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王妃追放

作者: 背骨

 かつて、華やかな王宮の中心にいた王妃セリーヌ。彼女は静かに国を愛していた。

 若き国王レオニスは、その美貌と血筋を武器に即位したが、国の未来など露ほども関心がなかった。彼の関心は酒と女と贅沢。民の苦しみなど、彼の耳には届かない。否、届いても笑って握り潰すのだ。


 「民? あんな下賤の者どものことなど、どうでもよいわ!」


 その声に、セリーヌは歯を食いしばるしかなかった。

 彼女は王妃として、せめて飢える民のためにと、農地改革や食料の備蓄政策、教育の整備を進めようとした。しかし、王の命令一つで全てが無に帰る。


 「王妃が勝手に国政に口を出すなど、無礼千万!」


 レオニスは激怒し、玉座の間で叫んだ。

 愛はもうなかった。夫婦という形をした壊れた器に過ぎない。王は日夜、若い愛妾たちと戯れ、セリーヌに見向きもしない。


 そんな中、彼女を密かに支えていたのが宰相・カイルであった。

 丸眼鏡の奥にある冷静な眼差し。無口で感情を表に出さぬ男だが、彼は常にセリーヌの意志を理解し、黙ってその後ろに立っていた。


 「……あなたは、まだ希望を捨てていないのですね」


 夜の廊下で、ふとカイルが言った言葉が、今でも胸に残っている。

 幾度となく、彼は彼女に「離婚」という逃げ道を勧めた。だが、セリーヌは頷かなかった。


 「私はまだ……王妃として、やるべきことがあるのです」


 その日もまた、虚しく朝が明けた。

 そしてある日、王が彼女を呼び出した。


 「離婚だ」


 その言葉は、あまりにも唐突だった。

 傍らにはあどけなさの残る少女が座り、勝ち誇ったように微笑んでいる。


 「お前のような口うるさい女は、もういらぬ。これからは、静かで従順な妃と過ごすのだ」


 それが、すべてだった。


 追い出されるように王宮を去る日。

 門の前で待っていたのは、カイルだった。


 「……これでよかったのです」


 彼は静かにそう言った。その目が、微かに光を宿していたことに、セリーヌは気づいた。だが、深く問いただす気力は、もう彼女にはなかった。


 その数ヶ月後、王は新たな王妃を迎えた。

 だが、国は既に限界だった。


 民は飢え、税は高騰し、王はひたすらに私腹を肥やした。

 怒りと絶望は、やがて炎となって燃え上がる。


 クーデターが起こったのは、もはや奇跡ではなく必然だった。


 民の先頭に立っていたのは――宰相、カイル・グレイ。

 鋼のごとき沈黙の仮面を脱ぎ捨て、革命軍の旗を掲げた彼の姿に、人々は歓喜した。


 「我らはこの腐りきった王制を終わらせる!」


 その声が宮殿を貫いた夜、王の絶叫が暗闇に飲まれていった。

 レオニスは捕らえられ、即座に退位を宣告される。

 血を流すことなく終えた王政の崩壊。それを可能にしたのは、冷静かつ計画的なカイルの策略と、民の怒りの結集であった。


 数日後、王宮に戻ったセリーヌの姿があった。

 民は彼女を「真の王妃」と呼んだ。


 しかし彼女は、もうかつてのように王冠を求めなかった。

 ただ、民とともに、新たな国の礎を築く一市民として歩むことを選んだ。


 そして、誰よりも近くで彼女を支えた男――

 カイルは、無言で彼女の隣に立ち続けた。


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