「僕は君を愛さない」「はい、私も貴方を愛しません」
「僕は君を愛さない」
「はい、私も貴方を愛しません」
「「だから二人で、共にこの国を愛して盛り立てて行きましょう」」
二人、そう誓い合って笑い合った。
幼い頃からこんな調子だった私たちだから、何も変わらないと思っていた。
「エレナ様!いい加減王太子殿下を解放してあげてください」
「なんのことかしら?」
きょとんとしてしまう。
いけないいけない、将来の王妃たる者気を緩めてはいけないわ。
この方は最近聖女として認められて、貴族の子女の通う学園に特別に入学が認められたセレナ様ね。
「王太子殿下はエレナ様を愛していないと仰いました!」
「ええ、そうでしょうね」
「エレナ様も王太子殿下を愛してないんですよね!?」
「ええ、そうよ」
幼い頃、そう誓い合ったもの。
王太子殿下の母君は、国王陛下からご寵愛を受けたただのメイドだった。
国王陛下からの異常な執着から逃げられなかった被害者である彼女は、王太子殿下に言った。
「シャーロック。貴方は人を〝愛してはいけない〟わ。母の〝惨状〟を見ればわかりますね?」
「はい、母上」
その言葉は王太子殿下の指針となった呪いだ。
一方で私はその頃、正妻の母から折檻を受ける腹違いの兄の姿を見て泣いていた。
母は心底父を愛していたから、父の不義の子が許せなかったのだろう。
兄は年頃になると自ら家を出て、それっきりだ。
家督は私と同腹の弟が継ぐ。
そんな私たちだから〝愛〟というものを忌避してしまったのは、しょうがないと思う。
「そんな結婚、王太子殿下が可哀想です!」
「でも、国のための結婚だもの。そこに愛なんて必要ないわ」
「なんて冷たい人なの!」
そう私を詰った彼女だが、横から野次が飛んできた。
「王太子殿下もエレナ様も、お互いを〝愛していない〟と強情を張る割にめちゃくちゃラブラブだぞー」
「まあ、そうかしら?」
「なっ…?」
「エレナ様は必ず毎日王太子殿下が贈られた〝王太子殿下の瞳の色の髪飾り〟を身につけていらっしゃるし、王太子殿下は必ず毎日エレナ様が贈られた〝エレナ様の瞳の色のブローチ〟を身につけていらっしゃる」
「なによそれっ!?」
そう、私達はいつでもお互いを〝裏切ることのないように〟常に相手を感じるアイテムを身につけている。
魅了魔術に対抗するお呪いも掛けてある特注品だ。
「いつも時間があれば二人で寄り添ってるしな」
「お互い相手がいると褒め合い合戦になるしね」
「どこからどうみてもおしどり夫婦…いやおしどり婚約者なんだが」
「そ、そんな!でも私が話しかける時はいつも王太子殿下は一人で…」
「ああ…なるほど」
王太子殿下は基本、常に護衛と側近をそばに置いている。
だけど学園内では、時折一人の時間を作ることがある。
それは…窮屈な王太子としての地位から逃げ出したくなる時だ。
それでも王太子殿下は、一人の時間を大切にした後は王太子として立派に努めれていた。
このセレナ様が現れるまでは。
「セレナ様、王太子殿下はね、一人になりたい時間があるからと人払いされることがあるのよ」
「えっ…で、でも私は邪険にされませんでした!」
「それはそうでしょうね、王太子殿下はセレナ様を可愛いと言っていたから」
「えっ…えへへ、照れるなぁ」
そう、セレナ様が現れてからはセレナ様を愛でて癒されているらしい。
王太子殿下ったら、本当に寂しがりやなんだから。
「昔王宮で飼っていたペットのゴンに似てるって仰って…大層可愛がられているのね」
「…え?」
「ゴンは猫だったのだけど、人懐こくてね、私にも懐いてくれたの」
「え、え、え」
「これからもゴン…じゃなくて、セレナ様。王太子殿下のストレス発散にお付き合いくださいね…あら?それで、何の話をしていたんだったかしら…」
「…なによ!もう知らない!」
セレナ様は怒ってどこかに行ってしまった。
何に怒っていたのだろう。
