――2
さて。
まずは、私がこの世界へ来た時のことをお話ししたいと思います。
それは、仕事の帰り道。
動物病院に勤める動物看護士である私は、その日の仕事を終えて、ほっと一息つくような気持ちで、公園を通り抜けておりました。
この公園、近道な上に、緑が多いので、とても心地よいのです。
のんびりと、一日の疲れをいやすように、公園の景色を眺めながら歩いていた私は――穴に落ちました。
ええ、穴です。
どうしてそんな所に穴があいていたのか、全くわかりません。
工事があっていたわけでも、なにもないのですから。
けれど、確かに、穴はあって――。
「あら」
気がつけば、私は、その穴に落ちてしまったのです。
「……まぁ」
落ちていく中、呆然としましたが――いつかは底につくでしょうし、痛いでしょうがとにかく、落ちている間は何もできません。
しかも、何故か、落下が長い――元来どこか、のんきにできている私は、つい、退屈で。
落下しているにもかかわらず、小さなあくびが漏れて――そのまま、眠ってしまったのでした。
ちょっと、自分でも、のんきだな、と、思わないこともありません。
次第に意識が戻ってくる中、私は周囲が騒がしいことに気づきました。
なんだか勢いよくしゃべる、男性の声。そしてそれを諌めているような、さらに厳しい男の人の声。
どうしたのでしょう?
私はまだ意識がはっきりしないなか、自分が柔らかい土の上に倒れているのに気づきます。
痛む所はないので、地面に叩きつけられたわけではないようです。
次第に浮上していく意識の中、段々と言い合う声ははっきりと聞こえてきました。
「だからっ、こんな所に倒れている女なんて、怪しいにきまってるだろうが!」
「だが、主のご意思を伺ってからだ。――ここしばらく、落人が多いのは、お前もしってるだろう」
「でも! ご主人様に害のないようにするのが、我ら護衛の仕事、ならばこいつを排除するのも仕事だっ」
「いいから、落ち着け。――目覚めたようだぞ」
あら。気づかれていたようです。
ならばしかたありません。私はゆっくりと目を開いて。
「……まあ」
思わず目を見開いてしまいました。そして、周囲を見渡します。
目の前――横になったままの私を、伺うように顔を覗かせているのは、二匹の――今覚えば二匹といってよかったのでしょうか、犬、でした。
片方は、黒い被毛に濃い赤褐色の瞳の、あら、断耳されてないのね、な、ドーベルマン。片方は、黒青色の被毛に青銀色で、鋭い視線を送ってくるハスキー。どちらも、綺麗に手入れされた毛並みに、目ヤニやその他目診ではどこにも異常のなさそうな、健康そうな体です。しかも、二体とも、素晴らしく優良な体といえるでしょう――久しぶりに、素晴らしい状態の子たちを、みたような気がします。
なんだか嬉しくなってしまって、ふわり、と笑みが浮かびます。
驚いたように耳をぴんと立て、僅かに後ろに下がる彼らに、ゆっくりと体を起しながら、問いかけます。
「こんにちは、わんちゃんたち。――さっきしゃべっていたのは貴方たち?」
「なっ、わ、わんちゃん、だとっ!」
ハスキーの方が、がうがうと叫ぶのを、横にいたドーベルマンが、冷静に止めています。
「落ち着け、ルゥ。 失礼しました、私はこの地を治める犬族が主の護衛、ライと申します」
「あら、ご丁寧に。私、白水なな、ともうします。ところで――ここは、どちらでしょう?」
首を傾げた私に、釣られるように首を傾げる、ルゥと呼ばれたハスキー。
その愛らしさに、ふふふ、と思わず笑みをこぼせば、はっ、としたようにそっぽを向きます。
愛らしいですね。ハスキーらしい性格のようで。そっと手を伸ばして、怖がらせないように耳の後ろを優しくかきます。
「っ、ふぁ」
一瞬警戒した様子だったものの、心地よさにか吐息を漏らして、うっとりとしだすルゥ。
ふふ、なんて愛らしいのでしょう。心地よさには意地も適わないのですね。
その様子を呆れたようにみていた、ライが、ひとつため息を漏らして。
「その前にひとつ。貴方はどこから、こられたのですか?」
私は、きょとん、として。
それから、にっこり、満面の笑みを浮かべて、応えました。
「あそこから、です」
すっと、あいたほうの手で、空を指差しながら。