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第4話 白く、しろく、首を断つ

「何さ、厄災って」


 弓を片手にアディユが呟く。

 青年は腰が抜けてしまったらしく、尻餅をついたまま動けずにいた。やっとのことで声を絞り出したとき、彼は己の肩を抱えていた。


「むかし、戦争で使われた古代兵器だ。僕らの町は、あいつに何度も、むちゃくちゃにされてきた」


「そう。なら、壊してしまっても構わないのでしょう?」


 視線でアディユを促しつつ、肩を回して土を踏み抜く。


「なに、言ってるんだよ」

 

 私が踵を返すが早いか、青年は静かに呟いた。縮こまった瞳の内で、困惑と恐怖が入り混じっていた。


「……兵器なんだぞ。町の男が束になったって歯が立たないんだ。おまえたち二人じゃ、どうやったって」


「──臣下たるものが、王を信じられないのですか」


 青年は瞠目した。一瞥をくれたとき、彼は肩から手を離し、己が拳を強く握りしめていた。

 けれど、その答えを待つ暇はなかった。

 

「グラシエ、構えて。……来るよ」


 直後、その呟きに引き寄せられるかのように、()()が空を駆け抜けた。


「前衛は私が務めます。アディユ、援護なさい」


 懐に潜ませたペンダントを握りしめて、四肢の全てに魔力を纏わす。ばねの要領で脚を地面に叩きつければ、肉体は一気に加速する。

 高速で流れる視界の上空に魔力を感じて跳躍すると、火の粉が私の頬を打った。


「グラシエッ!」


 友が私の名を叫ぶ。

 霧の晴れた先に飛び込んできたのは、紅蓮の岩肌と巨大な洞穴。目線を上げて初めて、それが生物の形を取っていることに気づいた。


「──(ドラゴン)、ですか」


 頭蓋に強い衝撃が走る。聴覚を無数の雑音が逆撫でして、摩擦による痛みと灼熱感が皮膚を抉った。

 幾度か地面を転がって、私が顔を上げるや否や、怪物の着陸に地上が揺れる。聳え立ったその巨躯は、人類の持つ本能的な畏怖を喚起するものだった。

 切り落とすべき首は遥かに高くて見当たらない。古代兵器でありながら、体内で躍動する魔力、周囲の空気を歪ませるほどの熱気は、現代になってもなお衰える気配を見せない。


 常人ならば逃げるが吉だ。たとえ無駄に屠られてしまうとしても、寸分の奇跡に賭ける方が幾分かいい。


 だが、私は玉座を志す者。民草が命を繋ぐため、退くことは許されない。

 奇跡のひとつやふたつ、起こせずして冠は得られない。

 胸中で己が使命を思い出しながら、私はアディユの傍まで引き下がった。


「あの眼、潰せますか」


「熱で空気がぶれてるからなあ。当たったら奇跡っていうか、たぶん当たらないっていうか?」


「ねえ、アディユ。私、不可能なことは頼みませんよ」


「……あいよ。時間かかるから、ちゃんと持ち堪えてね」


「当然。私の右腕たる力、民草の前に示しなさい」


 その時、紅い竜の鉤爪が落石の如く落ちてきて、湿った土が周囲に弾け飛んだ。

 真横に跳び退いて初撃を躱すと、着地と同時に触れた地面を凍らせる。私を追随せんと躍る竜の爪が、こちらの作った氷の床を激しく撫でた。


Лёд(凍てつけ)


 大地が削れた瞬間に呪文の類を唱えれば、竜の片手はたちまち地面に繋がれる。

 最も、その膂力(りょりょく)は人間の常識を逸脱している。はっきりいって、この魔法はその場しのぎの拘束にしかならないだろう。

 刺々しい皮膚を見つめ、私は意を決して鱗の上を駆け出した。


「誰に造られたのだか知らないがな。お前が屠るべき相手は、決して無辜(むこ)の民ではない」


 人体における肩甲骨の辺りに滑り込んで、己の懐を探ってみる。

 手持ちの道具はペン一本。攻撃へと転用するには工夫が要る。

 

