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3 サツキマス

 私は、小学校四年生までを林業を主体とした街で育った。

 出来たばかりの国道が家の前にあり、その向こうの川を挟んで、森林鉄道の始発駅があった。


 大人たちがロバとかドバとか言ってるのを聞いていたが、今、思うと路場と言っていたのかも知れない。

 

 当時、学校には農繁期という休みがあり、まだ子供も貴重な一家の労働力だった時代だ。

 農家でなかった私の家では、農繁期の休暇はボーナスのような休みであったが、仲良しの友達はみんな家の田植えの手伝いに駆り出され、一人やることもなくぼーっとしていると、かえって家に田畑があるのを羨ましいと思ったものだ。


 まだボンネットバスの走っていた時代、自家用車どころかテレビですら田舎ではまだ普及しきっていなかった時代。

 その頃の子供の遊びと言えば、夏はカブトムシやクワガタを取りに行ったり、川に泳ぎに行ったり。

 クワガタを獲りは、秘密の木と言うものをそれぞれが持っていて、ラジオ体操が終わると、子供たちは一目散に自分の秘密の木に向かって離散していった。


 秘密の木には、たっぷり樹液が染み出している場所があって、そこにクワガタやらカナブンやら沢山の虫たちが朝一には集まっている。当然、大きなスズメバチなど歓迎できぬものもいて、先ず、石を投げてスズメバチを殺すか、どこかに飛びのかせるかしないと、お宝のクワガタには手を出せない。

 そういうわけで、私は子供のころ少なくとも七回はスズメバチに刺された。今だと、大騒ぎになって医者に走ることになるだろうが、その頃の大人たちは笑って、口を揃えて、ショウベンを付けておけと言ったものだ。


 クワガタは他にも獲り方はある、木を蹴ると振動で落ちてくる。栗拾いのように落ちたクワガタを拾い集める。その他には夜に橋の側の水銀灯に行くと沢山の虫と共に、クワガタやらセミが集まっている。足の踏み場もないほどのカゲロウをプチプチと踏みしめ、クワガタやセミを拾ったものだが、夏の夜なので八時を過ぎないとこれは出来ない。そんな時間に子供が出歩くなど、親が許すわけもなく、こっそりと親の目を盗んで、出かけたものだ。


 私が6〜7歳の時だった。

 大人に作ったもらった、竹の延べ竿にテグスを結びつけ、鳥の羽根を目印につけ、ゴム草履で川に一人で魚釣りに行った。


 川の中の石をめくると、小石が蜘蛛の巣みたいな粘着性の糸で巣のようにくっ付けられたものが付いていることがある。その中に口がカモノハシのように尖った芋虫のような虫がいた。クロカワムシというのだが、これとか、ヒラタカゲロウの幼虫がめくった石の表面を這いまくっている。

 こういった川虫を取り、それを餌に釣っていたら、大きなアマゴが釣れた。


 喜んで、熊笹を折ってその幹を魚の鰭から口に通す。この頃大人たちがそうして何匹かのアマゴを刺して持ち帰るのを見ていたから真似をする。

 家に帰って母に料理してもらった。

 一昨年亡くなった、魚好きの親父が、「うまい、うまい」と喜んで食べているのを見て、まるで一家の生計を支えたかのように満足した。

 思えばこれが、私の初めての釣果らしい釣果だった。


 あれから数十年。同じ釣り人の目で、その釣り場に立って愕然とする。


 こんなに狭い場所だったのか…

 あの頃は、もっともっと大きな川に感じていたものだが。


 アマゴは、身体が小さくて十分に餌を確保出来ない個体の一部は、川を下って海に出る。

 海には餌が豊富なため、やたらと大きくなって、香りを頼りに、また故郷の川を遡る。


 こういうアマゴをサツキマスと言うのだけれども、さて、私は、サツキマスになれたのだろうか?

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