第4話 終業式と春を告げる音
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三月の風は、期待と不安をかき混ぜるように、富士山の麓を吹き抜けていく。
先週末の「独旅」の余韻は、まだ僕のふくらはぎに微かな筋肉痛として残っていた。
浅間神社の鳥居から見つめた、田畑の色、春の陽光を跳ね返す駿河湾の青。その景色を脳内のフォルダに大切に仕舞い込んだまま、私は一週間の「学校」という名のルーチンを淡々と消化してきた。
そして今日、金曜日。一年間の終わりを告げる修了式がやってきた。
吉永校舎の体育館は、相変わらず冷え冷えとしていた。けれど、刺すような冷たさではない。窓から差し込む光には、確かな春の粒子が混じっている。
「……前へ、ならえ」
号令に合わせて腕を伸ばす。一年前、入学したばかりの頃よりも、前の人の背中が少し近く感じる。この一年で、私の視点は数センチだけ高くなった。それは単なる成長期の数字というだけでなく、自分の足で街を歩き、地形を読み、重力を感じてきた「経験」が、私の背筋を少しだけ伸ばさせたのかもしれない。
校長先生の式辞が、10年程前に建てかえれた体育館のスピーカーを震わせる。
「四月からは、皆さんは二年生、中堅学年となります……」
二年生。後輩ができ、学校の中心的な役割を担わされる学年。
けれど僕にとっての「二年生」は、もっと別の意味を持っていた。それは、行動範囲がさらに広がるということ。今の僕なら、地図の端にある隣町まで、自分の足で辿り着ける確信がある。
僕は、先生から貰った通知表を見たあとに、眼鏡を指の背で押し上げた。
実際、通知表の数字なんてどうでもよかった。そこに書かれている「協調性」や「意欲」という言葉よりも、私が自分の目で見て、自分の足で確かめた街の記憶の方が、よっぽど確かな「私の成績」だと思えたから。
昇降口を出ると、校門前にはいつものように二台のスクールバスが停まっていた。
「春休みも練習あるからな! 忘れるなよ!」
地域クラブのコーチらしき大人の声が、バスのエンジン音に混じって響く。春休みという長期休暇でさえ、彼らは「集団」という枠組みから逃げられないでいる。
私は、その喧騒を追い越すように歩き出した。
スマホはまだ、リュックの底。電源は切られたまま。
吉永校舎から家までの下り坂。一年前はただ「長い」と感じていたこの道も、今では自分の筋肉と呼吸の一部になっている。
「……さて」
坂の途中で立ち止まり、一度だけ眼鏡を外して目を細めた。
街は、製紙工場の白い煙と、これから芽吹こうとする木々の淡い緑に包まれている。
明日からは、二年生になる前の、最後の長い自由。
リュックの底で眠っているデバイスを目覚めさせ、僕はまた、誰も知らない「街の余白」を探しに行くだろう。
僕は重力に身を任せて坂を下る。
僕の時速四キロの独旅は、この春休み、さらにその解像度を上げていくはずだ。
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