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見下しているというか、実際に下だっただけなんですけどね?

掲載日:2026/02/26

 私は本が好きだ。

 とは言っても堅苦しいものよりは、娯楽として読むようなロマンス小説が好き。


 勉強はできる方だし、両親や家庭教師に勧められた学術書だってきちんと読むけれど、好んで触れる訳ではない。

 寧ろ侯爵家の長女として教養を積む事を求められていた為に、その反動で気軽に読めるジャンルの物語を求めていたのもある。


 そんなこんなで空いた時間の殆どを本に囲まれて過ごすようになった私は、王立学園へ通うようになってもよく図書館に入り浸っていた。




「レティシア嬢」


 ある日の放課後。

 いつものように学園の図書館で読書に没頭していた私は名を呼ばれて顔を上げる。

 声がした方を見れば、そこには眼鏡を掛けた黒髪の男子生徒がいる。


 アンセルム・サヴァール様。

 公爵家の嫡男である男性だ。

 彼もまた、毎日のように図書館を利用する生徒の一人でもある。


「アンセルム様。……ああ、もう、そんな時間ですか?」

「ああ」


 時計を見れば、閉館の十分前。

 ……私には読書に没頭すると時間を忘れてしまう悪癖があった。

 そんな私を見かねてか、いつしかアンセルム様は閉館前に私に声を掛けてくれるようになったのだ。


「それと、君が勧めてくれた本を読んだ。自分からはあまり読まないものだから、新鮮だったな」

「まぁ! ありがとうございます。楽しんでいただけましたか?」

「あの、婚約破棄? だったか。ああいう、貴族としてはあまりに無作法な設定は少々無理矢理に感じたが……創作物として捉えれば充分楽しめた」

「そうでしょう! ……あっ、私もアンセルム様から勧めて頂いた本を拝読しました。冒険譚を題材にした作品はどれも浪漫が詰められていて心が躍りますね」

「そうか。よかった。……それで」

「ええ、分かっておりますわ」


 アンセルム様に促された私は頷き、テーブルに置いていた本の内一冊を手に取る。

 アンセルム様もまた、手には一冊の本を持っていて。

 私達はそれらを同時に、相手に差し出す。


「最近図書館に入ったおすすめです」

「こちらは以前貸し出されていて勧められなかった本だ」


 私達は持っていた本を交換する。


「ありがとうございます! ……さて、それではこちらを借りて帰宅しましょうか」

「ああ」


 既に図書館の中には私達以外の生徒の姿はない。

 私は残りの本を本棚に戻すと、アンセルム様と共に受付で貸し出しの手続きを済ませる。


 ――好きな本をお勧めし合う友人。


 図書館で毎日のように顔を合わせるようになっていた私達の関係は、いつからかそうなっていた。




 馬車を停めているロータリーまでの道を私達は並んで歩く。

 私の隣では、アンセルム様は忙しなく眼鏡を押し上げ、そわそわとしていた。


 最近の彼はいつもこんな感じだ。

 何か悩みや不安でもあるのだろうが、残念ながら私達の関係はあくまでただの友人。

 特に、婚約者がいる私が不必要に彼の事情に首を突っ込む事は出来ない。


 だからこそそ知らぬふりをしていたのだが……ロータリーが近づいてきた頃、彼は徐に口を開いた。


「……レティシア嬢」

「はい、アンセルム様」

「平気、なのか?」

「はい?」


 彼の問いの意図がいまいち掴めず、私はきょとんとする。

 それから少し考えを巡らせたところで……漸く私は彼が何を気に掛けてくれているのかに気付くことが出来た。


「ああ。最近出回っている私の悪評ですか」


 アンセルム様が静かに頷く。

 どうやら正解だったようだ。


 ――学園で、私の悪評を言いふらしている人がいる。


 それを私が知ったのは最近の事だ。

 どうやら、私が人を見下している性悪女だとか、ある令嬢を虐めているらしいだとか、そんな噂が流れているらしい。

