第10話 青葉通りの残像、あるいは陽だまりの偶然
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雁堤を後にして、僕はひたすら東へ向かって歩いた。
正午を過ぎ、春の太陽が真上から僕の影を短く削り取っていく。富士川沿いの静寂とは打って変わり、街の音は徐々に賑やかさを増してきた。
(……さすがに足に来るな。でも、ここを通らないわけにはいかない)
富士市のメインストリート、『青葉通り』。
整然と並ぶ街路樹を横目に、僕は一定のリズムを刻み続けた。
(……あのさ、歩道とかしっかりと整備されてる道って……バカ歩きやすい)
午後2時30分頃。
僕は、どこか懐かしい昭和の香りが残る『吉原商店街』のアーケードに滑り込んだ。
ここは、江戸時代では、五街道のうちのひとつ、江戸 (東京)と京都、大阪を結ぶ、『東海道』の宿場町のひとつ、『吉原宿』であった。場所は数回移転して、最終的には、ここになったそうだ。
所々にその事を示す、案内板や石碑のようなものが、ある。
(知らなければ、素通りしてしまっただろう)
僕は、案内板や商店街の光景を写真に収めた。
古い金物屋、お茶の香り。独特の静けさと活気が混ざり合う中を歩いていると、不意に背後から、弾むような足音が近づいてきた。
「……あ、やっぱり悠希くん?! 」
振り返ると、そこには少し跳ねた髪を揺らしながら、満面の笑みを浮かべた渡辺結衣が立っていた。
「……渡辺。なんでここに」
「偶然だよ、偶然! ほんっとうにびっくりしちゃった。そう偶然。ただの偶然。」
彼女はいたずらっぽく笑った。元気な声だけど、僕が一人で歩いていた時間を邪魔しないような、どこか控えめなトーンだ。
「これから帰るんでしょ? 一緒に歩いてもいいかな。お喋りしすぎないように気をつけるから!」
「……まあ、いいけど」
僕たちは、吉原の商店街を並んで歩き始めた。
一人で歩く時速四キロは、彼女の弾むような、けれど僕の歩調を気遣うような歩幅に合わせると、不思議と心地よいリズムになった。
午後の日差しがアーケードの隙間から差し込み、白く道を照らす。ふと、前方のショーウィンドウに映る自分たちの姿が目に入った。
(……なんだか、調子が狂うな)
僕は気恥ずかしさを誤魔化すように、右手の指先で眼鏡のブリッジを「くいっ」と押し上げた。
すると、全く同じタイミングで、隣を歩く結衣も楽しそうに、彼女の眼鏡を「くいっ」と持ち上げたのだ。
「「あ……」」
動きが完全にシンクロした。
結衣は一瞬驚いた顔をしてから、「あはは! 息ぴったり!」と声を弾ませて笑った。
「……お前、わざとやっただろ」
「違うよー、なんか悠希くんがやるから、私もつい! 伝染しちゃったみたい」
彼女は照れ隠しに僕の少し前を歩き、振り返って「行こう!」と手を振った。
途中、商店街の外れにある某大手スーパーで、安いパックにつめられた4個入りの小さめのおにぎりと「一個六十円のコロッケ」を買い込み、僕たちは『原田公園』に辿り着いた。
「ふぅ……。座ると、一気に疲れが出るな」
僕たちは日当たりのいいベンチに腰を下ろした。
カサカサと袋を鳴らし、買ってきたばかりの安いコロッケを頬張る。
「んん〜、美味しい! 安いのにサクサクだね。悠希くん、たくさん歩いたからお腹空いてるでしょ? いっぱい食べなよ」
結衣は自分の分を一口食べると、僕の方を見て優しく笑った。
元気いっぱいだけど、ふとした瞬間に見せるその気遣いが、独旅で少し頑なになっていた僕の心を解かしていく。遊具の向こうには、
今日一日僕を見守ってくれていた富士山が、夕暮れ前の優しい光を纏って立っていた。
「……ねえ、悠希くん。二年生になっても、こうやってたまに『独旅』するの?」
「……さあね。でも、歩くのはやめないと思う」
「そっか。……じゃあ、また『偶然』会えたときは、今日みたいに一緒にコロッケ食べてくれる?」
彼女は首を少し傾けて、子犬のような、けれど確かな優しさを含んだ瞳で僕を見た。
「……気が向けばね」
「あはは、悠希くんらしいや!」
食べ終えたゴミをまとめ、僕たちは腰を上げた。
空は少しずつ茜色に染まり始めている。
「……さて。帰るか」
「うん。……のんびり~ 帰ろうね」
二人の影が、長く伸びて重なる。
(やっぱり。誰かと一緒に歩く旅は、独旅とは、また違った良さがあるのかもしれないな。)
佐野悠希の「中1最後の日」は、元気な笑い声と、春の陽だまりのような優しさに包まれて、ゆっくりと幕を閉じていった。
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