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第6話 湖畔へゆく

〈Ⅳ〉

 

 きぼうの剣を求めて、湖畔地方への旅を始めた。

 道程には複雑な地形が多いので、乗り物には向かなかった。そのまま、徒歩で行くことにした。


「もうちょっと行ったら町だよね。暗くなる前に補給しとく?」


 矢筒をかしゃかしゃと揺らしながら、上目遣いにアディユが訊いてくる。おやつ替わりの軽食を半分に割って、彼女の手に握らせた。


「ううん。食料には余裕があるから、もう一つ先の町まで頑張ろう」


 空気はすっかり冷え切っていた。旅立ちの日から一度も雪は降っていなかったけれど、寒さは日ごとにその厳しさを増していた。

 これから先、日没は早くなるだろうし、野宿は余計に厳しくなる。今のうちに、少しでも歩き進めておきたいのだった。


「うへぇ。はやくご飯食べたい」


「それなら、期待していていいと思いますよ。昨日の町長から、紹介状を預かっているので」


 私が封筒を振ったとき、呼応するように空気が凪いだ。

 遥か遠くから旅をしてきた冷風が、あいさつ代わりに外套の隙間を撫でては彼方へ去っていく。

 雲の向こうで気怠げに佇む太陽は、そこにあるだけで殆ど意味をなしていない。靡いた木々にも覇気はなく、見向きもされない葉っぱの死骸が、地面にこびり付いていた。決して消えたくないのだと、訴えてくるようだった。

 けれど、そんな嘆願も、アディユには聞こえないらしい。横たわった命の証は、土くれごと蹴り上げられた。

 

「ところで、仲間集めはどうするのさ。演説してまわったりとか、しなくていいの?」


「正直、一長一短なんだよね。単純な母数を稼ぎたいなら、たぶん早くからやった方がいい。だけど、今回の場合、新女王の側は殺気立ってるだろうから。半端に勢力を広げると、却って早くに潰されかねないんだよね」


「なるほどねえ。なら、剣を抜くのも秘密裏にするの?」


「事実は伝えてもいいけれど、新女王相手には、敵意がないってことを示さなくちゃ。最初の声明文では懐柔策を採っておくのが吉ですね──」


 ふと、私は足を止めた。

 地図を頼りに光の方へと歩いていたつもりだったのだが、おしゃべりのほうにばかり意識が向いてしまったらしい。途端に眺めがよくなったかと思えば、私たちは、近辺の風景を一望できる丘の上に立っていたのだった。

 やたらと夜風が身に染みたのは、太陽が失せてしまったからか、或いは歩き疲れたせいかもしれない。腿の筋肉は張っていて、足を折り曲げて座ってみると、不意に攣るような痛みが走った。

 アディユも小さく声を漏らした。痛みを分かち合えたのが嬉しくて、笑みがこぼれた。


 荷物を下ろして軽食を挟みつつ、眼下の風景に思いを馳せる。

 手前に集った暖色の光は、人々が群れて生きている証。地平線の方を見晴るかすうち、たくさんの町々が意識の外で視界を過ぎた。

 絶えず躍動する命の灯火の傍らで、たくさんの影が蠢いている。行く当てのない竜人が、行き場を求めて()いているのだ。

 

「あれらを救う方法も、探さなくてはいけませんね」


 僅かに残った水を飲み干し、私は憐憫の視線を向ける。アディユは三つ編みを弄りながら、己が右足を抱えていた。


「──泉の魔力があったらさ、解除できるかもしれないよね」


 アディユが言うのは、湖畔地方の大きな泉のことだった。

 遥かな昔からずっと、魔力の混じった水を零し続ける源泉。浄化の作用を含んだそれは、負傷兵にとってのオアシスなのだった。

 

 《()()》を確保できるかどうかで、戦いの行く末は大きく変わる。


「確かに、そうですね。到着したら、泉の偵察から始めましょうか」


 ──冷ややかな風が、また吹いた。身震いする友の肩に、そっと外套をかけてやる。アディユは小さく息を漏らして、瞳をきらりと輝かせた。


「ねぇ、グラシエ。……それとさ、農民のことは私に任せて。馬鹿だけど、馬鹿なりには考えてるんだ。色々」


「もちろん。やることは無限にありますから、貴方を頼りにしていますよ」


「うん。グラシエの頼みなら、なんだってやるよ」


「でも、私が間違ったことをしたら、貴方が正してくださいね。女王様が気を許す、たったひとりの友達なんですから」


 アディユは中々返事を寄越してくれなかった。()()()ことを言ったと思うと気恥ずかしいが、頬をほんのりと赤らめていたから、彼女も同じだったのだと思う。

 照れ臭いのを誤魔化すように、私は無理やりアディユを負ぶった。


「ちょ、わっ。グラシエ、なにして」


「風邪を引かれても困ります。このまま、町まで飛んでいきますよ」


 足をばねの如く駆動させ、優しく跳躍してみせる。浮遊した体躯を魔力で空に繋ぎ止めれば、夜空の中にも飛び込めた。

 会話はそれきりだったけれど、夜空に想いを馳せる時間は、とても愛おしいものだった。

 あとには、互いの吐息だけが、雪のようにふんわりと残っていた。


 ◆


 その夜のことは、今になっても思い出す。

 思い出しては、惜しくなる。

 あなたが止めてくれたのなら。

 あるいは、わたしがあなたを止められたのなら。

 

 ──どんなによかったことだろうと。

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