29話 新卒営業と親子喧嘩
史上最強の親子喧嘩?
「実はね、朝に日葵ちゃんのお母さんが帰って来たんだ」
以下恵茉の回想
パシン
「帰ってきていきなりビンタ?」
「聞いたわよ日葵。縁もゆかりもない魔法少女を家に招いてるって。おまけに泊めた? どういうつもり?」
「たまにしか帰ってこないくせに母親面しないで。私には私のやり方があるの。私はもうお母さんの人形じゃない。魔法だって上手に扱える」
「魔法のまの字も知らない子がよく言うわ。日葵の新しいパートナーは私が決める。あなたには友達は必要ないの」
「だから私のことは私で決めるって言ってる!!!! クロックダウン!!!!!」
以上、恵茉からのざっくりとした回想である。
「ということがあって……私どうしたらいいか」
まさか親子喧嘩でこんなことになろうとは。てか普通に人間相手に魔法使ってるし。時藤家はそういう家系なのか?
「こうやって手合わせするのは2週間ぶりかしらね? 最初はあなたが魔法少女になって2日目の時。2回目は紬と繭の告別式の後」
燃え盛る屋敷からゆっくり歩いてくる人間がいる。30代前半くらいだろうか。紺色の髪に黒のロングワンピース姿。首には真珠のネックレスをしている。
魔法少女には変身しておらず手には40センチくらいのタクトを持っている。
あれが時藤日葵の母親なのだろう。目つきは鋭く、タクトを手のひらでペシペシと叩いている。
「クロックダウン!」
時藤母に対し青白い魔法陣が展開。
「遅い」
ボワッ
「なっ?」
時藤日葵の足元が爆発する。
「くっ」
咄嗟に避けるが魔法陣が解けてしまう。
「攻撃されると魔法陣が解ける。まだ修正出来てないのね。それに反応も全部遅い。魔法少女になれば身体能力は向上する。だけどそれは基礎値が低ければ意味はない。言ったはずよね?」
「バカにしないで。空間ごと停止させてやる」
両手を前にし標準を合わせる。大技が来るのか?
「クロックダウ」
「もういいわ。エンチャント・雷」
ビリビリビリビリ
「がっ」
な、何が起きたんだ? 一瞬過ぎて何も見えなかった。時藤母がタクトを振るった。と、思ったら電流が走ったような音がして……時藤日葵が倒れてしまった。
「魔法少女になって1ヵ月。及第点以下。今まで何をしていたの?」
「くっ、この程度」
「負けん気だけは一人前ね。言ったわよね? 魔法は精神論ではなく計算の繰り返しであると。私の教えを破ってバイナリーオプション使ったり。あなたは本当に手が掛かるわ」
戦闘、と呼べるのだろうか。あまりに一方的すぎる。俺はこれまで時藤日葵の戦いを何度か見てきた。魔法速度も速いし正確性もある。身体能力だって高いと感じていた。なのにここまで差があるなんて。
「驚くのも当然さ」
「うおっ、いたのか」
狐型妖精がいつのまにか隣にいた。
「あの方は16代続く名家、時藤家の現当主。時藤司様ご本人。普段ならお会いするのも叶わないとんでもない方なのさ」
あれが、名家と言われる時藤家のトップ。時藤日葵の母親。
変身している状態の時藤日葵をいとも簡単に倒してしまった。それも明らかな手加減をして。
これが魔法を極めた人間。
「わ、私はまだ、ま……けて、ない。クロック……」
左手を向けたまま
気絶してしまった。
「日葵ちゃん」
「日葵様!」
恵茉と狐型妖精が慌てて介抱する。
「はぁ……」
短くため息を吐く時藤母。似ている。ため息の吐き方もそうだし目つきや髪もそう。どことなく傲慢そうなその態度も、全部似ている。
にしても
壮絶な親子喧嘩だな。
屋敷1つを燃やしてしまうのだから。
………
……
…
30分後
「ううっ、くっ」
時藤日葵が目を覚ます。
「大丈夫? 日葵ちゃん」
「ここ、は?」
「お屋敷の隣、家政婦さん達の下宿先。怪我はないみたいだけど、どこか痛いとこある?」
「くっ」
唇を噛みしめている。あれだけ一方的にやられたんだ、悔しいのだろう。
にしても
本当にすごい親子喧嘩だった。というか迷惑極まりない親子喧嘩だ。いくらなんでも住む場所を破壊するなんて常識外すぎる。
「あの人、お母さんは?」
「分からない。玉袋さんに何が伝言はしてたみたいだけど。日葵ちゃん、いつもお母さんとあんな感じなの?」
「大体ね。私が魔法少女になる前から顔合わす度にケンカしてる。たまにしか帰ってこないくせにいつもお説教ばかり。嫌になる」
この親にしてこの子あり、という気もするが今は黙っておこう。修復出来ないくらい関係性が壊れそうだし。
「玉袋、いる?」
「はいさ、いますとも」
「あの人からの伝言聞いてるんでしょ? 教えて」
「えっと……言っていいのかな」
「いいから早く」
「では言われたことをそのままにお伝えします」
「“1つ。友達と縁を切るように”」
「“2つ。屋敷がなくなったから時藤本家で過ごすこと”」
「えっと、そのあの……以上になります」
ゴゴゴゴゴゴゴ
顔を見なくとも分かる。物凄く怒っている。
「恵茉、お願いがあるんだけど」
「な、なに?」
「あなたの家に泊めてくれない? 私、家出する」
家出少女の誕生である。
………
……
…
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