40話 新卒営業と千尋の谷
今日は晴天。雲一つない青空。絶好の散歩日和だ。
こういった仕事だけど仕事じゃないような時間が俺は大好きだ。ペニス課長も近くにいない、緊張しながら女子高生に話しかけなくて良い。最高の時間じゃないか。
「あとはご飯だな。これだけ広いんだ。どこかにご飯食べさせてくれる場所があるに違いない。大金持ちの屋敷だし寿司やステーキが食べたいところだな」
「清々しいくらいに図々しいわね」
「うあっ」
驚いた。この嫌味な声は
時藤日葵だ。まさか後ろにいるなんて。
「あなた時藤家を社員食堂だと思ってるの?」
「いるならいるって早く言えよ心臓に悪い。そもそも何でこんなところにいるんだ?」
「私の家なんだしどこで何しようが勝手でしょ」
まさかこんな広い敷地で時藤日葵と会うなんて。どうやら俺はこの子とは縁があるらしい。嫌な縁だ。
「それにしてもまさかポンコツ妖精がここにいるなんてね。グリーンラクーンドックの妖精を敷地内に入れるなんて何考えるんだか」
「そんなの俺が聞きたいよ。業務提携がうんちゃらかんちゃら言ってたけど何が何やら。細かいことはペニス課長に任せて俺は散歩してたんだ」
「自由過ぎるでしょ。それにここは立ち入り禁止よ。入らないようにね」
「あっ」
「え? 入ったの?」
「た、立ち入り禁止なら張り紙くらいしてくれないと。だ、大丈夫だよ。時藤創のことは言わないから」
「名前まで聞いるし」
うっ、これはやばいやつか? やばいやつなのか? 後でペニス課長に怒られるのでは。
「あまりうろちょろしてると痛い目見るわよ。私はともかくお母さんは厳しいからね」
それは重々承知している。
「お、俺のことはいいとして自分のこと心配しろよ。母親と仲直りしに来たんだろ?」
「まさか、冗談でしょ? 私からは絶対に謝らないわ。ビンタされたのだって忘れてない
」
おいおい、まじか。目がすごく怒ってるし。
「ならなんでここに来たんだよ」
「別に……疎遠のままだと不都合があってね。来月林間学校もあるし」
林間学校
小学校や中学校などで春から秋にかけて山間部や高原の宿泊施設に宿泊しハイキングや登山、博物館見学等を行う学校行事の1つだ。
JS小学校は6月に行うらしい。
「少しくらい言うこと聞いておかないと。あの人捻くれてるから林間学校行かせないとか言いかねないし」
捻くれてるのはお前もだけどな。
(おい、ちんちん! どこで油売ってるんだ。さっさと戻って来いバカ)
「うげっ、ペニス課長からテレパシーだ。ゆっくり散策する時間もない」
「人の家を勝手に散策しないで」
寿司とステーキは残念だけど仕方がない。戻るとするか。業務提携とやらの話終わってるといいけど。
………
……
…
1時間後
「ここは時藤が昔訓練場として使っていた千尋の谷。ドーム型の訓練場が出来てからはほとんど使っていないけどね」
時藤母に連れてこられたのは峡谷。峡谷とは幅が狭く、両側の崖が高く険しい谷のことだが文字通りそれである。こんなのが新宿にあるのだから恐れ入る。金持ちの力と言うやつか。
「獅子は我が子を千尋の谷に落とすと言う。私も昔はここで訓練したものだわ」
「思い出話なんか聞きたくない。なんで私をここに連れてきたの?」
「あなたを強くするためよ、日葵。普段行っている訓練場は確かに魔法の練習には最適かもしれない。だけどあそこは実践にはほど遠くてね。良くも悪くも安全性が確保され過ぎている。戦闘時に冷静さを失う、魔法技術も甘い。今のあなたにはここが必要だと思ってね」
千尋の谷で相対する時藤親子。別にそれはいい。この親子がどこで何しようが娘を谷に突き落とそうがそれはいい。
だけど、俺まで何でここにいるの?
「私は十分強いわ。別にお母さんに強くしてもらう必要なんてない」
「よく言うわ。見知らぬ魔法少女2人相手に後れを取ったこと。先日やった私との戦闘。私はあなたを優しく育て過ぎたようね。故の方針転換。何か問題がある?」
「いい加減にして。お母さんはいつもそう。私の意見なんていつも聞かないんだから」
「子供が親に口答えするものじゃないわ」
「もう子供じゃない!! クロックダウ……」
パシンッ
うわ、ビンタした。
「くっ」
左頬を抑えながら睨みつける時藤日葵。前もそうだったけどこの親子、血の気が多すぎないか?
