第8話 親心のショートカット
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「悠希、本当に行くの? 雁堤って結構あるわよ」
翌日、土曜日の朝、七時。
キッチンから漂う味噌汁の匂いと一緒に、母親の少し心配そうな声が飛んできた。
僕は玄関で、厚手のスポーツソックスを引き上げながら、心の中で今日のルートを再計算していた。家から雁堤まで全部歩くのは、正直「独旅」のストイックさを通り越して、ただの修行になる可能性がある。
「……送っていこうか?富士川楽座とかのほうまで。」
「いいの?ありがとう。」
「ちょっとお出かけついでに寄れるわ。いいわよ、準備できたら車に乗っちゃいなさい」
母親の提案に乗ることにした。
独り立ちした旅人にとって、文明の利器を「戦略的に使う」のは恥ではない。目的地での探索にリソースを全振りする。これも一つの、志摩リン的な「合理的な旅」の形だ。
家のミニバンの助手席に収まると、窓の外を流れる景色は、自分の歩幅で見るそれよりもずっと速く、記号的に過ぎ去っていく。
「最近、渡辺さんとはどうなの? たまには連絡してるの?」
「……別に。あの子はあの子で、勝手にどっか行ってるだろ」
母親の何気ない問いかけを、半分だけ聞き流しながら、僕はポケットからスマホを取り出した。
車内は、学校のルールが及ばない「中立地帯」だ。指先で画面を弾き、電源を入れる。
ピポッ、という起動音。
画面には、昨夜立てた「雁堤」と、その中継地点である「富士川楽座」のピンが浮かび上がる。
「(……車だと、あっという間だな)」
歩けば数時間かかる道のりも、エンジン音にかき消されている間に終わる。潤井川の橋を渡る時、視界の端に三分咲きの桜が映った。
さらに、進み、車は富士川を渡り、かつての「富士川町」へと足を踏み入れた。2008年に富士市と合併したこの町は、古くから富士川の水運とともに歩んできた歴史がある。窓の外、古い家並みの向こうに、かつての渡し場があったことを示す静かな気配が漂っている。
富士川を跨ぐ橋を渡った先で、「富士川楽座」と書かれた、看板を見つけた。
それから、駐車場に入り、僕は、車から降りた。
「はい、着いたわよ。お母さんはこれから用事済ませてくるから、帰りはどうする?」
「大丈夫。帰りは歩きながら考えるよ」
「そう。じゃあ、車に気をつけてね。暗くなる前に帰りなさいよ」
「わかった ありがとう。」
スライドドアが閉まり、車のエンジン音が遠ざかっていく。
ふっと、世界が静かになった。
目の前には、巨大な複合施設「富士川楽座」。
高速道路のパーキングエリアと道の駅が合体したような、富士市、旧富士川町エリアの物流の結節点だ。
僕はすぐに堤防へ向かいたい気持ちを抑え、まずは館内を少し歩いてみることにした。ここは単なる道の駅じゃない。富士川の歴史や、この地域の自然を学ぶための「ゲート」でもある。
エレベーターに乗り、上へと上がり、展望デッキへと向かう。ガラス越しの向こう側に、雄大な富士川の流れが広がっていた。
(……ここが、旧富士川町と富士市の境界線か)
冨士川は、いまでこそ流れが穏やかだが、日本三大暴れ川に数えられるほど、流れが急で、度々、洪水を起こしたそうだ。
だからこそ、これから向かう「雁堤」が必要だったのだ。
館内には、地元の農産物や富士山の土産物が並び、観光客の活気で溢れている。
(……これは、これでいいな。けど、ちょっと賑やかすぎるな。そろそろ、『独』に戻ろう)
僕はリュックのストラップを締め直し、眼鏡をクイッと上げた。
ここからは、僕の時間だ。
「……さて。文明開化の次は、江戸の知恵、拝見しに行こうか」
駐車場を抜け、富士川の堤防へと続く道へ踏み出す。
スニーカー越しに伝わる地面の硬さが、車の中にいた時よりもずっと生々しく、自分の「存在」を教えてくれる。
時速四キロ。
車でショートカットして浮かせた時間と体力を使って、僕はここから、富士川沿いの歴史と桜の中に深く潜り込んでいく。
佐野悠希の「中1最後の、春の大冒険」。
富士川楽座の喧騒を背に、静かな一人旅が今、始まった。
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