 私は再び、己が指先に魔力を込めた。魔法属性に関係なく、肉体の強度を高めるくらいは誰でもできる。

 錐と同等の強度に仕上げた指先を、鱗の隙間に差し込んでいく。()()の要領で鱗を持ち上げ引き剥がすと、ペン先を凍らせて強度を上げつつ、ナイフ状に尖らせる。すぐさまそれを突き刺した。


 先の呪文を続けて詠唱してみれば、竜の体内から奇妙な音が響いてくる。

 羽ペンを丸々一本差し込んだところで、耐えかねた竜が私目掛けて尻尾を落とした。


「想像通りです。体内の回路を狂わせてしまえば、熱も身体の出力も落ちてしまうのですね」


 本来ならば防ぎ得ない衝撃も、今となっては些事だった。

 片手で尾の棘を掴み上げ、私はすぐさま宙へと飛び出す。

 竜の頭頂部に降り立つと、私は両手を擦り合わせ、冷気を頭蓋に送り込んだ。


 耳をつんざく金切り声は、贋作が負けを認めた証。

 奴は頭を振り乱して魔力を装填し、炎の息を放って強引に熱を取り戻さんとする。


 暴発した砲撃が町を焼いてしまうとも限らないから、今すぐにでも竜の頭をショートさせる必要があった。

 しかし、私が冷却を止めるわけにはいかない。加えて、熱気と冷気の衝突によって生み出された白煙は、竜の姿をほとんど隠しきってしまう。


 常人ならば、きっとここで終わりだっただろう。


「十二分に時間は稼ぎました。──さぁ、そろそろ打てる頃でしょう?」


 ──ひゅん。


 常軌を逸した射出速度が、二度の射撃をたった一度に重ねてしまう。煙を掻き切って現れた二つの得物は、弓を離れたその瞬間から、敵に到達することを運命づけられていた。

 うち一本の鋭い矢は、見事に竜の眼を貫いていた。

 もうひとつは鱗に弾かれ、私の足元に転がってきた。


「そう。止めを譲ってくれるのなら、遠慮なく」


 ()()()()()()()()()()()()()()()()、私は再び跳躍した。後は最も速く落下できるよう、体勢を変えるだけだった。


 身体の機能に支障をきたした竜の鱗は、刃の前にはただ無力。古代兵器の命脈は、滑らかな斬撃によって自然に絶たれた。

 そうして、砕け散った獣の体躯に紛れながら、私は地上に帰ってくる。


「痛ッ……。やはり着地の衝撃には、慣れないものですね」


 竜の亡骸から、使われなかった魔力がまるで雨のように降り注ぐ。ふと空を見上げれば、本来そこにあるべき雲は、王都の方に流れていた。


「お疲れ様、グラシエ──」


 こちらに駆け寄ってくるアディユが、突然足を止めたのに気づいた。

 どうかしましたか。

 そう問おうとしたところで、数多の歓声が響き渡った。逃げ遅れて留まっていた聴衆が、討伐の瞬間を目の当たりにしたのだった。


「……これ、は」


 称賛の嵐に包まれる感触は、とても心地のよいものだった。

 けれど人々の情熱は、私の体内で咀嚼されるうち、冷たい何かに転じてしまう。


 胸中で正体を探ってみて、すぐに気づいた。

 人々の唱える祝福の歓声や、曇りなき感情とともに捧げられる無数の拍手を前にして、私は、早速打算していたのだ。

  

 竜殺しの英雄を祝福するように、太陽が激しく輝いている。さあさあと流れ落つ天気雨は、奇跡を象徴するかのよう。


 後ろめたさは見ぬふりをした。そんなもので止まれるほど、容易い道ではなかったから。

 

 それよりも。

 これを使えば、大規模な信頼がひとつ、手に入る。

 確かなその事実の方が、私にとっては重要だった。

 

 私はアディユに笑いかけて、竜の血を啜った剣を掲げた。

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