「私が人類の敵だったら今の平手打ちで死んでいたわね」
「このっ、またビンタして」
「悔しかったらやり返せるくらい強くなることね。何にしても日葵、あなたにはここで24時間訓練を受けてもらう。死にはさせないけど怪我はするから注意してね」
「ふざけないでっ、今日だって学校休んでるのに。明日も休めって言うの?」
「学校なんて必要ないわ。あなたには家庭教師を何人も付けているはずよ」
「くっ、そうやっていつもいつも……」
何だろう。少し時藤日葵が可愛そうに見えてきた。少しだけど。
「あなたはこの千尋の谷で24時間生き抜いてもらうわ。水も食料も自分で調達するの。咄嗟の判断力、極限状態の体験、学校の百倍は勉強になるはずよ」
「誰がこんなとこで」
「もちろん報酬も考えてる。その方が日葵のモチベーションアップにも繋がるしね。何が望み? 可能なだけ叶えてあげる。三途川恵茉との友好関係だって認めてあげてもいい。林間学校、その子と行きたいんでしょ?」
「くっ」
この人どこまで把握してるんだ? てか……
「何だよその言い方。恵茉と時藤日葵の友情は2人のものだ。親とは言えあんたが口出しするなんておかしいだろ」
いい加減黙ってられなくなってきた。さすがにそれは横暴すぎる。やり方も汚い。さっきは恵茉のことで業務提携とか言ってたくせに。
「黙ってなさいポンコツ妖精。これは私とお母さんの問題なの」
「でもさ」
「いいわ、この訓練受ける。私の力、認めさせればいいだけの話。そうよね?」
「負けん気の強さだけは認めてあげる」
こうして
時藤日葵は千尋の谷に落とされることとなった。
「ん? あれ? そういえば俺なんでここにいるの? 関係なくない?」
ペニス課長もいつの間にか帰ってるし。
「ああ、言い忘れてた。そこの新卒妖精も一緒に過ごしてもらうから」
「は? なんで私がこんな妖精と」
いやいやいやいや勝手に決めんな
俺、関係ないだろ
関係ないだろ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
「ちょっとちょっと。さっきからの話って時藤家の問題だよね? 俺関係ないんだけど。意味分かんないんだけど」
「あら、それは違うわ。関係あるの。うちとグリーンラクーンドックは業務提携を結ぶ運びとなったからね」
いやいやいやいや、それでも俺が千尋の谷で過ごす意味にはならない。
「あなたの上司であるペニス課長の許可も取ったから安心して」
あの上司!! 俺を売りやがった!!!!!
ちくしょ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「嫌だっ、俺は帰る。こんな意味の分からんところで24時間も過ごせるか」
「拒否権はないの、残念だけどね。帰れば給与は7割減になるわ」
「そんなバカなっ?」
ありえん、横暴だ。こんなのブラック企業のやり方だろ。
あっ、うちの会社ブラック企業だった。いやいや、それでもありえんだろ。
「だけど安心して? 24時間ここで過ごし私が日葵を認めればあなたも合格とみなされる。そうなれば給与は上がるから。あなたにも報酬は必要でしょ?」
くっ、やり方が、やり方がずるすぎる。飴と鞭というやつか?
だけど給与が7割増える。ほぼ2倍じゃないか。これは、これは……
「が、がんばります」
「期待しているわ、新卒妖精さん」
俺は
給与に屈してしまった。
「ちょっと待って。なんで私がこんなポンコツ妖精と過ごさないといけないの? 訓練なら1人でもいいはずよね。妖精だって私には玉袋がいる」
「玉袋のサポートは認めないわ。言ったはずよ、より過酷さが必要なの。そこの妖精はあなたの護衛対象。24時間過ごすだけでは意味がない。そこの妖精を護りつつ過ごすこと。それが合格条件よ」
あー、何だろ。この感じゲームでやったことある。
そうそう、弱いNPCを護るミッション的なやつだ。まさにこんな感じだった。
って、おい。
俺、そのNPC役なの? しかも時藤日葵に護られるって。俺は恵茉の担当なのに。
「魔法少女は敵を倒すだけじゃない。民間人を護ることも含まれる。24時間キャンプさせるためにここに来たんじゃないの。理解したかしら?」
「わ、分かったわ」
おいおいおいおい、額から汗流してるけど大丈夫か? そこは自信満々に答えてくれよ。俺は弱いんだぞ? そこのとこも理解してるか?
こうして
時藤日葵修行編が始まるのであった。
・少しお休みします。
・次回よりちんちんと時藤日葵修行編に突入します。