 この噂は様々な場所から聞く機会があったので、アンセルム様もどこかで耳にしたのだろう。


 そして、私がその様な愚かな人間ではないと思っているからこそ、私を案じてくれている。

 私はそれを嬉しいと思った。


「私は気にしておりませんよ。それに、気にする程の話でないことは、アンセルム様も理解しているでしょう」

「まぁ、君の日頃からの評判や行い、学内の成績などを鑑みれば……。しかし、気分が良いものではないだろう」

「それはそうですね。ですが……それならば、悶々とした気持ちを吹き飛ばすだけ愉快な話にすれば良いだけです」


 私は笑みを深めてそう答える。

 するとアンセルム様は眼鏡の奥で何度も目を瞬いた。


「……レティシア嬢。君は一体何を企んでいるんだ?」

「勿論――心躍る事ですわ」


 私は心からの満面の笑みで言うのだった。



***



 その数日後。

 私は学園の中庭に呼び出され、大勢の生徒に囲まれた中、男女二人と対峙していた。


 男性の方はマルスラン・ド・パリアンテ伯爵子息。私の婚約者だ。

 そして彼の腕にくっついたまま涙目になっているのは、ミシェル・ブラジリエ男爵令嬢。

 私に虐められているという噂を持つ女性だった。


「レティシア・エルヴィユ! お前は裏でミシェルに酷い虐めを行ってきた!」


 私を取り巻く環境、そしてマルスランのこの発言――私はすぐにピンときた。

 『アレ』だ。

 そう確信してからというもの、私の心は浮足立っていた。

 そして……


「お前は彼女に暴言を吐いただけでなく、人気のない場所で暴力まで振るった! よってお前との婚約を――」

「――貴方との婚約を破棄します! マルスラン!!」


 私は大きな声で、堂々とそう言い放った。


「…………は、ぁ?」


 まさか自分が言おうとしていた言葉が盗まれるとは思っていなかったのだろう。

 マルスランが唖然とする。

 しかし一方の私はと言えば――もう人生で二度という事はないだろう決め台詞を言い切った事で高揚感に浸っていた。


「……と、いう事でしょう? 貴方が言いたかったのは」

「な、な……ッ」


 ニヤニヤを隠しきれないままに私がそう問えば、マルスランは顔を真っ赤にして震え上がる。


「っ、お前……ッ、ど、どれだけ俺を愚弄すれば気が済むんだ!」

「あら、違いました? であれば勿論、そちらの浮気相手様とは正式な関係に成れませんが」

「浮気……!? 彼女とはそんな汚らわしい関係ではない!」


 いや、誰がどう見てもそうでしょう。

 という言葉は胸の奥にしまっておく。


「それに……っ、こ、婚約破棄を告げるならば俺の方からに決まってるだろう! 何故非があるお前から、正当性もなくそんな事を言い出すんだ!」

「非がある? ああ、ミシェル様を虐めたという偽りだらけのあれですか」

「それだけではない! お前は婚約者であり未来の夫である俺を下に見続けているだろう! 今だってそうだ! その、ゴミを見るような目――敬うべき相手へそんな目を向けるような奴と婚姻など、したいと思うものか!!」


 なるほど、と私は理解する。

 彼は、私に劣等感を抱いていたのだ。

 家の爵位も成績も上。社交界でも私の評価は軒並み高かった。

 だからこそそれが気に入らず、また本当に愛するミシェルとの婚約を正当に結ぶ為の理由作りとして、私の悪評を流した……というのがこの件の真相だろう。


「下に見ている……? いいえ?」


 私は内心で呆れつつも、彼の言葉を否定する。

 私の目つきがあまりよろしくないのは生まれつきだし、マルスランについては見下している訳でもない。

 何故なら……


「実際に下なのでしょう? マルスラン様」

「――は?」

「まず、家柄。我が家は侯爵家で貴方は伯爵家。地位の上下は明らかです。また成績も――浮気相手にお熱である貴方と、好きではなくとも努力を重ねる私とでは改めて比べる必要もないほど明らか。……見下されていると思い込む程後ろめたさがあるのならば、少しくらい努力でもすればよかったものを」

