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第1話 寄り道もいいものだよ~

最後まで読んでくださると嬉しいです!

驚いて固まる悠希の隣のベンチへ、結衣は「お疲れさま」とでも言うように、すとんと腰を下ろした。


結衣は、悠希の統合前の小学校からの同級生だ。


身長は、前まで悠希と同じか少し高かった。だが、今は抜かされて悠希の方が身長は高くなっている。身長以外だと特徴は、眼鏡がよく似合い、茶色と黒色の狭間のような色をした髪をひとつ結びにした、同じクラスの図書委員。


 彼女は悠希と同じクラスにいる時よりも、ずっと自由な空気を纏っていた。ふちが丸い眼鏡に、着慣れたパーカーのポケットには小さな地図が顔を出し、足元の運動靴は少し泥を被っている。どこか遠くへ歩いてきたような、旅慣れた雰囲気。


 けれど、その理知的な眼鏡の奥の瞳は、いつも通り穏やかで優しい。


「……渡辺さん、カメラなんてやってたんだね。重くないの?」

「重いよ。でも、このレンズを通さないと見えないものもあるから」

 結衣はそう言って、慣れた手つきで一眼レフのダイヤルをカチカチと回した。


 彼女はこの街の隠れた絶景や、歴史、さらには川の向こうに見えるあの工場の創業年まで、まるで旅のガイドブックのように淡々と、けれど楽しそうに話してくれた。


「佐野君も、ここの景色を撮りに来たんでしょ?」

「まぁ、僕は、ただの寄り道をしただけだよ。」

 俯く悠希に、結衣は「ふふっ」と小さく笑った。


「いいんじゃないかな。ここは寄り道にするには最高の場所だよ。……あ、そうだ。あそこの岩場の光、綺麗だよ。あっちから撮ると——」

 結衣が身を乗り出して、川の向こうを指差そうとしたその時だった。


「わっ……!」

 重心を崩した彼女の眼鏡が、鼻先からツルリと滑り落ちた。慌てて手で押さえようとしたものの、今度は首に下げていたカメラのレンズキャップがポロッと外れ、ベンチの下へと転がっていく。


「あ、あわわ……ちょっと待って、今拾うから……」

 さっきまでの「旅慣れた賢者」のような雰囲気はどこへやら。結衣は眼鏡をクイッと直しながら、アワアワと足元のキャップを追いかけている。


 そんな彼女の意外なドジっぷりに、悠希の胸のつかえが、不意に、ふっと軽くなった。

「……ふはっ、渡辺さんでもそんなことあるんだね」

「……笑いすぎだよ、佐野君」

 キャップを拾い上げ、少し顔を赤くした結衣が、むくれたように眼鏡をかけ直す。

 二人の間に流れる空気は、いつの間にか学校のそれとは全く違う、優しくて心地よいものに変わっていた。


それからベンチに座ってボケッと川のせせらぎを聴きながら心を落ち着けていた。


「ねぇ。佐野くん?」川のせせらぎだけが響く静寂を切り裂いたのは、結衣さんの一言だった。

「ん?どうしたの。」そう僕は、短く言葉を返した。

「今から、竹採公園たけとりこうえんにでも行かない?」

「いいけども。」そう呟いて、ベンチから腰を上げた。

「りょーかい」と言ってベンチから続くように腰を上げる。


公園を出ると、永明寺ようめいじの前を通ると、急な坂がどこまでも続いていた。そこには、どこかで涌き出た水なのだろうか、道路脇の側溝を『ザーーザー』と音を立てながら水が流れている。


「下りは楽なんだけど、上りきつ。」そうボソッと呟いた。

「まぁまぁ頑張ろ!後少しだしさ。」


そこから10分程、ようやく竹採公園に辿り着いた。公園に足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。

 密集した竹林が空を覆い、現代の騒音を吸い込んでいく。代わりに聞こえてくるのは、風に揺れる竹が「カラン、コロン」と乾いた音を立ててぶつかり合う、天然の楽器のような調べ。


