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1 雪の中

 岸辺の雪を滑らないよう踏みしめながら、そーっと川に入る。氷点下の陸上と違い凍っていない川の中は感覚的には暖かい。川が流れる音しか聞こえない静寂の中、流れを見て、その上流の雪が乗った石の傍にそっと仕掛けを送り込む。

 ラインが緩まないように竿を操り、四メートル半のラインに付けたピンクのマーカーを目印に流れに乗せて下流へ流す。


 一瞬マーカーが流れとは違う不自然な動きをする。ピッと手首を返すと、ラインの先についた鋭い鍼が魚の上あごを貫通する。途端に四メートル半の竿の末端を握る手に、魚の重さと弾けるような生命感が伝えられる。魚全部が水面から出てしまわないよう注意しながら、竿が上空の木の枝に絡まないよう腕を伸ばして静かに魚を手繰り寄せ、背中に下げたネットを取り出してそれで魚を受ける。


 キラキラと輝く水面を偏向グラスはカットして、網に入った魚を透過して見せる。

 細長い魚体、胸鰭、腹鰭、背鰭、尻鰭、尾鰭、そしてサケ科の魚の特徴である油鰭。

 体側には、これもサケ科の魚の稚魚の特徴の青紫のパーマークが、規則正しく並び、鮮やかな朱色の点が散りばめられている。まるで宝石の様なこの魚は渓流の女王アマゴと呼ばれている。


 私は、川の中に座り込んで、網の中のこの美しい魚を眺め、探し求めた宝物を手に入れたような喜びに満足する。立っていた川の水は、手を入れると流石に冷たい。悴んでうまく動かせない指で、魚の口にかかった鍼を外し、腰に下げた渓流用の魚籠タイプのクーラーに魚を入れる。

 魚はしばらく魚籠の中で跳ねていたが、やがて静かになった。

 鍼に餌のイクラを付け、十歩ほど上流に移動して次のポイントを狙う。


 解禁仕立ての三月、川の本流でも十分釣れる季節だが、私はこの支流の川が好きだ。

 熊が出るかも知れない雪の残る渓谷を、わざわざ四輪駆動車で登り、途中から川に入って釣り上がっている。底がフエルトになったゴム製の胴長を着ているため、腰くらいまでは水に浸かることが可能だ。

 これを着て何度か転んだことがあるが、あれは夏の暑い日のこと。今の季節だと、十中八九風邪をひくに違いない。転ばないように慎重に、足の感覚で底を探りながら歩く。


 アマゴの支流釣りは、蜘蛛の巣を見るという。蜘蛛の巣があればその支流には今日はまだ人が入っていないということだ。けれども、さすがにこの季節は蜘蛛の巣はない。

 使用しているのは、リールがついていない延べ竿と呼ばれる振出し式の渓流竿。その先端の蛇口と呼ばれるリリアン編みの紐に細いナイロンラインに輪っかを付けて引っ掛け、鍼までの間に毛糸のような化学繊維の目印を二か所付け、ラインの先端に鍼を結ぶ。

 アマゴ釣りの仕掛けは至って簡単だ。


 今は竿とほぼ同じ長さのラインを使用しているが、これよりも上流になると樹木の生い茂りが激しくなり竿を振るうことが出来なくなる。そうなると、ラインを一メートルとか極端に短くして、魚がかかると、順番に竿を仕舞いながら手元に寄せてくるという、提灯釣りという釣り方にせざるを得なくなる。私は、提灯釣りは嫌いではない。竿をイチイチ畳んだり伸ばしたりするのは、些か面倒ではあるが、木にラインを引っ掛けて苦しむリスクは極端に減少するからだ。


 アマゴに限らず、川の魚には、フィーディングレーンという流れが存在する。上流から食べ物になる虫などが流れてくる流れがそれである。魚たちは、その下流で待ち構え、餌だと認識すればすかさず食い付き、違うと思えば直ぐに吐き出す。この一連の動作には一秒もは必要がない。


 人生でも、あの男はラインに乗った。などと言われるがそういう流れを見極め、そこを外さないように生きていると人から見れば順風満帆な人生が約束されたように見えるものだ。人生のフィーディングレーンとでも呼べば良いのか、そういう流れが私の生きる社会においても、この川の流れにおいても存在する。私はその流れを見極めながら、一歩また一歩と上流へと釣り進んでいく。


 そう、私は人生に少々疲れている。結婚、出世その他ある程度のことを経験し、自分の人生の限界がそろそろ見えるようになってきた、この後も同じことの繰り返しなのだろうと思う毎日の暮らしと共に、自分の目指していたものはこんなものだったのかと思うことも増えてきた。


 人生に疲れた時は森に入ると良い。


 誰の言葉だったのか、何の本で読んだのかは忘れてしまったが、その言葉通り山や森は私の心にある小さな傷を癒してくれるように、その場にいるだけで心地良いことに私は気づいてしまった。


 そんなとき偶々ずっとやめていた釣りを再開した。

 渓流の流れの中に立ったとき、自然の中で身を任せ、一本の立ち木のようになって竿を振るうとき、一心不乱にラインについたマーカーを目で追い、瞬時の微かな変化さえ見逃さないように、この静寂の中で水の流れも聞こえなくなるほどそれに集中しているとき、私は一つの完成された形になっているような気持ちになる。


 それは、この疲れた人生に落ちた一滴の雫のように私の心を潤していき、この先にまだ何かがあるのか確かめずにはいられない心境が、自分のどこか心の奥の深いところから湧き出してくる。


 また一歩、私は上流に向かって踏み出し、黙々と竿を振るった。

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