「ッ、き、貴様ァ……ッ!!」

「ああ、因みにですけれど。私は成績や周囲の評価を振り返る際、貴方の事は全く思い出した事がありません。だって――時間の無駄ではありませんか」

「な……ッ!!」

「少し考えたらわかる事でしょう? 下を見たって、私が成長する訳ではありません。それならば、自分より優れた人を目標として己を磨く方がよっぽど有意義というもの。まぁ……『下に見ている』などと言う言葉を出した貴方にはない発想だったかもしれませんが」

「れ――レティシアァァァァッ!!」

「キャアッ、ちょっと、マルスラン……ッ!」


 顔を真っ赤にした彼は怒りのままにずかずかと私へと近づく。

 流石に、貴族ともあろう男が、大勢の前で物理的な危害を加える事はないと思っていた。

 だからこそ驚き、思わず数歩後退ったのだが。


 そんな私の前に、男子生徒が飛び出す。

 彼は私へ伸ばされていたマルスランの手を掴むと、その場で素早く捻り上げた。


「イ゛……ッ、イダダダダダダッ」

「……他者が傷つけられる瞬間は流石に看過できない。大人しくしろ」

「アンセルム様……?」


 私が驚いて彼の名を呼ぶと、アンセルム様は呆れるように私を見やった。

 それからマルスランを睨み付け……


「マルスラン・ド・パリアンテ。君達は自分が作った偽りの噂話が信じられる事を信じて疑っていないのだろうが……よく、周りを見る事だ」


 周囲の生徒はこの一連の流れを冷ややかな目で見ていた。


「レティシア・エルヴィユ嬢はその聡明さと品性から高い評価を得る女性だ。そんな彼女が醜い悪事を働いた……など、信じる者が一体どれだけいるのだろうな」

「そ、んな……ッ」


 冷ややかな目は――全て、マルスランとミシェルへ向けられている。


「彼女が優れているという客観的な事実。それにすら気付けなかった君達が、愚かしく見えるのは――当然の摂理だとは思わないか?」


 ミシェルは顔を真っ青にして泣き出し、マルスランは抵抗する力を抜いて愕然とする。


 ――きっと、二人の悪評は社交界にも広まっていくだろう。

 勿論偽りではなく、真実として。


 特に侯爵令嬢の私に手を出そうとした彼は、大きな批判を受けるだろうし……学園でも社交界でも、もうまともに振る舞うことは出来ないはず。

 近いうちに彼を顔を合わせる事も二度となくなるだろう。


 こうして、このはた迷惑な大騒ぎは幕を閉じたのだった。



***



「……レティシア嬢」


 その日の放課後。

 いつものように図書館で本を読んでいた私は、アンセルム様に声を掛けられる。


「あら? まだ時間ではなさそうですが」


 もう閉館かと顔を上げれば、本を開いてから三十分ほどしか経過していなかった。

 珍しい、と目を丸くすれば、アンセルム様は何故だか不服そうに眉根を寄せる。


「あの騒動があったばかりだぞ。流石に少しくらい話を聞かせてくれてもいいだろう」

「話、ですか」

「君は、婚約破棄をされる事を事前に知っていたのか」


 アンセルム様の問いに、私はああ、と納得する。

 冤罪を突き付けられた挙句婚約破棄をされかけた時の私はあまり動じていなかったし、何なら楽しむ心の余裕すらあったのだ。

 彼がそう考えるのもおかしな話ではない。


「流石にそこまで細かくは察していませんでしたが……ある程度は」

「ある程度……」

「まず、マルスランは私の身近の人物の中で最も私に悪意を持っている人でした。ミシェルとの浮気を隠すつもりもないようでしたから、何らかの方法で私に非があると主張し、婚約の解消を申し出るだろうと私は考えたのです。そしてそれならばいっそ、最近流行りのロマンス小説のように、婚約破棄でもしてくれないかと期待していたところで、見事その様な事が起こった……というわけです」