「すごいでしょ。ここだけ時間が止まってるみたいで」

 結衣はそう言って、首から下げたデジタル一眼レフを構えた。


 僕もカバンから愛用の高級コンデジを取り出す。スマホでも写真は撮れる。けれど、この物理的なダイヤルを回し、ファインダーを覗く瞬間だけは、生徒会の重圧や「期待されている自分」という現実から切り離される気がした。


「見て、佐野君。あそこの光」

 結衣が指差したのは、竹林の隙間から地上へ真っ直ぐに突き刺さる「光の柱」だった。

 

「かぐや姫はね、月じゃなくて富士山に消えたっていう伝説があるんだよ。この光を見ていると、本当に今でも誰かがそこに立っていそうでしょ?」

 彼女が語る歴史は、教科書で読むよりもずっと鮮やかだった。凛とした横顔。知識を披露する時の、どこか誇らしげな眼差し。


 けれど、そんな「賢者」のような雰囲気は、最奥にある竹採塚に辿り着いた瞬間に、見事なまでに崩れ去ることになる。

「あ、今の雲の形、最高かも。もうちょっと……後ろに……」

 ファインダーを覗いたまま、結衣が数歩、後ずさりをした。


 その足元には、古い石段の角。

「わっ、……ひゃんっ!?」

 おっとっと、と泳ぐように両手が空を舞う。


 僕は反射的に飛び出し、彼女の背中を支えた。

「危ないって、渡辺さん!」

「あ……わわわ……っ」

 衝撃で、彼女の銀色の眼鏡がふわりと宙を舞い、笹の葉が積もる茂みの中へ消えていった。


「うう……またやっちゃった。佐野君、ごめん……世界がぼやぼやで、何も見えない……」

 さっきまでの凛とした姿はどこへやら。彼女は地面に手をつき、焦点の合わない目でアタフタと周囲を探り始めた。ドジで、放っておけなくて、でも自分を真っ直ぐに頼ってくれる。その姿が、今の僕にはたまらなく愛おしく見えた。


「大丈夫だよ。壊れてないから」

 僕は茂みから眼鏡を拾い上げた。レンズには泥がついていた。

 自分のハンカチで丁寧に拭き取り、彼女の顔にそっとかけ直してやる。


 カチリ、とツルが耳に収まり、視界が戻った瞬間。至近距離で見つめ合った二人の間に、竹林を吹き抜ける風の音だけが響いた。

「……ありがとう。私、カメラ持ってるとき以外、本当にダメだね」

「いいよ。渡辺さんがドジした分は、僕が見てるから」

 結衣は顔を真っ赤にして眼鏡をクイッと直すと、照れ隠しに自分のカメラの背面液晶を見せてくれた。


 そこには、神秘的な竹採塚と、現代の富士市の街並みが混ざり合った、彼女にしか切り取れない美しい景色が写っていた。

「……ねえ、これさ。後で送ってよ。誰かといった旅の最初の宝物にするから」

「いいよ。僕の撮ったドジな渡辺さんの写真も、セットで送るね」

「それは消して! 絶対!」

 膨れる結衣を笑いながら、僕は再びシャッターを切った。


 現代の竹林に、デジタルカメラの乾いた音が心地よく響く。

 学校では「優等生」と「物静かな子」でしかない二人は、ただただ景色を楽しんでいた。


竹採公園の入り口で、結衣に悠希は、言った。

「じゃあ僕は、ここでお別れ。怪我には、気を付けてね~」

「うん。付き合ってくれてありがとね~ あ!そうだ、連絡先交換しよ!」

「いいけど。」僕は、そう言って自分のスマホを取り出した。

ー連絡先を交換ー

「ありがと! 私は、これから家族と買い物に行くから、いったん家に帰る! ばいばい~」と手を振ってきたので、僕も手を振り返した。


午前8時前。

結衣を見送った僕は、また目的地に向けて、歩き出した。

(予定とは、少し違ったかもしれないけどもこれは、これで誰かと歩くっていうのも楽しいな)そう思った。今日この頃。


この先に待ち受ける大きな「試練」をこの時は、まだ知らない。

最後まで読んでくださりありがとうございました!

別の作品や次の話も是非見てみてください!

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