか、ということを、まず説明するべきでしょうか。
それは、ある日のことでした。
高校の帰り道、いつものようにねこウォッチングをしながら、ふらりふらりと、あちらのねこ、こちらのねこ、溝のねこ、車の下のねこ、と、あちらこちらに目を向けながら、カメラ片手に歩いていた私は、目の前を過ぎる小さくしなやかな、白い被毛のねこの姿に、目を奪われたのです。
真っ白くてつやつやと日に輝くその肢体。近年類を見ないほどの美猫の姿に、完全に魅了された私は、ふらふらと誘われるようにあとをついてゆきました。
ああ、なんて美しいの!
白くて短いその被毛、なでたらどんな手触りなのでしょうっ。
ああ、なでたい。もふもふしたい。それがむりなら、せめて写真の一枚でもっ。
ふらふらふらと、目を奪われたまま、その猫の後をついていっていた私は――穴に落ちました。
ええ、まさか足元に穴が開いているなんて。
ああ、そういえば。マンホール工事中って、看板、そういえばあったよね。うん、あった。あった気がします。
でもほら、ねこみてたし。ねこさま追っかけるのに必死だったし!
足元不如意って感じ? うん、しょうがない、よねっ?
で。
まっさかさまに、穴に落ちた私は、悲鳴をあげようとして――穴の上から覗くねこが視界に入り、違う意味での悲鳴が零れました。
だって、だって、丸く切り取られた青い空と、そこに顔をのぞかせる小さな白いねこを想像して見てくださいよ!
あまりの愛らしさと、その絵になる風景に、身悶えながら――落下してった私。
……今考えると、すごく間抜け。いや、考えなくってもすごく間抜け。
でも、でもでもね、ねこの前にはプライドも羞恥心も尊厳も、全て消えてしまうの!
この世にねこだけいればいいのに、と、一度真顔で呟いて、友達からどんびきされた位のねこ好き。
家でねこを飼いたくて、愛でたくって親と闘ったことも1度や2度じゃない。
結局はいつも母親に負けて、涙にくれる日々、癒しは毎日のねこウォッチングと、ねこの写真がアップされているサイトやブログを巡ること。
もちろん小物はねこグッズ!
そんな私だもの、落下の悲鳴が身もだえに変わったのは――いや、やっぱり変だけど、それはそれとして!
だってしょうがない! そこにねこがいたんだから、私が変になったのはしょうがないことなのだ!
で。
身悶えながら落下していた私は――うん、さすがに途中ではたと我にかえります。
あれ? 結構長い時間落ちてるよね? っていうか――落ちてる?!
つまり、地面か底か、どこかに叩きつけられるの必至なわけで――!!
やっとその事実に気づいた私は、すっと血の気が引いていくのを感じました。次第に視界が白く霞みかかってゆきます。
ああ、やばいじょうたいかもしれない。もうだめかも。――けれど内心、ああ、最後にみた景色が、あの美しい空とねこのコントラストでよかった、と、とても満足な気持ちで。
薄れていく意識の中で、私は、満面の笑顔をうかべたのでした。