第6話 かぐや姫は何処に帰る?
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広見公園の奥に佇む『かぐや姫ミュージアム』。2階入り口の自動ドアをくぐると、外の家族連れの喧騒が嘘のように、しっとりとした静寂が僕を包み込んだ。
「……富士市の竹取物語は、ちょっと特殊なんだよな」
展示パネルの文字を追いながら、僕は心の中で独りごちる。
一般的に知られている『竹取物語』では、かぐや姫は満月の夜に月へと帰っていく。でも、ここ富士山のお膝元に伝わる伝説では、彼女は「富士山」へと帰っていくのだ。
ここ広見公園のすぐ近くにもかぐや姫が富士山へ上りゆくときに、別れを惜しんで何度も振り返ったとされる「見返し坂」やかぐや姫の顔をうつしたとされる「かがみ石」、この前行った竹採公園内にも「竹採塚」などの、物語の舞台とされる聖地が点在している。この伝説がただの作り話ではなく、この街の地面にしっかりと根を張っているのを感じる。
僕は、あえてカメラをリュックから出さなかった。
代わりに、メモ帳と一本のシャープペンシルを取り出す。
(……今宮、浅間神社……竹採塚、比奈……。やっぱりこのあたりの地名、全部繋がってるんだな)
カリカリと、静かな展示室にシャーペンの音だけが響く。
何百年も前の誰かが、一筆ずつ丁寧に書き写した物語。その筆跡をなぞるようにメモを取ることで、かぐや姫という「ここではないどこか」へ消えてしまった存在への憧れが、少しずつ僕の指先に伝わってくる気がした。
別のコーナーへ移動すると、そこにはかつての「富士川」の姿があった。
「……これか。日本三大急流の一つ、富士川」
展示されているのは、かつての渡船の模型や記録を始めとした展示物の数々。
江戸時代、軍事的な理由などで橋を架けることが許されなかったこの川では、旅人は渡し舟で対岸へ渡るしかなかった。
(……一回渡るのも命がけだったんだろうな……)
メモ帳の端に、川の流れを遮るように進む小さな舟の略図を描き込む。
(富士川か…また行ってみたいな…)
水運の拠点としての賑わい。物資を運ぶ船頭たちの掛け声。今の静かな堤防からは想像もつかないような、荒々しくも活気ある「水の道」の記憶。僕はその過酷な物流の歴史を、ただ一文字ずつ、丁寧に書き留めていった。
他にも富士山信仰の歴史や主に江戸時代ごろまでの人々の暮らしに焦点を当てた展示が多くされていた。古墳からの出土品なんかもここに収蔵されている。
(身近にある古墳…あんまり興味はなかったけど…知ってみると面白いな)
一階へと続く階段を降りていく。(本当に、下りの階段って楽よな…)広見公園の入り口の「天まで続くような階段」を思い出しながらそんなことを思った。
今度は1階の出口からでることにした、1階出口を出た先には、富士市で実際に使われた製紙工場の機械の数々が保存されていた。
(どういう仕組みかは、あんまりよくわからないけど…製紙産業を支えてきたという風格を感じる…)
リュックからカメラを取り出し、機械一つ一つを「パシャリ」と写真を撮っていった。
次なる目的地、歴史民俗資料館へ!
その瞬間またしても愕然とすることになる。
(え…この坂上るの…)歴史民俗資料館がある方向を見るとどこかの壁みたいな坂 (浅間古墳に行く沖の坂)とは比べてはいけないが、この少しの坂でも上るのは正直メンドクサイ。でも上らなければいけないなら。
意を決したように…坂を上り始めた。
「ついたー!」そう両手をあげて小さく歓喜した。
続いて足を踏み入れた『歴史民俗資料館』。ここはミュージアムの華やかさとは一転、ガチの「生活の匂い」がする場所だった。
特に僕の目を引いたのは、富士市の代名詞とも言える「製紙工業」の創業期に関する展示だ。
「……ここが、今の巨大工場の『はじまり』か」
僕は、かつて使われていた手漉き和紙の道具や、初期の製紙機械の前で足を止めた。
富士山の豊富な湧き水を利用して始まった、この街の製紙業。明治時代、西洋の技術をいち早く取り入れ、民間の力で「日本一の紙の街」へと駆け上がっていった創業期の人々の熱意。
(……原料の蒸煮、叩解……。単なる作業じゃなくて、これは格闘だな)
僕は、複雑に入り組んだ初期の機械の歯車を、メモ帳に丁寧にスケッチした。
今、僕の目の前にあるこのメモ帳も、もしかしたらこの街のどこかの工場で生まれたものかもしれない。
「富国強兵」のスローガンの下、近代化を支えるために休まず動き続けた機械たち。教科書の一行で片付けられる「工業化」という言葉が、この少し錆びついた鉄の塊を通すと、急に生々しい鼓動を持って迫ってくる。
「文明開化の音っていうか……これは、街が作り変えられていく音だ」
展示物について一つ一つメモをしていく。この泥臭い作業こそが、僕にとっての「歴史との同期」だ。
(今泉……今泉のガマ、原田…入山瀬… ここから、富士市の製紙の歴史は始まったんだな。)
歴史民俗資料館の建物を出て、腕時計を確認した。
(15時24分か…そろそろここ出れば、17時には家に着けそうだな。)
午後の園路を歩き、再びあの「天まで続く階段」の前に立つ。
「……下りは、膝に来るな」
一段ずつ、今日得た知識を噛みしめるように階段を下りる。
朝、ここを上る時はあんなに必死だったのに、今はメモ帳に書き殴った「渡船の図」や「製紙機械のスケッチ」が、心地よい重みとなって背中を支えてくれている。
公園を出て、夕焼けに染まる大通りを一人で歩き始めた。
スマホはポケットの中。歩数計を確認すれば、一万五千歩を超えていた。
「……よし、今日の独旅、完了」
明日からは、また新しい地図を描かなければならない。
でも、今の悠希なら、どんな急な階段が現れても、5段で挫けるふりをしながら、確実に上り切れるはずだ。
富士山のシルエットが、夕暮れの空に溶けていく。
佐野悠希の「中1最後の日」は、紙と鉛筆の確かな手応えを残して、静かに幕を閉じた。
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