わかっていて、王太子殿下のそばにいたのだろうに。
その後、セレナ様を学園で見なくなった。
ふと気になって王太子殿下に聞いてみる。
「ねえ、麗しのシャーロック様」
「どうしたの?可愛いエレナ」
「あの〝駒鳥さん〟はどうなさいましたの?」
「…ああ、僕の愛おし………僕の最良の婚約者を貶める発言があったと聞いて、処分しておいたよ」
「まあ、仮にも聖女ですのに」
良いのかしら?と首を傾げると王太子殿下は笑った。
「あの聖女、なかなか民のために祈りもせず自堕落を重ねて…それどころか男漁りまでしていたらしく、多数の貴族から苦情が教会にいっていたらしい。最終的に僕の苦情が入った時点ですぐに、教会の奥に幽閉して聖女の力を無理矢理発動させる方向に舵を切ったんだ」
「あらあらまあまあ…」
「でも、可愛いエレナにこれ以上不快な思いはさせられないから却って自堕落な女でよかったよ。アレに癒されていた時間は幻だったようだけど。ゴンの方が百倍可愛い。なんであんなのとゴンを重ねていたんだろう」
「ふふ、では大好き………大切な私の婚約者様には、新しいペットが必要ですわね」
「そうだね、次は犬を飼ってみようかな」
猫、人間と来て次は犬かぁ。
「犬は大型犬がいいですわね。存分にモフれますもの」
「そうだね。どんな子をお迎えしよう?楽しみだ」
「ああ、お迎えの日には私も必ず馳せ参じますわ。教えてくださいましね」
「もちろんだとも!」
こうして今日もきっと明日も。
私と王太子殿下は、お互いがお互いを〝愛さない〟という誓いを胸に〝愛という形以外〟での絆を深めようと励んでいました。
「というのがお父様とお母様の馴れ初めよ」
「…ちなみに、今は愛していますか?」
「愛してないわ、大切なだけよ」
「父上は?」
「愛してないよ。大事なだけだ」
ふぅと息子がため息を吐く。
私と王太子殿下の愛息子で将来王位を継ぐことになるシャルル。
彼は幼子のはずなのに、大人びた顔で言った。
「愛し合っていなくとも…十分すぎるほど、ラブラブなご様子で」
息子の言葉に私達はクスクスと笑う。
「そうね」
「そうだね」
「見てるだけで熱くなってきた…では俺はこれで」
スタコラサッサと部屋を出る息子。
「あんなに小さいのに、私達のことをよく見ているわね」
「きっと君に似たのだろう」
「ふふ、そうかも。でも、努力家で負けず嫌いな性格は貴方に似たわね」
「そうだな」
また二人で顔を見合わせてクスクスと笑う。
毎日息子の成長が楽しみで仕方がない。
まして今日は、今よりさらに若い頃の思い出を振り返って息子に聞かせたから余計にそう思う。
時が経つのはあっという間だと、再確認できたから。
「シャーロック様、愛してはいませんが…心の底から大切に思っていますわ」
「エレナ。僕も君を愛してはいないが…心の底から大事に思っている」
抱きしめ合う私達。
そして口付けを交わして…。
これは、シャルルに妹か弟ができる日も近いですわね。
「父上と母上のしがらみは今日の話でわかったけど、だからと言ってアレはなぁ」
どう見てもおしどり夫婦なのに、本人たちは〝愛している〟と認めない。
そんな両親にヤキモキした俺は、最近婚約者になった初恋の女の子に事あるごとに言うようにした。
〝愛しているよ〟
言葉の価値が下がらないように、きちんと行動でも示す。
贈り物はこまめに、デートはなるべくして、エスコートは完璧に。
おかげで婚約者とはラブラブだ。
「…まあでも、あれが〝真実の愛〟なのかもな。俺には理解できないけど」
とはいえ、俺と婚約者との愛も〝真実の愛〟だと信じて疑わないので…父上と母上に負けないくらいの相思相愛を目指そうか。
シャルルくんも結構愛が重い。
シャーロックとエレナは言わずもがな愛が重い。
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