「……婚約破棄という、本来ならば生きていて一度も遭遇する事がないだろうイベントを踏破したくてうずうずしていたと?」

「その通りです。まぁそれに、動じる事など何もありませんでしたから」

「あれほど落ち着いていたのは、己の評価に自信があったからか」

「そうですね。後は……彼が、自分から評価を下げてくれましたから」

「それは……浮気の話か?」

「それもありますが、それ以外にもあります」


 私は本を閉じ、アンセルム様と真っ直ぐ向き合う。

 それから得意げに片目を閉じた。


「何事においてもですが……被害妄想や悪口を他者に話すというのは、自分の評価を落とすだけなのです。聞かされた側の人間は悪口の対象よりも悪口を話した相手の事を信頼できなくなるという事実は、既にとある心理学の研究者によって証明されています」

「……なるほどな」


 アンセルム様は博識だ。

 きっと私が言った研究者の論文などに目を通したこともあるのだろう。

 感心したような溜息が吐かれた。


「あと、人に悪口を話すと漏洩の危険があります。今回ならば『マルスランが、レティシアとの婚約解消を目論んでいる』だとか『レティシアの悪口を広めている』だとか」

「……信用がない人間の悪口程、本来の出所ごと出回ってしまうという事か」

「はい。結果として、私の耳には今回の真相が全ては入ってきていました」

「…………君の強かさや落ち着きようには驚かされるな」

「とはいえ、想定外もありましたから……私を守っていただき、ありがとうございました」

「構わない。君の役に立てたのなら本望というものだ」


 本望。

 一体何が?

 そんな疑問を抱いて首を傾げると、アンセルム様は優しく微笑みながら一冊の本を差し出した。


「今日は先に渡しておく」

「ロマンス小説……ですか。珍しいですね」


 おすすめの本を渡されたと理解した私はその表紙を見る。


「その本は、平民の男女が民間の図書館で本を通じて親しくなる物語だ。互いに気に入った本の気に入ったページに付箋を挟み、交換するシーンがあるのだが……このやりとりが存外面白くてな」


 アンセルム様はそう言うと本を受け取った私の手にそっと自分の手を重ねた。


「俺は俺達の関係が彼等とよく似ていると思ったし……この本の結末のような関係になりたいとすら思っている」


 私以外に聞こえないよう、潜められる声。

 それはいつもより低くて、私の鼓動は急に跳ね上がる。


「すべて読んだら、答えを聞かせてくれないか」

「は、はい……」


 私が返事したのを確認すると、彼は眼鏡の奥で柔く目を細め、「じゃあまた、閉館時間に」と去っていく。

 その遠ざかる背を見送りながらも、私の鼓動は落ち着かない。

 それどころか顔まで熱くなってくる始末。


 だって……私は知っている。

 アンセルム様から漂う甘い空気に呑まれ、返事を返す事でやっとだったけれど……。

 この物語は、既に読んだ事があるものなのだ。


 物語の最後。

 平民の男女は互いに愛を伝え合い、熱い口づけを交わして――


「……どっ、どうしよう…………っ」


 物語の結末を意識した途端、私の頭は茹ってしまう。

 こんな感情は初めてだった。

 真っ赤になっているであろう頬を隠すように両手で包み込みながら、私はぐるぐると目を回す。


 ――閉館時間まであと三時間ほど。


 それまでにこの顔の熱と鼓動をどう落ち着かせればいいのか。

 そして、アンセルム様にどんな顔をすればいいのか。


 結論など見出せる訳もなく……私は途方に暮れてしまうのだった。

最後までお読みいただきありがとうございました!


もし楽しんでいただけた場合には是非とも

リアクション、ブックマーク、評価、などなど頂けますと、大変励みになります!


また他にもたくさん短編をアップしているので、気に入って頂けた方は是非マイページまでお越しください!


それでは、ご縁がありましたらまたどこかで!

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